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 勢いよくドアを開ける。事務員の報告通り、例の男がソファに腰かけて、俊樹のことを待っていた。「お邪魔しております」


「またいらしてたんですか。もうお話しすることはなにもありません。ぼくはこの後も大事な仕事がたくさんあるんです。お引き取り願えませんか」


 俊樹は不快感を全部さらけ出した。それとは反対に、ヤクザのような見た目をした壮年の男は、穏やかな表情をしている。「申し訳ない。しかし、どうしてもお聞きしたいことができたのです」


 嘆息が口からこぼれた。男の前で何度吐いてきたことか。いつもそうだ。こいつは、同じような文句をいっては、事務所にやってくる。


「事務員から聞きました。勝手にこの部屋にあがり込んだそうで。あなたのことを建造物侵入で訴えたいですよ」


「しかし、事務員の方からは、お茶を出してもらえましたよ」

 男は、机の上にあるコップを指さした。季節に合わせた冷たい緑茶が入っていた。どこまでもイライラさせてくれるものだ。俊樹は男を睨みながら、仕事机にカバンを置き、向かいのソファに座った。


「申し訳ないとは思っています。お忙しいにも関わらず、こうして相手してくださっているのですからね。これはほんの気持ちです。よろしければお受け取りください」

側に置いていた紙袋を男は渡してきた。『名古屋百貨店』と書かれた袋だった。「用事があって、名古屋まで行ってきたんです。名古屋名物のひと口ういろです。皆さんで召し上がってください」


 和菓子の入った袋を呼び寄せた事務員に預ける。事務員が退室すると、ヤクザ似の顔の男は再度口を開いた。「こちらを訪れるのは、今日で最後にしますので」


「本当ですか?」

「ええ」

「どうも信じられませんね。どうせまた、今日や以前のように『気になることができた』、だのいって、やってこられるんでしょ。下総しもうささん」


「わたしは嘘はつきませんよ」

 下総三朗しもうささぶろうは内ポケットから手帳を取り出しながらかすかに笑った。

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