第2話 基地での生活の始まり

 ガニメデ衛星上基地は、扉を開けるとまずエアロックがあり、扉を閉めてロックしたとシステムが判断すると、空気が充填される仕組みになっている。

 人間が生活できる程度空気が充填されると、アラームがなり、宇宙服を脱ぐことができる。

「やっぱ宇宙服は窮屈だな、長く着たくないもんだ。」

 ジョージはそう言いながら、素早く宇宙服を脱いだ。

「では私は、先ほどの通信データを地球に送っておきます。」

 いつのまにか宇宙服を脱いでいたデヴィッドは、貨物室に向かう扉を開いた。

 エアロックから繋がっているのは貨物室だけであり、その先に1番広い部屋である居住区がある。

 エアロックに空気が充填されたアラームがならないと、貨物室への扉は開かないようになっている。気圧差で荷物が散乱してしまわないようにするためだ。それでも、何かのトラブルで開いてしまった時のために、基本的に人が居るであろう居住区とエアロックは、直接繋がっていない。


「疲れたぁ〜。せめてあと1人手伝ってくれたら、もう少し早くおわったかもしれないのに。」

 里香はそう言いながら、材料と一緒に投下していた、折りたたみテーブルと椅子を広げ、ぐったりと座り込んだ。

「でも、やっぱり広いのはいいな。〈トムソン号〉がどれだけ狭苦しかったかわかるぜ。」

「働いた後のご飯は美味しいよ!みんなで食事にしようじゃないか。」

 アルベルトはそう言うと、宇宙船から持ち出してきた宇宙食を広げた。


 〈トムソン号〉と基地を繋ぐケーブルは、人は入らない程度の大きさのコンテナを輸送できるようになっており、荷物を人力でコンテナに詰め込み、基地までそのまま輸送できるようになっている。

 ルイスがガニメデに降り立つ前に、コンテナに1ヶ月は生活できる分の宇宙食を詰め込み、降り立った後、基地に輸送したのである。


「僕は帰りのことを考えると気が重いよ。酸素か食料かエンジンの燃料か、どれかは足りなくなりそうで。」

 酸素と食料は、往復10年、ガニメデ探査に3年の合計13年分に、余裕を持たせて15年分積んできている。エンジンの燃料は、ガニメデ探査中はエンジンを切ると想定されていたので、12年間航続できる程の量しか積まれていない。

「酸素なら何とかなるんじゃないか?ここには薄い酸素があるし、3Dプリンターで作れる、薄い酸素を濃縮できる機械を地球で設計してもらおうぜ。」

「食料もイモや穀物、玉ねぎなら作れると思うわ。最初は無駄だと思ってたけど、ガニメデで植物が栽培できるかも研究してくれって言われて、栽培室を作ったじゃない。」

「エンジンの燃料は……神のみぞ知るってとこだねぇ。隕石が正面衝突してこなければ足りるでしょ。今は帰りのことより、これからの冒険のことを考えよう!」


「地球に先程受信した電波を送ってきました。解析には、どれぐらいかかるかわからないそうです。」

「そりゃそうだ。未知の言語みたいなもんだろうしな。でも状況を考えれば、言ってることは大体わかりそうなもんだが。」

「わかったとしても、電波じゃ人間では意思疎通ができないよ。」

「そのために、全ての宇宙服に電波受信機と発信機をつけてきたのではないでしょうか。言語パターンがわかれば、こちらから言いたいことを電波に変換して送ることができるでしょう。先程だって、皆さんの宇宙服にも電波は受信されていたはずでは?」

「電波といえば通信士のデヴィッドって気持ちになっちゃってたね。確かに僕も自分で確認すればよかった。」


 全員が椅子に座ったところで、アルベルトはパン!と1つ手を叩いて言った。

「何を考えるにしても、何をするにしても、腹が減っては戦はできぬ。久々に全員同時に食事ができるんだから、家族団欒……ではないか、運命共同体団欒をしようじゃないか!」

「運命共同体団欒って何よ。確かに間違ってはないけど。」

 アルベルトの芝居がかったセリフに、里香が笑いながらそう言うと、それぞれ好きな宇宙食を手に取り、開封して水を入れた。

「酒がないのが残念だ。気分だけでも乾杯しとこうぜ!」

 それぞれが水のボトルを持つと、全員でコツンと乾杯した。

「ボトルだと音も風情がないねぇ。仕方ないけど。」

「食事も変わり映えしなさすぎて、逆に安心するわ。」

「僕は宇宙食の中だと、これぐらいしか食べられないから、ずっとこれでいいけど……」

 水で戻した宇宙食を食べながら、暫し談笑した。


 食事がおわると、それぞれの仕事を始めた。

 通信士のデヴィッドは、酸素を濃縮できる機械を設計してもらう為の通信をし、生物化学者の里香はガニメデの藻の観察の為に、〈トムソン号〉に戻って地球の藻との比較観察を始めた。医者のアルベルトと副パイロットのルイスは、栽培室でイモや穀物、玉ねぎを栽培する為の土や苗を持ち出して、畑を作り始めた。パイロットのジョージは、車のような探査機を軟着陸させ、ガニメデ上の探査の準備を進めた。


 ドリル付き潜水艦で、ガニメデの150kmの氷の層を破った後は、その下にある海を濾過し、畑や洗濯用の水分として使う予定だが、それまでは持ってきた水分だけで生活する必要がある。

 汚水処理施設は、〈トムソン号〉と基地の両方に設置されているが、汗や不感蒸泄(呼吸や肌の表面から蒸発する水分)で空気中に逃げる水分は、空気乾燥機やエアコンでしか補足することができず、どうしてもロスが出る。

 〈トムソン号〉の中は、常にエアコンが稼働しており、ロスは理論値に近いほど少ないが、基地は〈トムソン号〉より広く、エアコンの性能も劣るため、ロスが多くなると予想されている。そのため、ガニメデの海から水分を濾過し、新たな水分として活用する必要があるのだ。

 飲用水にできるかどうかは、機械でテストしてからになるが、飲用が可能であれば、水問題は万事解決する。長期飲用が可能かどうかはわからないが、水が足りなくて健康を害するよりはマシだろう。

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