#3. ブルーミング・カルチャーズ (Update : The Blooming Cultures)

GDNガーデン。それはマスタークロックという超能力者が作り出した、彼の夢の世界を母体とする仮想空間」


「GDNチルドレンと呼ばれる子供たちは十歳になるとGDNにアクセスできる能力、サイコ・アドミッションに覚醒し、世界中の同じ能力を持つ子供たちとGDNの世界で交流することができるようになる」


「覚醒する子供たちの関係性に脈絡はなく、世界で十人に一人、推定二千万人ほど存在すると言われている。その後、通常十五歳になると能力は喪失する」


「例外として、重度の鬱病、精神疾患により、喪失したはずの能力が突然復活する事象が確認されている」


「覚えてる?」


「ジーディーエヌ。私もこの、パンフレットに書いてあるのを読んでるだけなんだけどね」


「あとはそう、GDNは脳波の世界。時々、幽霊とか生霊が干渉する事がある」


「これはホラーゲームみたいなものね」


「私たちは敵キャラ。目的は……。慰安旅行っていうのはどう……?」


 くすくすと笑う姉の声がした。



 ……。



 けたたましい金切音と共に辺りを包む闇が引き裂かれ、私とシエリは乱暴に地面に投げ出された。

「うひゃー!」シエリの間抜けな声が響く。私は絨毯の上にかろうじて手をつき、ズキズキと痛む頭に顔を顰めた。先程の青い髪の少女は自分たちを通してくれたのだろうか?とても乱暴な感じがした。

「すごい……フロントスペースだ……」私は辺りを見回す「シエリ?」

 そこは昔と何も変わらない場所だった。安っぽいホテルのロビーのような、無人の広い部屋、敷き詰められた焦茶色の絨毯、花の模様が描かれたクリーム色の壁紙、低い天井に歪な形のシャンデリア、壁際にはいくつもテーブルとチェスターフィールドが並んでいる。そして私の目の前に、満足そうににやついた少女が一人──シエリだ。親しみやすい雰囲気の黒いボブカットヘアー、繊細な白い花柄の入った紺色のリネンワンピースを着て、懐かしい茶色のモカシンを履いている。人形のように長いまつ毛にぱっちりとした一重、笑うと牧歌的な前歯が顔を出す、正真正銘の姉だった。

「ロップ!」間髪入れずに彼女は私に抱きついてきた。驚いたが、すぐに私も彼女に腕を回す。痩せ気味で華奢な感覚がした「めっちゃチビになってるよ!」彼女が私に向き直り興奮気味に言った。

「シエリだってすごい、なんていうか……」私は自分の顔、身体、髪に触れ確かめながら話す。短い手足、小さい顎、昔好きだったオーバーオールとボーダーのシャツ、信じられない気持ちだった「なんかすごい……、写真みたいだ」

「ねえ……さっきの女の子、どうして私たちを通してくれたんだろう?」シエリが怪訝そうに呟く「焦ったね、来て早々にバレるんだもん」

「シエリも全部聞いてたよね? もう透明にならないでよ……怖かったよ!」私は不満げに言う「反逆とか死にたくなければとか言ってたし……。私を死なせたくないんじゃなかったの?」私はじっとりと彼女を見た「死ぬのなんか怖くないけど」

「ごめん……、なんか透明モードになっちゃったのよ……」シエリは目を泳がせる「もうちょっと慎重になろう」

「フロントスペースへようこそ!」突然女声の合成音声が聞こえ、私とシエリは心臓が止まりそうになる。コソコソとしていた私たちの目の前に真っ青なホログラムの女性が現れ、明るい声で続ける「この度はサイコ・アドミッションの覚醒、おめでとうございます!」

「な、なに?」シエリが後退りをした。

「ご姉妹ですか?」厚化粧でキャビンアテンダントのような格好をしている、長身な白人女性のホログラムが首を傾げる。彼女からはオーデコロンの香りがした。

「はい……」シエリは私を横目にしどろもどろ答える「双子で入学できました、ラッキー! ね? お姉ちゃん?」私は姉の虚言に呆れながらも、怯えて何度も頷いた。

「素晴らしいですね!」キャビンアテンダントのホログラムの頭から小さな花火が何発か打ち上がり、シエリが花火を指さし、眉を顰めて私を見た。はたして私たちは歓迎されているのだろうか。

「私はキャビンアテンボットといいます。フロントスペースの案内人です」キャビンアテンボットが部屋の突き当たりにあるエレベーターに手を差し向ける「お二人ならリダンダント接続が可能ですよ。こちらへどうぞ」


