SHIERI MODE
遠海よしの
#1. サイコ・アドミッションの導入事例 (Introduction Example Of Psycho Admission)
姉の亡霊が私のもとを訪れた。
シエリ。彼女は二年前に車に轢かれて死んだ。
「ロップ、あなたが自殺するのを止めに来たよ」
彼女は言った。
机の上の錠剤までもが、私を見て苦笑いしているような気がした。
これは狂ってしまった私の妄想が作り出した都合のいい幻か、それとも本当に化けて出たのか。分からないけれど酩酊した私の中で湧き上がったのは、まだ成仏してなかったの? とか、成仏せずに現世をぶらぶらしていたの? とか、不意を打たれたような気持ちだった。
「──死なないで。現実逃避しよう?」シエリはにんまりと口角を上げる「事故にあったあの日から、ずっとロップの後ろにピッタリくっついていたんだよ? 守護天使みたいに」
「それは……」私はまごついてしまった「それはどうもありがとうシエリ」
「ロップに死んでほしくないんだ。死ぬくらいなら何もかも捨てて私と現実逃避して目先の快楽を手に入れよう」
シエリは伏せ目がちに言う。私には意味が分からなかった。彼女はニヤリと笑い、続ける。
「良い方法が」
その時、胸の奥で熱い感情が水面に上昇していく泡のように舞い上がる。姉の懐かしいいたずら顔を引き金に、寂しい気持ちが溢れ出したのだと思う。私は彼女を抱きしめようと立ち上がったが、すんでのところで思いとどまった。空気の振動でふわりと揺れる彼女のからだが、霧のように散ってしまいそうに感じたからだ。
「私たち同い年になったね」シエリは切なげに私の方を見る「今私にはロップの魂の形しか見えないんだ。でも、だから分かるよ。昔みたいにサイコ・アドミッションをしよう。きっと楽しいよ」
「そしたら会えるの?」私は完全に狼狽えていた「でも大人の私にできるとは思えない。たしかに私は……」
たしかに私は子供時代の記憶にしがみついている悲しい大人だ。灰色な人間だ。口籠る私にシエリは暖かい眼差しを送る。
「サンプリングレートって言葉懐かしくない? あの世界のみんなの言っていたことが今になってようやく理解できたんだ」彼女は続ける「ロップのサンプリングレートが変化したの。大人のレートから」
「え、子供に逆戻りしたの?」
「違うよ。おっきなバブちゃん」シエリは含み笑いを浮かべ、彼女が生きてそこに居るようで、私もつられてなんだか可笑しくなった。締め切ったカーテンの隙間からうっすらと曇った朝日が入り込んできて部屋を群青色に染め始める「出勤の時間だよ」シエリの悪意ある一言で私の顔は石膏のようになる。
朝は自殺の時間だ。社会人は仕事着に着替え、学生は制服に着替え、部屋を出るドアの取っ手を掴むその一寸手前で、踵を返し、突然、何の予兆も無く、ふんわりと自殺する。
「それとも……」シエリはキッチンの方を指さした「冷たくしてる安いワインでも飲みながら、ロップの二年間の話を私に聞かせてくれる?」
私は乾いた笑いを捻出し、爛々とした瞳の彼女を見た「それから泥酔して眠ったら……いい? ロップがプライマリー、私がセカンダリーでまたGDNにログインするんだ」
「二十六歳と二十四歳で子供のフリでもするの?」私が聞くとシエリは眉を吊り上げて何度もうなずいた。
「覚えてない? 子供のフリしてGDNに出没する不審者! 見た目は子供中身はオッサン!」
「今から私たちでそれになるって言うのね?」
「そうそう。あのおじさん達もきっと昔に縋り付いて幼児退行してたんだよ!」
私は呆れていたけどにやにやと笑っていて、どこかよそよそしくて思わず目を泳がせてしまった。
「昔みたいにあなたを元気にしてあげる。ロップには私が必要なんだねえ」シエリが悪戯っぽく笑う「死ぬくらいなら子供に戻ろう」
「さっきは子供に戻るわけじゃないって言ってたじゃない」私が食いつくと彼女は大袈裟に肩を吊り上げておどけてみせた。幽霊になってもその素振りをするんだと、私は思った。湯船にぽたりと水滴が落ちたような、暖かく、小さな波紋が胸の中に広がった。
朝の五時。本格的な陽光が差し込んでくる前に、私は部屋の雨戸を全て閉めてしまった。
「朝日に悪気は無いんだろうけど、今はお呼びじゃないよね?パーティーをしよう、ロップ」
私は出勤するべき日の朝からお酒を飲んだ。するりするりと美しい女性が服を脱ぐように、ワインを飲む私には無駄な動きがない。私の全ての内臓もそれを渇望し、無抵抗にそれを受け入れ、そして容易に満たされる。
今回も例外なく、
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9/13/2022 05:15:15
GLOBAL_DREAM_NETWORK_DEVICE
DETECTED!
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私は満たされた。
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9/13/2022 05:30:22 SYNC ERROR! [GDN IN]
9/13/2022 06:25:34 SYNC ERROR! [GDN IN]
9/13/2022 06:55:12 SYNC ERROR! [GDN IN]
9/13/2022 07:49:01 SYNC ERROR! [GDN IN]
9/13/2022 08:02:37 SYNC ERROR! [GDN IN]
9/13/2022 09:40:55 SYNC ERROR! [GDN IN]
9/13/2022 09:40:56 SYNC ERROR! [GDN IN]
9/13/2022 09:40:57 SYNC ERROR! [GDN IN]
9/13/2022 09:40:58 SYNC ERROR! [GDN IN]
9/13/2022 09:40:59 SYNC ERROR! [GDN IN]
9/13/2022 09:41:00 SYNC ERROR! [GDN IN]
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9/13/2022 09:41:03 SYNC ERROR! [GDN IN]
9/13/2022 09:41:04 SYNC ERROR! [GDN IN]
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9/13/2022 09:41:08 SYNC ERROR! [GDN IN]
9/13/2022 09:41:09 SYNC ERROR! [GDN IN]
9/13/2022 09:41:10 SYNC ERROR! [GDN IN]
9/13/2022 09:41:11 SYNC ERROR! [GDN IN]
9/13/2022 09:41:12 SYNC ERROR! [GDN IN]
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暫くして、シエリの細い指が部屋の明かりを絞る。幽霊なのにスイッチに触ることができるの? 私は物申したげに彼女を見たがすぐに部屋が真っ暗になり、二人の姿は闇に飲み込まれた。諦めて私はベッドに崩れる。
「ほら、ロップ、行くよ」
跳ねるようなシエリの声が潰れた私の耳元で囁かれる。もう待てないとでも言うような、るんるんとした声。沈没船のように私は眠りに落ちた。そして私は覚醒した。
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PSYCHO ADMISSION SET UP…
PRIMARY PORT
"LOP" REDUNDANT
CONSOLE ID #7565481
BIT :24
LATENCY(ms) : 1.0
PREFERRED MASTER : ON
SECONDARY PORT
"SHIERI" REDUNDANT
COSOLE ID #7565482
SECONDARY
BIT :24
LATENCY(ms) : 1.0
PREFERRED MASTER : OFF
REMOTE HA ASSIGN : NO
WORD CLOCK IN…
192.000kHz……..DETECTED
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