第2話



----- 神聖エルリルア歴 1355年 実りの中旬(7月)



その後からの記憶はふんわりとした明かりの中で、たまに柔らかに温かく、たまに不愉快な冷たさを感じた。


今になって思い起こせば、異世界転生にありがちな【幼児プレイ】を体験しなかったのは、恥ずかしみを知る40代おっさんには幸運だったと言えるかもしれない。



4年前の1歳になった年の秋の頃。


それまではフワッとした自分の意識がハッキリとしてきて、自分が40代半ばの年齢から、人生をやり直していた事に気付いた。


お願いを了承した記憶は無いんだが、なんで転生に巻き込まれたのか、かなり腹が立った。


それにお膳立てって言われた事は何なのか。


転生前にトイレ流さずに、ドアは鍵をかけっぱなしだったけど大丈夫だったか。


転生したのは間違いなさそうだし、レスティトーラーのお願いだったネフステトイスヒヨリを探すのはどうするか。


幼児の体力で出来る事なんてほとんど無くて、毎日そんな事を思って過ごしていた。



2年前の3歳になった春の頃には、まわりの状況が少しずつだけど分かってきた。


転生した家がある地域はアストーリア王国と言って、その中のダルベス男爵領と言う領主の家に生まれた。


私はダルベス男爵の領主、バルフォード家の三男坊。


その年は新たに妹が生まれて3男2女の5人兄妹となった。



父はフェイリオス・バルフォード・ラ・ダルベス、現当主にはラって呼び名が付くみたい。


母はフィオナ・バルフォード・ダルベス、現当主の配偶者は名前に特別な呼び方は付かないけど、領地名は付くらしい。


一番上の兄弟は、長男のレオハルト・バルフォード。


二番目の姉弟は、長女のレオナ・バルフォード。


三番目の兄弟は、次男のランペルト・バルフォード。


四番目は私で、三男のファリオン・バルフォード。


最後は妹でユィルール・バルフォード、愛称はルールーだ。



その他にわかった事は、主に住んでる屋敷の書庫にあった書籍からの知識。


ダルベス領で話される王国の共通言語はアストーリア語で、会話に関しては日本語的な理解が出来たけど、文字は全く読み書きが出来なかった。


会話が出来るので使用人や母さんに文字を少しずつ教わりながら、書籍を読み解いていった。


地理的にはダルベス領の南は豊かな海で、北は魔領と言われる山脈地帯があって、麓は深い森林地帯だと言う事。


西は友好国だけど外国で、東は同じ王国の伯爵領だと言う事。


最後にお味噌はなかったけど、ジャポニカ種の様なお米はあるし、魚介は干物や鰹節みたいなのがあるので、和食がイケる(ここ重要)


大きな事だとこれぐらいかな。


アストーリア語の読み書きはキチンと習わないとこの先の人生が厳しそうだ。



それから2年が経って、私が5歳になって誕生日を迎える。


アストーリア王国では数え年風の年齢の数え方だ。


まず生まれたら0歳、新年の元旦を迎えると歳が増える。


誕生日を祝う習慣はあったけど、歳が増えるのは元旦ってとこ。


暦も【日本】と違って、一年は約380日、一か月は30日。


春は光り、夏は繁り、秋は実り、冬は籠りと4つの季節があって、それぞれの旬が上中下で月に分かれる。


一年の日数には足りないから、夏と秋の間に閏月で毎年調整されて、公転周期によって19日だったり20日だったりする。


閏月は夏至になった日で終わって、次の日から上の実りの1日と数える。


夏至が一年の基準なのに、新年は冬に迎えるのは不思議だった。



「おや、なんだこれ?」



いつも通りに目を覚ましてベットから起きると、見慣れないふわふわとした黒い靄が部屋の床に落ちていた。


パジャマ姿でベットから降りて、黒い靄に触ってみるとふわっと動いて自分の手の中に吸収された。


うぉ、よく見る前に無くなっちゃった。


驚いて手が変になってないか確認したけれど、手が変色したり身体の痛み等の異常は無さそう。


しばらく何だったのか考えていると、部屋のドアからノック音がする。



「おはようございます」



少し間をとってから部屋のドアが半開きになり、メイドさんのアリスの声がする。


アリスは20歳ぐらいのとても落ち着いた女性で、栗色の髪の毛に同系色の瞳の見た目。


もう一人のメイドさんのミレーナと二人で、屋敷に住んでる子供のランペルト兄さんとルールーと私の3人を世話をしてくれてる。



「おはよう、アリス」



私は返事をすると、アリスはササっと入室して私の前に来ると、手元に持っている普段着の着付けが始まる。



「今日はずいぶん早いお目覚めでしたね」


「さっき起きたばかりなんだけどね」



記憶が戻った頃はメイドさんに普段着を着付けてもらうのがものすごく苦手で、自分で自発的に服を着たりした事があった。


すると、両親をはじめ、使用人からも小言を頂きました。


なんか、私が服を着るのを出来る出来ないとか、私が裸になるのが恥ずかしいとか、そう言う事は別問題と言われて却下される。


着付けをさせない事が、世間体だと両親は子供の世話もしないとか、メイドが仕事を放棄してサボっていると見られるらしい。


もちろん私はまわりの迷惑を望んだわけじゃないので、仕方なく着付けを受け入れる事にした。


それに使える主人の子供の身なりが整っている事は、メイドとしても嗜みでもあるみたいで、使用人のみんなが満足そうにしてたのが印象深い。



そんな英才教育の果てに、今では反射的にTポーズになっちゃう。


アレだよ、3Dアニメーションの基本ポーズで有名なアレだよ。



「ファリオン様、明日はお誕生日ですね」


「そうだね、まぁいつもと変わらないけどね」



パパパッと着付けが終わり、パパパッと寝巻きを回収したアリスと少し会話する。


仕事中のアリスは変わらないほほえみでなんでも手早くこなすから、いつもすごいなぁと感心する。


アリスは着替えた寝巻きをキレイに畳んで手に持つと、一礼をしながらササっと部屋から出て行った。


この間、無駄に音を立てない仕草や並のメイドとは思えぬ足運びに、プロのメイドの作法とはシノビのワザマエに通じるのかなといつも思う。



屋敷に居る事が多いから、全くの他人を見る機会のはないけれど、この世界の人の身体能力は【日本】よりもだいぶ高いなと感じる。


私は部屋を出て洗面所に行くと、身だしなみを軽く整えて食卓のある居間に向かった。。



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