第10話 提案
「あの、それじゃあもしかして、最近工藤店長が体調を崩されていたのは……」
初めて目にした時は借金取りだと大きな勘違いをしてしまったけれど、蓋を開けてみれば、お店で働いている自分にも関わる話で驚いた。
言い方には少し語弊があるかもしれないが、工藤店長が疲れた顔をしていたのは事実だ。
彼の最近のらしく無さにはその二足の草鞋が絡んでいるのではないだろうか。
そう思いながらテーブル越しに当人を見ると、まるで恥じらうみたいにふいと視線を逸らされた。と同時に、彼の隣から珈琲カップをソーサーに置くかちりとした音が響き視線を移す。
「そうそう! そうなんだよ! 今ちょうど締切前でさ。なのにコイツぜーんぜん原稿上がる気配が無いもんだから、様子見と催促に俺が直接来たってわけで」
「そうだったんですか」
私からの問いかけに、倉澤さんが軽く首を竦めながら答えてくれる。それからテーブルに肩肘を付き、なぜか面白がるみたいな視線を向けられた。
「広瀬さんさ、もしかして何かヤバイ話じゃないかって勘違いしてた? さっき俺らを見た時の顔、凄かったもんな」
倉澤さんに笑いながら図星をつかれて思わず固まってしまう。
私、そんなに顔に出てた……?
あの時思っていた事を言い当てられて、気まずさについ目が泳ぐ。そんな私に、倉澤さんはくつくつ笑いながら「やっぱりなぁ」と楽しそうに言った。
「まあ俺もさ、今は編集者なんてやってんけど、元は酒屋の兄ちゃんだから、ちと柄が悪いのは自覚してるつもりだよ。それにしても由月ちゃんはわかり易いなぁ」
倉澤さんがからからと笑う。
ぱっと見は普通のサラリーマン男性なのに、どこか下町っぽい雰囲気があるのは、そういう事だったらしい。それにしても、判り易いと言われて少々恥ずかしかった。
つい俯くと、工藤店長が厳しい声で「呼び方、また戻ってますよ。それに彼女を揶揄うのはやめなさい」と注意してくれていた。
紅潮した頬を誤魔化したくてティーカップに口をつけると、芳醇な味わいと香りが口内を満たしてくれた。やっぱりここの紅茶は美味しいなとほっと息をつき、それから再び視線を二人の方へ向けると、何やらテーブルの下で小突き合っているのが見えた。
「あの……?」
普段は穏やかな目を鋭く細めながら、肘で倉澤さんを突ついている工藤店長に問いかけると、彼ははっと驚いたそぶりでぴくりとし、それから誤魔化すみたいにごほんと咳払いをして姿勢を正す。
……えーっと。
何だろう。今のは。
「いえ、なんでもありません。ともあれ、そういうわけなんです。すみません、ご迷惑をお掛けしてしまって」
「そんな、迷惑だなんて事はっ」
テーブル越しに頭を下げられてしまい、慌てて両手を振ってやめてくれるよう促す。彼の体調不良を心配には思ったけれど、迷惑を被ったわけでは無い。むしろ、そうやって無理をしてでも生み出してくれた作品を見て感動を貰っているこちらとしては、感謝こそすれ責める気持ちは微塵も湧き出してこなかった。
そんな風に互いにぎこちないやり取りをしていた中、再び倉澤さんがにっと笑いながら「そこで俺からの提案なんだけど」と言葉を挟んだのでほっとした。
けれど次に続いた言葉に、私はまた最初に彼らを見た時のように、ぽかんと呆けてしまう事になってしまった。
「―――由月ちゃんさ、コイツのサポート役、引き受けてやってくんない?」
着て居るスーツとは違う軽い仕草で、倉澤さんは悪戯っぽく、そう言った。
恋愛書店 国樹田 樹 @kunikida_ituki
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