第19話 天空からの侵入者
遡ること15分前――ホーヴィルは毎月行う発電塔の点検に来ていた。
工具箱片手に口笛を吹くホーヴィルは、素早い作業で既に2か所の点検を終えており、残す1か所に向けて高速エレベーターに乗り頂点まで向かっていた。
ホーヴィルの師匠が建てた際は、エレベーターなんてものはなく、高層ビル100階に匹敵する高さを階段で移動していたが、師匠亡き後継いだ3人の弟子が協力してエレベーターを取り付けたのだ。
雷供給部分に到着し、慣れた手つきで点検を進めていく。
5年間継続的に行っている作業のため、効率良く数分で点検箇所の半分以上を終わらせる。
口笛で同じ曲を繰り返すこと3回、最後の点検箇所を終え、動作確認のため装置に耳を当てる。
これは習慣であり、幼いころから師匠の点検作業に同行し、装置に耳を当て雷が通る際に聞こえるF-1のような音を楽しんでいた。
師匠亡き現在は思い出での動作であり、装置から仕事のやる気をチャージしている。
一定間隔で聞こえるドップラー効果を懐かしんでいると、突然、逆の耳でガラスの割れる音を拾う。
急いで振り向くと、ステンドグラスが割れ落ち、真っ黒な人間のシルエットが立っていた。
ホーヴィルは目の前の異常な光景に、息を飲む。
頂点は非常に高いため鳥がぶつかることも多々あるが、ガラスが割れた事例はない。
関係者以外立ち入り禁止の建築物である発電塔にホーヴィル以外の人間が目の前にいることは明らかに異常事態である。
さらに恐怖を感じるのは、高層ビル100階に相当する発電塔の頂点部分に、塔内のエレベーターや階段ではなく、塔外の上空から侵入してきたのだ。
突如現れた人間は身体上部に装着していたパラシュートを外し、身体を伸ばす。
得体の知れない男に、ホーヴィルは恐る恐る問いかける。
「だっ、誰だお前」
「えっ? あぁどうもぉ残された
「アーティファクター?」
語尾を伸ばして話す謎の男は、まるで転校初日にクラスメイトへ向けて挨拶するようだった。
背丈に見合わない子供のような高い声に違和感を覚えると同時に、ホーヴィルには語尾を伸ばして話す姿に聞き覚えがあるようだ。
「何しにここへ来た。お前の目的はなんだ」
「あぁ、ホーヴィルさんに聞きたいことがあってぇ」
「なっ、なんで俺の名前を知って……」
「そりゃぁ、いつもお世話になっていますからねぇ」
雷供給部分に近づく男は、かき上げられた前髪を振り下ろし、胸のポケットから取り出した丸眼鏡をかけ、満面の笑みをホーヴィルに向ける。
この時、ホーヴィルは男の根暗そうな風貌と聞き覚えのある伸ばした語尾に鳥肌を立たせる。
「お前、アイビーか?」
「よくわかりましたねぇ。でもジークの工房で働いていた時の僕はアイビーですがぁ、アーティファクター姿の俺はアイバンって言いますぅ」
発電塔頂点部分のガラスを割って侵入しホーヴィルの前に現れたのは、工房の後輩のアイビーであった。
普段の根暗な雰囲気はなく、活力漲る青年の姿である。
「単刀直入に聞きます。あなたの師匠”ジスラン”が設計したコアを起動するための鍵はどこにありますか?」
「コアを起動するための鍵? なんだそれ、聞いた事ねぇぞ」
「話してもらえるまであなたをここに拘束します」
「何を言って……」
ホーヴィルの頭の中は、後輩の謎の言動で混乱していた。
物静かでホーヴィルに従順な後輩であったアイビーが、偽名を使用して身辺におり、ホーヴィルですら知らない師匠「ジスラン」の情報を持っている。
アイバンが言い放った「コア」という言葉に、ホーヴィルは聞き覚えがない。
「何でお前が俺の知らない親父の情報を持ってるんだ」
「そんなことは今はどうでもいいでしょぉ。それよりコアを起動する鍵はどこにあるんですか?」
「そんなもん知らねぇよ」
「そんなわけないでしょぉ。イライラするなぁ」
鍵の在り処を聞くアイバンだが、一向に答えないホーヴィルに苛立ちを覚え、雷供給部分の緊急停止ボタンを押し雷の収集を強制的に止めてしまった。
すると、ボタンを押した途端、供給部分に蓄えられた雷は静かに消え、上空で引き寄せられた雷が指向性を失い発電塔の頂点に直撃する。
雷の直撃に、発電塔は地震のように大きく揺れる。
通常、発電塔は未吸収の雷の落下を防ぐため、外壁にはアースに繋がるような防雷素材が使用されている。
しかし、アイバンが空けたガラスの穴を通り抜け塔内に落ちたため、頂点部分は焼け落ちるとともに発火する。
その炎は急速に火が燃え広がり、15分後炎籠が完成されたのだった。
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