第4話 ガニメデ初探査
船内時間……もう基地時間と呼ぶべきか、8時頃に皆が目を覚ました。
今日は初のガニメデ上探査の日だ。立花里香は先んじて、藻の観察と採取を行っていたが、車のようなローバーで探査するのは今日が初である。
里香はまず、昨日採取した氷が溶けたものを〈トムソン号〉に設置されている、成分検査機にセットした。
「これでよし、と。帰ってくる頃には結果が出てるわね。」
衛星上の探査は3人で行う。基地に残る人材も必要だからだ。
話し合いと地球からの指示の結果、探査に出るのは到着時に先遣隊として降り立った、パイロットのジョージ・エヴァンス、生物化学者の立花里香、医師のアルベルト・ホフマンに決まった。
「今日はどこまで探索できるかしらね。」
「探索という名の寄り道をしながらだからな。そんなに遠くまではいけないだろうさ。」
「謎の穴があるところまではいけるといいねぇ。ほとんどの穴はこの辺りの真裏にあるから、期待はしないでおこう。」
「僕はみんなが何事もなく帰ってくるのが、1番だと思うよ。」
「私は価値のある探査を期待しています。何でもいいので、何かしらが発見できればいいかと。」
探査員に決まった3人は、手早く支度をし、宇宙服を着ると、ローバーに乗り込んだ。
「酸素、食料、採取用道具、採取袋、虫取り網、簡易成分検査機、よし、全部あるな。」
「準備万端オールOKだね。さて、出発しようか!」
探査用ローバーは、安全と探査のため、時速20km程しか速度が出ない。ジョージは、更に安全に進めるために、時速10km程度で走行した。
「一面茶色い氷の大地。基地の近くには、何かあるとは思えないわね。」
「そうだねぇ。1番安全であろう場所を選んだわけだし。もう少し先に行ったら何かあるかも?あの山になっているあたりとか。」
「今日はあんなところまではいけないぞ?わかっているよな?」
「もちろんだとも。3年あるんだ。安全第一でのんびりいこう。」
周囲を警戒しつつ、1時間ほどのんびりと走った頃。ジョージが前方を見つめてこう発した。
「あれは……もしかして、穴があるんじゃないか?」
「本当かい?!望み薄だと思っていたけど、こんなに早く見つかるなんて。」
「何も当てがなく走ってたわけじゃないからな。昨日見た、触手の集合体がいた方角に向かってたんだ。もしかしたら、アイツが出てきた穴かもしれねぇぞ。」
「じゃあやっぱりアレは、この氷の大地の下から来てたのね。まあそれしかないとは思っていたけど。気をつけていきましょう。」
更に数分、周囲を警戒しながら、穴に向かってローバーを走らせた。歩いて辿り着けるほど近くに着いた頃、ジョージはローバーを停車させた。
「ここからは歩きだな。周囲にある貴重な資料を潰してしまうかもしれん。」
「そうだねぇ。早速向かおうか!気になって仕方ないよ。」
「行きましょう!酸素の補充は済んでいるし、道具も持ったわ。」
3人はふわふわと飛び跳ねながら、穴の元に向かった。今更だが、こう移動する方が、重力の弱い天体では体力を消耗しないのである
「均一に丸いわけじゃないねぇ。ちょっと縁がうねっているように見える。」
「周囲に氷のかけらのようなものが残っているわ。でも気圧が低いから、溶けるのではなく昇華していっているようね。」
「うーん……こっちの方角……基地のある方角だな。少し水の跡があるように見えないか?」
「確かに。あの生物が付けた後だろうねぇ。ちょっと割って、成分検査機にかけようか。」
「この下には海があるはずだけれど、流石に150km先の水面は見えないわね。まあ当然ではあるけれど。」
「何か落としてみて、水音で本当にそれぐらいの距離があるか測るかい?」
「それはいい。水音がここまで届くかどうかは怪しいけどな。」
「確かにそれもそうだねぇ……確かめる術は今の所ないかもね。でも試すのはタダだ。成分検査用と、落とす用に氷を割ろう。」
氷を割る道具である、タガネとハンマーは一組しかないため、アルベルトがカツ、カツ、と2つ氷の塊を採取した。水の跡がある方を滅菌された採取袋に入れ、特に何もない方をそっと穴の中に落とした。
3人は何も言葉を発することはなく、じっと宇宙服のヘルメットに表示された、集音計を見つめた。
5分ほど経った時だった。集音計に、小さな波が現れた。
「今のだよな?どれぐらい経ってた?」
「5分23秒だね。地球だと約110,800メートル、つまり約111km先から音が聞こえたことになるけど……ここは大気が薄いからねぇ。音速は早くなるはずだよ。重力も弱いから、氷が落ちる時間も遅いよね。ちょっと俺でもこの場では計算できないねぇ。」
「そういえばそうだったわ。どうしても地球基準で物を考えちゃうわね。地球で産まれて生きてきた以上、仕方のないことだとは思うけれど、ここはガニメデなのだから……それを踏まえて考えないと。」
「結果を通信に入れて、地球の頭の良い連中に計算してもらおうぜ。ここだけで探査を終わらせるわけにはいかん。俺たちの任務は探査。難しいこと考えるのは、暇なやつに任せとこう。」
「ちょっと言い方酷いと思うけど、正解ではあるねぇ。ローバーに戻って基地に通信しようか。」
3人は来た時と同じように、ふわふわと飛び跳ねながらローバーに戻ると、アルベルトは基地に探査結果を報告した。
『ここまで早く穴が見つかるとは。きっと運が向いてきているのですね。報告ありがとうございます。そのまま地球に通信を入れます。』
「周りに散らばってた氷のかけらと、水の跡がある部分の氷を採取したよ。簡易成分検査機にかけてもいいけど、どうせ溶けないと検査できないし、基地に帰ってから〈トムソン号〉の検査機にかけた方がいいかい?」
『それは私では判断できませんね。地球に判断を委ねます。一緒に通信に入れておくので、少々お待ちください。』
「どうせ自然に溶けるまでは何もできないさ。ゆっくり待つよ。」
通信を入れながら、ジョージはローバーを発車させた。次は当てなどないので、勘で方角を決め、慎重に歩みを進めることとなる。
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