 案内されるままに、私とシエリはフロントスペースの突き当たりにずらりと並ぶエレベーターの一つに乗り込む。仕組みは分からないが、エレベーターの内部には階数を選ぶボタンが一つもなかった。扉が閉まると籠が動き始める。

 扉の方をじっと見ているキャビンアテンボットの背後で、私とシエリは視線を交わした。私たちのログインしていた時代にはキャビンアテンボットなんていうホログラムは存在しなかった。この先、どれ程の変化が待ち構えているのか、私たちは一抹の不安を感じていた。

「ここでサンプリングレートの変換を行います」キャビンアテンボットがこちらに振り返る「GDNの世界は96キロヘルツで運営されています。ですので、今のお二人の44.1キロヘルツから96キロヘルツまでレートを引き上げる必要があるのです」

「変換……」私は青い髪の少女に施された『変換』という名の打撃のことを思い出し、少し身構えた。


「サンプリングレートとは、一秒間に何回、魂の形を世界に書き出すかを表す数値です。いわゆる子供のレート44.1キロヘルツなら一秒間に44100回、十五歳以上のレート48キロヘルツなら48000回、そしてGDNでは一秒間に96000回、魂の形をこのGDNに出力する必要があります」


 そう言い、キャビンアテンボットが扉の上に取り付けられた大きくて横長の、空っぽで透明のメーターを指し示す。シエリと私は無言でそれを見上げた。

「うわっ!」突然エレベーターの籠が地震に襲われたかのように大きく揺れ、照明が激しく点滅する。シエリは声を上げて私に飛びついてきた「落ちる!」彼女は叫んだ「落ちるよ!」

「大丈夫です!」キャビンアテンボットが暴れる彼女を身振り手振りで制止しようとする「変換が始まっただけだけです!」

 扉の上のメーターが端から真っ赤に、血のような液体で満たされていく。籠の揺れがどんどん大きくなったかと思うと、大砲が撃ち放たれたような爆音が鳴り響きエレベーターの扉が乱雑に開いた。

 揺れの止まったエレベーターの中で三人はひっくり返っていた。

「これほどまでのことはあまり無いのですが……。とにかく変換完了です」乱れた髪のキャビンアテンボットが不思議そうに言う「最近行われた大型アップデートの影響でしょうか……んガガガガガガ……? とにかく、TXルームに着きました」それから彼女は不自然に虚空を眺めた。


 エレベーターから出るとそこは二つのベッドが置かれた小さな個室だった。花柄の壁紙の窓のない部屋、二つのベッドの間には花の形のランプが乗ったサイドテーブルが置かれている。

「さっきから揺れたり爆発したり物騒すぎるよ」シエリがよろよろと歩き、不満を漏らす「ロップ、大丈夫?」

「私は大丈夫だけど……」私はたじろぎ、シエリの腕を掴んだ。エレベーターから出てこないキャビンアテンボットが鬼のような形相でこちらを見つめていた。

「もしかして……」シエリが私の後ろに隠れる「バレたの?」

 次の瞬間にはキャビンアテンボットが八つ裂きにするような勢いで私たちに飛びかかってきていた。彼女はホログラムではなく、ホログラムのように見えるだけの、実体を持ったアンドロイドだった。逃げ場の無い狭い部屋で私とシエリは絶叫を上げながら逃げ惑う。子供の身体で大人サイズの腕をかいくぐるのは非常に恐ろしく、もうだめだと諦めかけた矢先、部屋の白熱灯が突如として破裂し天井から激しく火花が噴き出した。

「熱い! 熱い!」暗闇の中で火花に照らされているシエリが暴れている。私は彼女を抱き寄せて部屋の隅に後ずさった。

 熱波が肌に焼き付き、私たちはうずくまった。スプリンクラーのように噴き出す火の粉は次第に大人しくなっていき、部屋は停電して薄暗くなった。チーンと音を鳴らし、エレベーターの扉が閉まると、辺りは完全に暗転してしまった「シエリ?」私は彼女をぐらぐら揺さぶった「シエリ!」

「めちゃくちゃよ」シエリは力なくうめく「キャビンアテンダントは……?」

「分からないけれど居なくなったと思う」私は恐る恐る部屋を見渡す。

「壊しました」部屋の照明がパッと明るくなり、私とシエリの前に再び青い髪の少女が姿を現した。

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