第9話 決闘の夜3

水琴は、密かに決意していた。

ここより先、もし桜花が敗れれば、デュエルの規則も、影王教団との取り決めもすべて無視する。


全力をもって、教団員を殲滅し、剣を手に入れる。その覚悟だった。




「一回目も二回目も、槐にも教団にも意に染まない結果に終わった。」




会場へと続く階段を登りながら、玄朱はひとりごとのように言った。




「勝利はしたが、影王遺物は承継者を認めず、死体が増えただけだ。三度目はどうなる?


なにか対策はおこなったのか?」




「わたしが、承継者になる。本部のボンボンとは違う。絶対にミスはしない。わたしが『影王の剣』の主となる。」


水琴は口早に言った。


顔は、凍った水面のような無表情。だが、彼女がそういった表情で、そのような口調で話すときは、内心でおそろしく緊張しているときだった。




「あるいはそれでは、不十分かもしれない。」


玄朱は、彼を追い越そうとする水琴をやんわりと止めた。会場はすぐそこだ。それまでに話したいことがあった。


「影王の剣はもともと、承継者を選ぶ性質のものかもしれない。


教団は、今回の承継者に、影王の血をひく直系を探し出してきた。」




「そんなものがそんなに都合よく・・・」




「そうだな。彼は、晦冥地方の領主の息子だ。槐とも影王教団とも無縁で育った。


教団は、はやくから彼をマークしていたらしい。なにしろ、800年から前の血筋だ。


影王の血統など、公表も出来ないから、もはやただの人間として育っていた。


教団が余計なちょっかいなどかけなければ・・・」




水琴は唇を噛み締めた。


 


「やはり・・・討ち滅ぼすしかないな、影王の残人どもは。」


「いまも、親の財産を持ち出しては、賭けと女遊びにせいをだしていただろう。勘当されかかったあいつを救ったのが、影王教団だ。


本来はほっておくべきだったのだろうが、影王の子孫の凋落ぶりを見るに見かねたのだろう。


あるいは、彼がこれ以上、あちこちでトラブルを起こすのを避けたかったのか?」




会場は目の前だ。




「ここからは、二人で行ってくれ。


あまり、べたべたしているところを見られると、公正を疑われる。」




「なにをいまさら、だろう。」


せめてもの嫌がらせのつもりで、水琴は、玄朱に身体を擦り寄せた。




「水琴。」


玄朱は、肩をつかんでそっと身体を離した。


「実は、急を要する事態が発生した。


我々の共通の友人が、この会場に侵入しようとしている。」


 


あいつが、友人のわけはないのに、水琴は、彼が誰のことを言っているのか直ぐにわかった。


「なぜ・・・一般生徒と教職員は、術式で深い眠りについているはずよ。」




「我らの友人は、どうも、一般生徒ではないようだ。教団のやつらと揉めている。行って止めてくる。」


「わたしも行こう!」

水琴が言った。それどころではないのは、分かりきっているはずなのに、そのときは何故かそう感じたのだ。


「いったい、何が」

わからないのは、凪桜花だけだった。

「侵入者って」


「槇村流斗だ。」

生徒会長と学生総代の声は、綺麗にハモった。


反射的に、桜花は叫んでいた。

「わたしも行きます!」



----------------



わからないのか、こいつには。



一ノ瀬子爵家の空吾は、目の前にあらわれた、転校生に困惑していた。

昼間の温厚で、紳士的で、知的な自分ではないのだ。

つけた面は、鬼の相貌をしている。

見開かれた眼は、緋色にひかり、口元からは牙が伸びている。

夜中に遭遇するには、あまりふさわしくない相手だ。

そして、周りのものたちも、似たりよったりの出で立ちのはずだ。、

対する少年は、茫洋と突っ立っている。


何故か、毛布をマント風に折りたたんで着込んでいて、まるで、それはおとぎ話に、出てくる魔法使いのようであった。


「消えウセロ。」

藤堂源八が凄んだ。面は狼のもの。

声はくぐもっていたが、意志は明確に伝わったはずだ。


「昼寝の場所を探しに来たんだよ。」

異形の集団が呆気にとられたほど、その答えは意味不明で、言葉は淡々としていた。


こいつ、虐められすぎで頭がヘンになってるんじゃないか?

一ノ瀬空吾いちのせくうごは、本気で心配した。


夜中にこんなところをさ迷っているのも、なにか寮にいられない事情でもあるのだろうか。

「眠れなくってね。あの眠れって呪文がうるさすぎて。」


気をつけろ、気をつけろ!

昼間の自分が、空吾の心の中で囁いた。

昼間の自分は、非の打ち所ない優等生だ。とくに術式については学年でもトップクラスである。

その彼が言うのだ。

この少年。槇村流人は異常だ、と。


人を眠らせる術式を「眠れ」という構文に分解し、それが「うるさい」と言ったのだ。術式が、術式とし機能してないのだ、この華奢な坊やが。


「影王の教徒ども! 彼からその汚い手をどけろ!」


怒鳴り込んできたのは、今日の対戦相手、凪桜花だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る