#2. デイドリーミング・ドリズルでの遭遇 (Encounter In The Daydreaming Drizzle)

 何故こんなにも安堵感に満ち溢れているのだろう? 居心地が悪くて今にも窒息してしまいそうなはずなのに、ここは懐かしくて非常に安心する……。

 見なければならない物、考えなければならない事から目を逸らすという行為はなんて気持ちが良いんだろう。


……。


 宇宙のように底抜けな真っ暗闇の中を、流れ星のように突き進んでいる。

 ずーんと、不愉快な重低音が途切れる事なく轟いている。それは私の身体をぐらぐら揺さぶる、まるで巨大生物の胃袋の中にいるみたいに感じた。

 私の左手を誰かが固く握っている感覚がある。きっとシエリだろう。私たちは立ち止まっているけれど、間違いなくどこかに向かって移動している。或いは落下している。それも束の間、目の前で真っ赤な火花がパチッと散ったかと思うと一変して何も聞こえなくなった。


「ねえ、これって、本当に大丈夫?」


 闇の中にぽつんと漏れた私の声が、電話の音声のようにチープにくぐもって聞こえる。

「シエリ?」

 私が心細く呟いたその時、雷のような閃光とともに光の中から一人の少女が現れた。


「デイドリーミング・ドリズルへようこそ、犯罪者予備軍の皆さん」


 真っ白の着物姿の少女が、長い紺色の髪を逆立てて私に向かってくる「お酒の匂いがします」彼女はぬっと私に顔を近付け、私は咄嗟に体を退け反らせた。明らかに不快そうにしている彼女は、私たちをここから追い返すために現れたのだろう。

「こんなことではすぐにバレてしまいます」

 幽霊のような白い着物に濃いグレーの帯、眉の辺りで切り揃えられた前髪、不気味な少女が目をひん剥いて身の毛も弥立つ笑みを浮かべる。その瞬間に、ばきばきばきと大きな木が倒れるような悍ましい音が私の頭の中に響き渡り、ずしんと重たい打撃を胸に受けた。私はよろめく。せせら笑う少女の姿が、歪んでちぎれそうなほどに捻じ曲がって見えた。彼女は小柄で、猫のように撫で肩であったが、尋常ではない雰囲気を放っている。

「ロップ!」

 突然シエリの呼ぶ声が耳元で聞こえたかと思うと、私を襲っていた奇怪な現象は何事もなかったかのように収束した。私ははっとして辺りを見回す。

「ふふ……もうすぐ会えますよ……」そこにいるのは冷たく笑う少女のみだ。攻撃されていると思い私は無力ながらできる限り身構えた。

「192キロヘルツのままではログインできてもいずれ見つかります。なのであなた方のヘルツを普通の子供のヘルツ、44.1キロヘルツに変換しました」彼女の刺々しい声に私は叱責を受けているように感じた「所詮、人間のレートなど叩けば変わります」

「わ、悪さしようとしてすみません……、帰ります!」私は慌てふためき口走る「シエリ!」私の手を握る感触は確かにあるが、シエリの返答がない。

「帰ることは許されません。あなた方のような下劣な大人たちには……」少女は私を見る目をじっと細める「GDNの反逆者である私の言う事に従っていただきます」

「反逆?」

 私は狼狽えた。

「『いちきゅーに』は有用なのです」少女の瞳が紫色に怪しく光る「私はマスタークロックによって生み出された人工知能。デイドリーミング・ドリズルに潜み、GDNを守る守衛です。ですが今は一つの目的のために病気の大人を子供の姿にでっちあげ、GDNに送り込んでいます」

 何を言っているの? 私は理解に苦しんだ。とにかく彼女が恐ろしく、申し訳ないがまともに話を聞く気にはなれなかった「あなた方もそこへ行きたかったのでしょう?」少女が再び目を見開き不自然な笑みを作る。


「あなた方のような存在を待っていました。園へ送り込んであげましょう、ロップ、シエリ」


 再び不穏な低音のハーモニーが辺りに充満し始める。また空間が動き始めたのだろうか。少女がほくそ笑む「後ですぐフォローに向かいます」そう言い残し彼女は闇の中へと溶けていった。


「二度目の入学ならご存知だとは思いますが、この先に行くとフロントスペースです。死にたくなければ頭の悪い子供の真似を徹底してください」


 闇から一変、目も開けられないほどの眩い閃光が真正面から突き刺さる。衝撃波のような突風が私とシエリにぶつかった。大きな扉が開いたように感じた。

 暴風の中、空間を揺らす輪郭の無い不気味なノイズが、次第に音の調子を吊り上げていく。より鮮明に、より膨大な情報量に、ヒリヒリとした高音に音程が跳ね上がっていく。それが超音波のようにまで感じられたその時、私は気付いた、それは二千万人の子供たちの絶叫とも言える歌声だった。



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Dear Excellent Children

All Over The World.

Important announcement From GDN.


(親愛なる全世界の優秀な子供たちへ、

GDNから重要なお知らせ)


Psycho Admission Capacity : 9,000,000 →20,000,000

1 In 10 Children.

Awaken To Their Psycho Admission.

Study Abroad To Study Foreign Language &Foreign Culture In GDN - “Global Dream Network”

Virtual Space 5 Layers : 

First Layer “School” / Second Layer “Ground”

Third Layer  “Beach” / Forth Layer “Hospital”

Fifth Layer “Dormitory”

Total Area : 4,725 km²

Solid & Strong 5 Servers : 

“SKYSCRAPER” / “OCEANWORLD”

“MOUNTAINY” / “HYPERRAY” / “MAXLAND”


(サイコ・アドミッション・キャパシティーが900万人から2000万人に)

(10人に1人がサイコ・アドミッションに覚醒)

(GDN(グローバル・ドリーム・ネットワーク)で海外の言語、海外の文化を学ぼう)

(5つの仮想空間レイヤーを構築:第1層 学校 / 第2層 公園 / 第3層 海辺 /第4層 病院 / 第5層 宿舎 / レイヤー総面積:4,725 km²)

(5つの堅牢なサーバーを構築:スカイスクレイパー / オーシャンワールド / マウンテニー / ハイパーレイ / マックスランド)


I Am Always Waiting For You In GDN.!

-MASTERCLOCK

(GDNでいつでも待ってるよ!-マスタークロック)



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