cAce3
「辞める!?」
「ま、まだ決めたわけじゃないんですけど……」
親しみやすい先輩で、今日も「折り入ってご相談が」と送ったら「ほなら、いつものとこで」とこの場をセッティングしてくれた。いつものところとは、天平さん行きつけの中華料理屋だ。昔ながらの町中華を提供するが、麺類のメニューはない。店主の「うちはラーメン屋じゃねえ! 麺が食いたきゃ、ラーメン屋に行きな!」という謎のこだわりによって、オープンから現在まで麺類は提供せずに営業している。店名を、昇竜軒という。
「なんでまた。急やな」
「霜降さんから『辞めたければ、転職先を』って」
「ああ、あゆかぁ」
天平さんは霜降さんと同期で、霜降さんのことはそのお名前にかすりもしていない『あゆ』と呼ぶ。由来を聞けば「浜崎あゆみに似とるやろ?」と答えられた。
ちっとも似ていない。
と、思うのは霜降さんに「ポニテのイメージが強すぎるからやな」というのが天平さんの見解だが、本当に似ていないと思う。でも、あゆの恋愛ソングを熱唱する霜降さんは見てみたい。
「霜降さんのあの言い方だと、わたしってほら、みなさんのような能力もないですし、単に作倉さんの好みだったから採用されたみたいな」
あの後、わたしはわたしの顔をじっと観察してみた。霜降さんのように整っているようには思えなくて、秋月さんのような憎めなさもなく、かといって天平さんのように可愛らしいタイプ――でもない。容姿が優れていると褒められたのは、さっき霜降さんから言われたのが初めてだ。
両親はいないが、周りに育ててくれる人たちはいた。わたしはわたしと似たような境遇の子どもたちが集められた『神影』の施設にいて、そこには男もいたし、女もいたし、わたしよりも年下の子も、年上の子もいたが、みんなが平等に扱われた。身体能力、思考力、論理力、などなど、すべての能力値は平均化され、抜きん出ている者、劣っている者は矯正される。
全員が等しく幸福でなくてはならない。
これが『神影』の目指す人間の在り方である。
「あゆは作倉さんのことを嫌っておるから、悪く言うんやろな」
「そうなんですか?」
「アンチ作倉派を増やしたいんやろ。気にせんでええよ」
「そんな、アンチ……」
作倉さんに対して、特に不満はない。じっくり話をしたのは面接の時ぐらいだが、たまにエレベーターがいっしょになると「調子はどうですか?」と気に掛けてくれている。目が合えば――作倉さんは色の濃いサングラスをかけているので、おそらく目が合ったという認識で――会釈するぐらいだ。上司と新人ならこのぐらいの関係性だろう。
「どうしても気になるんなら、あゆに言っとくで。っていうか、聖奈はサポートとしてよくやってるから、辞めなくてええやろ。なんか不満があるんなら、はやいうちに言ってな」
「せんぱぁい……!」
「この飯代は勉強代っつーこって」
新しく入ったバイトの大学生の子が料理を運んでくる。天平さんは餃子とチャーハンにビール。わたしはユーリンチー定食にした。酒はあまり得意ではないので、注文していない。
「とは?」
「聖奈が払ってーな。給料日前で金ないねん」
金がないと言った口にアルコールが注ぎ込まれて、みるみるうちに空のジョッキが完成した。それから「おかわり!」と追加の注文を入れる。
「わたしがですか!?」
「タダで相談に乗る先輩はおらんやろ」
「こういうときって、先輩が払うものではないのでしょうか」
「そんな法律はどこにもないんよ」
今後別の人に相談しよう。そうしよう。
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