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文京区小石川にあるマンションの一室で、
第一発見者はマンションの管理人だった。変なにおいがする、そんな訴えを受けて確認しにきたのだという。
遺体は部屋着姿のまま、玄関付近でうつ伏せで倒れていた。後頭部からは出血がみられ、亡骸の側には血のついたスパナが転がっていた。殺人事件であることは明らかだった。
その日の午後には、管轄の警察署に捜査本部が設置され、本庁捜査一課殺人捜査係と所轄の刑事課による合同捜査が始まった。
遺体が発見されてから一夜があけて、四人の刑事が俊樹の事務所を訪ねてきた。被害者の財布の中から彼の名刺が見つかったためである。
俊樹自身、刑事事件の依頼を扱うことがあるから知っているが、通常、刑事の外回りは二人のペアで行われる。四人も一斉にくることはかなり異例のことだ。
その理由はすぐに察した。どうやら警察は、俊樹が弁護士かつ、メディアに露出もする著名人であることなどから慎重になっているらしい。下総はその時は同席していなかった。
捜査の陣頭指揮を執っているというキャリア風の刑事が、
「亡くなった南条ゆりさんとは、どういったご関係だったのでしょう」
と訊いた。
南条ゆりは、浅草にある中堅商社に経理担当として勤めていた。彼らの調べによると、勤務態度は至って真面目で、人間関係も良好であったらしい。また、親族間のトラブルなども見当たらなかった。そんな人物がなぜ弁護士の名刺を持っていたのか、これはかなりの疑問だったらしい。
「実は、ゆりとは、高校と大学の同級生なんです」
事実、高校の三年間は一緒のクラスで、大学に入っても参加したサークルが同じだった。
だが、俊樹とゆりとの関係はそれだけではなかった。俊樹は大きな告白を四人にしてみせた。
「あまり、大きな声ではいえないことなんですけど、不貞、つまり、不倫関係でもありました」
昨年の七月、高校時代の友人が開いた同窓会に参加した際に、彼女と十年ぶりに再会した。「恥ずかしながら、今の生活にマンネリを感じてしまっていましてね。そんな中、ゆりと出会った。ゆりとは、恋人関係だった時代もあったものですから、『あの頃が懐かしいね』、そんなことを酒を飲みながら話しているうちに、お互い、いいムードになっちゃいましてね」
お開き後に、俊樹はゆりをホテルへ誘った。それから、ゆりが亡くなるまで、二人はひっそりと会う間柄を続けた。
刑事たちは、この事実に強い興味を示した。と同時に、俊樹にはゆりを殺害するだけの動機があると睨んだ。
不倫には様々なトラブルがつきものだ。現妻にバレた時のことはもちろん、不倫相手が自分への乗換を望む、はたまた金銭トラブル……あげ始めたキリがない。しかし、最終的に行きつく先は、「相手が邪魔になる」ということ。だから、人殺しへと走っていってしまう。
「先生、司法解剖の結果、南条ゆりさんの死亡推定時刻は、発見される前日の午後四時から五時までの一時間と判明しました。この間、あなたはどこでなにをされていましたか」
いい大学を出ていそうなだけあって質問をする口調は相変わらず丁寧である。しかし、その顔には、「こいつが絶対、犯人だ」と書かれてあった。
俊樹は答えた。
「その時はちょうど、山形の方へ出かけておりました」
刑事たちは一様に目を丸くした。予想外の答えに驚きを隠せていない。俊樹はさらに続けた。「次の日、奇しくもゆりの遺体が発見されてしまった日ですが、僕の講演会が山形市の山形市民人権センターというところで行われましてね。その仕事のために前日から山形入りしていてたんです。ゆりが亡くなったという時間帯は、滞在した山形駅近くのホテルの部屋の中で過ごしていましたよ」
彼の主張するアリバイを証明する人物も存在した。講演会を主催した山形市民人権センターの男性職員である。俊樹はその職員と、ゆりが死亡したと推定される時間帯、オンラインで翌日の講演会に関する話をしていたのだ。
さらにその時の様子は、俊樹が収録ボタンをオンにしていたことにより、すべて記録されていた。
東京・山形間の移動手段の代表格といえば山形新幹線つばさ号であるが、その所要時間は片道およそ三時間。途中でこっそり抜け出して殺人を犯す――そんなことがたやすくできる距離間ではない。また、山形市の近く、東根市には山形空港があり、ここから東京の羽田空港までを一時間で結ぶ路線があるものの、便数は極めて少なく、その利用はあまり考えられるものではなかった。
東京と山形の距離、そして完璧なアリバイ。俊樹に犯行は不可能であると言わざるを得ない。
難しい顔をして帰って行った刑事たち。その二日後、彼が重要参考人のリストから外れたと知り合いの警察署幹部が教えてくれた。
これで、俊樹は事件とは全く関りを持つことはなくなった、そう思っていた。
だが、その翌日、警視庁捜査一課特命係の刑事である下総三朗が、俊樹の事務所を訪ねてきた。
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