勇者、現代食に感動する。

 ボロを出さないように予防線を張るため、マオの事情を聞くことにした。


「それで、マオ...はどうやってここに?」


「ん...我が家に大勢の人間がやって来たので隠れたのは良いが隠れた箱ごと持ち出されてしまったのだ、そうして気が付いたらここにいた。」


どうやら持ってきた宝箱を間違えたらしい。


「う、うーん...そっかぁ...一応ここ俺の家なんだけど...」


「箱の中に隠れている間、強力な魔力を感じた...おそらく転移系の魔法だろう。」


流石は魔王の娘...感が鋭い。

とりあえずわからないフリを続けるか...


「魔法...?えっと...ごめんねマオ、俺には君の言っている事が...」


「なんだ人間、魔法を知らないのか?」


そう言ってマオは手を俺に向けた。

まずい...こんな所、しかも現代で魔王の魔法なんて使われたら...

と、身構えたが


「と、できる事なら火炎の一つでも披露してやりたいが生憎我は魔法が使えんのだ...すまんな人間。」


「そ、そっか...それは残念だね...」


正直、心底安堵した。

ただの人間に戻った以上、抵抗することも出来ずに殺されてしまうのでは戻って来た意味がない。


しかし、まさか魔王の娘が魔法を使えないとは予想外だった。

まぁ、そもそもこの世界には魔法の概念が存在しないから使えないはずだが...


「我は生まれつき莫大な魔力を持って生まれたが、魔力機関の一部が欠損していて魔力の捻出が出来なくてな...出来損ないの我は長い間地下牢で幽閉されていた。」


「...」


「こんな事ただの人間に言った所で何も得られんがな。」


「いや、そんなことないよありがとう。」


魔王から娘の話は聞かなかったし、マオの話から察するに無かったことにしたかったかあるいは...


色々な思考が過ぎる中、マオのおなかがグゥ...となった。


「マオ、お腹空いたの?」


「これくらい大したことはない、食事なら戦争が起こる前にした。」


「えっ...」


最終戦争が始まったのは2週間も前だ。

と、いう事は最低でも2週間は何も口にしていない事になる。


「ちょ、ちょっと待ってて!」


「...?」


俺はあわててキッチンに向かい食料を探す。

が、一人暮らしの男の冷蔵庫にまともな食糧など貯蓄していない。


「期限は...うん、大丈夫...!」


俺はカップ麺の封を開けてお湯を注ぐ。

待っている間にコップに水を注いでいくつかのパンを持ってマオのもとに持っていく。


「パンとかカップ麺しかなかった...ごめんね?」


「パン...は話に聞いたことがある、カップ麺というのは聞いたことがないな。」


そういえば向こうの世界にはカップ麺はなかったな...

俺も長い間口にしていなかった。


「人間、気持ちはありがたいが民が飢餓で苦しんでいるのに我が食事をするわけにはいかない。」


「...」


確かにそうだ...人間側も魔王によって苦しめられていたが、魔界の民も同じように苦しんでいたのだ。


「マオ、今はここに僕以外誰もいない...誰も君を責めないよ。」


「...っ、だが...」


と、マオはしばらくパンのパッケージとにらめっこした後、何かを決断したように袋のまま噛り付いた。


「えっ!?ちょ、袋から出さないと...」


「そ、そうなのか...初めて見るものだから...」


俺は袋から取り出し、マオに手渡した。

マオはそれに鼻を近づけてスンスンと匂いを嗅いだ。


するとマオの口から滝のように涎があふれた。

そして勢いよくパンに噛り付く。


「...!~~~~!」


吸い込むように口に頬張ると、満面の笑みを浮かべもしゃもしゃと咀嚼する。


「あはは...誰も取らないからゆっくり食べな?」


俺はマオの様子を見ながらカップ麺を取りに行く。


「おい人間!さっきのはなんだ!?」


「さっきの...あぁ、メロンパンの事?」


「メロンパン...!なんて甘美な響きだ...!」


どうやらマオはメロンパンが気に入ったようだ。


「はい、これもどうぞ?」


と、俺はカップ麺を手渡す。


「なんだこれは...スープ、の中に何か入っている...」


そういってマオは容器に手を入れて麺を取り出した。


「えっ!?熱いよ!?」


「これくらい大したことはない。」


「あはは...」


俺も数年ぶりのカップ麺を口にする、箸の使い方も下手になっていて上手く掴めなかったが懐かしい味と帰って来た実感で涙が零れた。


「おおっ!これもいい...が独特な味がするな...」


向こうの世界に醤油はなかった。

ほとんどが塩での味付けが主流だった。


「人間!これも食べていいか!?」


と、マオはカレーパンを俺に見せた。


「うん、いいよ。」


俺はそういって開封して取り出したカレーパンをマオに渡した。


それを口にしたマオは恍惚な表情を浮かべ、余韻に浸っている。


「こ...こんな物初めて口にした...」


マオは項垂れ、涙を流している。


「あっ、もしかして辛かった!?食べられなかったら無理しなくていいよ!」


「ち、違うのだ!こんなに良いものを我が口にするなんて...」


そういうが食事をする手は止まらない。


「あはは、気にいってくれたなら良かったよ。」


「人間...!感謝する...!」


マオはカレーパンが好物になったようだ。

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