第7話 他の女の匂いがする
放課後、日課のジムに行った。
運動はいい。この時間だけはどんな悩みも忘れてただひたすらに汗を流すことが出来る。
俺にとってこの時間は一日の楽しみだ。
「……その分終わった後は一気に現実に引き戻されるんだけどなぁ……はぁ……どうしたものか……」
誰もいないロッカールームで俺は今日の出来事を思いだし、深いため息を吐く。
綾が多くの生徒の前で大々的に宣言したことで俺と綾が付き合ったという噂は瞬く間に広がっていき、お陰で今日は一日中質問攻めに会う羽目になった。
まぁ、自業自得もいいとこなんだけどな……
俺が嘘をついたことで元々依存体質の綾が更に重症化し、行動に歯止めが効かないようになってしまった。
今回の一件で周囲は完全に俺と綾が付き合っていると思っている。そこでもし、俺が他の女子と付き合っていて綾とは付き合っていないと言ったらどうなるだろうか?
俺と綾のどちらが正しいか。綾のことを信頼している生徒たちは当然綾を信じるだろう。
そうなったら俺の学校生活はジ・エンドだ。綾と敵対したら学校では生活していけない。
綾も恐らくそれを全て知った上でやっている。
本来ならすぐにでもあれは嘘だったと言った方がいいのだろうが……
嘘だとバレたら本当にどうなるかわからない。やはり隠しておくのが得策だが……正直、いつまでも隠していられる気がしない。
(とにかく、まずはこの誤解をどう解くかを考えて今後どうするかを決めよう。)
俺は荷物をまとめ、ロッカールームを後にした。
◇
「……」
「おかえり! 悠斗!」
家に帰るとエプロン姿の綾が玄関で待っていた。
黒髪清楚な綾のエプロン姿はまさに新妻のようで普通なら顔を赤く染め喜ぶべき状況なのかもしれないが俺はそんな素直に喜ぶことはできない。
いや、まぁ……そんな気は、してたが……まさか朝のあれは本当だったんだな……。
「悠斗もしかしてジム行ってたの?」
「ん? ああ……」
「そっか……ちょっとじっとしててね。」
すると綾は少し息を荒くし、こちらへとそのまま両手を広げ俺に抱きついてきた。
そして俺の服に顔を埋めすんすんと俺の服の匂いを嗅ぐ。その表情は恍惚としていて幸福感に満たされているようだった。
「お、おい……」
「はぁ……運動後の悠斗の汗の匂い……最高……」
「……」
正直かなり引きそうになったがそれも今更なのであまり考えないようにした。
「———あれ?」
先程まで幸せそうに匂いを嗅いでいた綾だったが顔をあげ不思議そうな顔で何かを確認するように匂いを嗅ぐ。
「……何だ?」
「———がする……」
「ん?」
「知らない女の匂いが……悠斗の匂いと混ざってる……」
綾がそんなことをボソッと呟いた。
その直後今までで一番深い漆黒へと変化した綾の瞳がじっと俺を見据える。
「ねぇ、悠斗……なんでジムに行った悠斗から知らない女の匂いがするの?」
そういえば……ジムで初心者の女の子がバランスを崩して倒れそうになったところを支えてあげたっけ……そんなに触れ合ってないはずなんだが……
「い、いや……」
「私が悠斗以外の匂いに気づかない訳ないじゃん。もしかして私にバレないだろうって思って彼女と会ってきたの? 私、言ったよね……? 私と会った日は他の女と会わないでって……ねぇ、悠斗答えてよ。なんで他の女の匂いがこんなに濃く着くまで密着したの? ねぇ、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで————」
いつになく細かく聞いてくる綾に俺は内心少し恐怖を覚えた。
最早この状態になってしまっては綾に俺の言葉は届かない。
「じ、実はジムで女の子が怪我をしそうになってたから助けたんだ」
「……本当に?」
「本当だ。」
しっかりと綾の目を見て言うと少しだけ目の闇が薄くなった気がしたがまだまだ全然黒く濁っていた。
「……でも悠斗にそんな女の匂いがベッタリついてるなんて私耐えられない……」
「わかった、すぐにシャワー浴びるから———」
そのまま浴室へと行こうとしたところ綾に服を引っ張られ止められた。
「駄目」
「え?」
「それだけじゃ駄目。」
じゃあどうすればいいんだ?
そう聞こあとしたところで綾が衝撃的なことを言った。
「私が直接体の隅々まで洗うから。」
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