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「単刀直入にいいます」
下総は前のめりになった。しかし、決して俊樹の顔から目を逸らさない。「南条ゆりさんを殺したのはあなたですね」
俊樹は肩を揺らした。「下総さん、あなたはどこまでも失礼な人だ。もうここまでくると笑えてきますよ。たしかに、動機はあるかもしれません。なにせ、ぼくはゆりと浮気をしていたのですから。しかし、何度もいってるでしょう。その日、僕は山形にいて、彼女を殺害することは、絶対に、不可能だと」
「しかし、犯人は先生以外にいません」
「では、証拠を見せてくださいよ。ぼくは弁護士だ。裁判で僕が反論できる弱点がなく、口を噤んでしまうような決定的な証拠を!」
口調を強める。しかし、下総は変わらず冷静なままだ。お茶を一口すすると、
「その前に、一つお伺いしてもいいですか」
「なんですか。また、さっきみたいに一度した質問なら答えませんよ」
「どうして、リモートで打ち合わせされたのですか」
顔が固まってしまった。思考も停止しているから、瞬時に理由を答えることもできない。下総はさらに問いかけてくる。
「ずっと気になっていたんです。あなたと人権センターの職員の方はどちらも同じ山形市内にいたのに、わざわざリモートを使って打ち合わせされたのか」
「それは……済ませたい仕事があったから」
「それなら、ホテルのフロントに相手を呼び出すなどすればいい話じゃないですか」
「……」
「なぜ、対面でやらなかったのか。答えは簡単です。対面では、できなかったんです。なぜなら、あなたは、その打ち合わせをした際、本当はいるはずの山形にはいなかった。東京の小石川のマンションで南条ゆりさんを殺害していたんです」
下総は手帳の最後のページから折りたたまれた紙を取り出した。テーブルの上に置き、それを広げる。――時刻表のコピーだった。「これは、山形駅を午後一時四十分に発車する、つばさ86号の時刻表です。このつばさ号は運転期日が設定されている特殊な便なんだそうです」
「……」
「先生、あなたはホテルにチェックインされた後、こっそりと部屋を抜けだした。そして、このつばさ号に乗り込み、東京にとんぼ返りしたんです。つばさ86号が上野駅に到着するのは午後四時半。そこからタクシーなどを使えば、小石川には十分程度で到着することができます」
「……」
「あなたは現場のマンションの構造をよく覚えておられました。防犯カメラがどこに設置されていて、どこに設置されていないか、ある程度把握されていたのでしょう。カメラに映らないように被害者の部屋まで行くことはそう難しいことではなかったはずです」
「……」
「インターホンを押し、出てきた南条ゆりさんをあなたは用意していたスパナで殴りつけ殺しました」
また、ゆりを殺めたのビデオが頭の中で再生された。冷たい汗が一滴、背中をつたったのが分かった。
「しかし、まだやらなければならない仕事がありました。それが、アリバイ偽造のためのオンラインの打ち合わせです」
ちょっと失礼、下総は突然立ち上がった。そして、俊樹の横を通り過ぎ、仕事机に置いていたカバンに手をかけた。「何するんですか、いったい」、俊樹の制止に耳を傾けることなく取り出したのは、俊樹が愛用している仕事道具の一つ、ノートパソコンだった。
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