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 真の美人は近くで見ても美人だ。加工する必要性の感じられない、非の打ち所のない美しさがそこにある。どの距離で見ても、どの角度で見ても、美人は美人である。


「……なんでしょう?」


 霜降伊代。


 きれいな黒髪をポニーテールにまとめて、パンツスーツに身を包んだ美女。腰の拳銃は、彼女の能力【必中】を補うものだ。わたしはできたばかりの資料を確認してもらいたくて、彼女の席に近付いて、その場で立ち尽くしていたら彼女のほうから声をかけられてしまった。


 やはりここにいるべきではない人材ではないか。


「あ、あっ、失礼しました」


 しどろもどろになるわたしの手に握られている資料がちらりと見えたようで、霜降さんは「できあがったのですね。ありがとうございます」と自らの席を立って、受け取ってくれた。霜降さんのほうが頭一つぶんぐらい、背が高い。


「いえ、こういうのを調べてまとめるのがわたしの仕事ですし」


 今回は冬馬とうまという生物に関する伝承をまとめた。青白い馬のような姿をして、天を駆け回るのだとか。目撃情報はあれどもこれといった証拠はない。今の時代、ネットに写真のひとつやふたつぐらい転がっていそうなものなのに、そういう類いのものはなかった。


「あの、ひとつ気になっていることがあって」

「はい。なんでしょう?」

「霜降さんって、どうしてRSKにいらっしゃるんですか?」


 新人らしい不躾さ、ってことで片付けてもらえないだろうか。こういうときでないとなかなかどうして機会がないもので、わたしとしては清水の舞台から飛び降りるに等しい覚悟で質問した。今夜はよく眠れそうな気がする。


「私がここにいる理由……」


 わたしから受け取ってぺらぺらと読んでいた資料を自分のデスクの上にいったん置いて、視線は照明に向けている。霜降さんは確か、一九八〇年生まれ。浪人も留年もせずに大学を卒業してからRSKに所属したのだとすると、


「私が『霜降伊代』として存在するため、でしょうか」


 ……なんだか哲学チックな答えが返ってきた。我思う故に我あり、のような話かな。


「入社式の時からずっと思っていたんですが、霜降さんはお綺麗なので、ここよりももっと給料のいい仕事があるでしょうし、下手なモデルさんよりも映えるでしょう?」

「ありがとうございます。そう、どストレートに褒められると照れますね」


 たくさんの人から褒められていそうなものなのに、霜降さんは恥ずかしそうに顔を背ける。よほど周りに見る目がなかったのだろう。


「汐見さんもお綺麗ですよ」

「へ?」


 なんだその返しは。……初めて言われた。すっとんきょうな声が出てしまって、自分の口を塞ぐ。


「あの人は、まあ、美人しか採用しませんからね。書類が送られてきた段階で落とすのは可哀想だからって、面接はしていますが、あの部屋に入って三秒で帰らせますよ。相手もわざわざ時間を作っているのだから、来させるほうが可哀想ですよね」

「……作倉さんの話ですか?」


 採用だとか面接だとかに関わっているのは作倉さんだ。この組織のトップへの悪口とも受け取れる言葉を吐くから、驚いた。霜降さんのキャラクター性に合わない気がしてならない。


「辞めたければ、転職先を探すお手伝いはしますよ」

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