第6話 清浄化

――――――――――――数日後。


僕は酔い潰れて記憶を無くしていた。

でも翌朝、目が覚めると僕の横で信愛が寝ていた。


「おはよ。」


僕は信愛の腕に包まれていた。


「おかえり…。心配した。」

「ごめん。」

「勘違いし過ぎ。」

「ごめん。」


信愛は僕の顎を上げて目を見て


「寂しかった?」と聞いてきた。

「うん。」と頷くと、

「ちゃんと見つけたから」と優しく言われた。

「うん。」と力なく答えると、


信愛は僕に口付けようとした。

でもそれを拒否して逃げた。

完全に塞ぎ込んでいた。

誰も信じたくなかった。

全ては自業自得。

全ては自分で蒔いた種。

誰も悪くない。


「信愛、別れよ。」

僕がそう言うと、

「……別れるも何も私とあんたはそんな簡単な関係じゃない。なんか勘違いしてる。話したくないたら話さなくていい。でもあんたは勘違いしてる。勝手に怯えてる。ほかのひとならそれでいいよ?でも私は違う。他所よその女と一緒にして欲しくない。」


そう言って信愛は髪を耳にかけて

その耳に僕の手を触れさせた。


朝陽に照らされて信愛がキラキラしてた。

いっぱい付いたピアスもまた一段ときらめいていた。


僕は恐る恐る信愛に言った。


「…信愛の事大好きだよ?…この間みたいな苦しんだ顔も、俺を虐めてくれる時の優しい顔も。全部。でも、、出来ればずっと俺の事いじめてて欲しい。ずっとは無理って言うなら我慢する。でも我慢したって辛いだけだから他探す。」


そう言うと信愛は僕の頬を指の裏側で撫でた。


「昔より重症になってる。…でも、私もそう。色んな人の間であんたがさまよって苦しんでる間、『私なら』ってずっと思ってた。」

「……。」

「安心して?あんた私の事ずっとどう思ってた?どんな女だって思ってた?」


「…正直言っていい?」

「いいよ」

「…変態ピアス女。」

「……それ褒めてるんだよね?」

「褒めてる。」

「ならいい。」

「……なんかすげーむらむらする。」

「本領発揮しようかな。『変態ピアス女』の。」


「ちょっと怒ってる?」

「あんた以外なら引きずり回してる。」

「そういうとこ好き…。でもそのピアス誰にも見せないで。」

「……あんただけがいい?」

「うん。寝盗られた気分。」

「そうなったら面倒くさそう。」


「血が流れる。」

「人も死ぬ。」


僕らはこんな異常で非常な事を少し笑いながら言い合っていた。


「お前もな。」

「……ねぇ。」

「うん?」


「……あんたの事、鳴かせたくなってきた。」

「今だけ?」

「私はずっとこういう性格。性癖。」

「信じていい?」

「聞いていい?」

「うん?」

「あんたはあたしを責めたいとか思わないの?」

「…導かれたいとは思う。」

「私があんたの手を取って…こんな風に?」


信愛は耳に触れている僕の手を首へと下げた。


「……けど、首は絞めたくなる。」

「なんで?言葉にできる?」

「んー…。独占したい。どこにも行かないように、ちょっと苦しい顔しながらそれでも泣く事も喚くことも無く俺をその目で見てて欲しい。」


「私はあんたに、泣きながら安心した顔を見せて欲しい。あんたを私の手で安心させてあげたい。」



僕らは【性】よりも【精神】の部分で求め合っていてた。



「今まで感覚だったもんね。ちゃんと話した事なかったよね。」

「話したくなかった。」

「誰かと話した事ある?」

「…一人だけ。」

「誰?」

「真凜。」

「あの子か。…一度かしたの?」

「してない。最初に話した。『俺はこういう人間だから途中からお前を泣かせるよ。冷めさせるよ?』って。」

「そうしたら?」

「『それでもいい』って」

「なのになんでしなかったの?」

「…何となく。感じたんだよね。『この人はそうじゃない』って。『ずっとそうはいてくれない』って。」

「なるほどね。そう感じちゃったら確かに踏み込むのは怖いよね。」


「その時もベットでこうやって話した。同じ目線で。でも、その……。」


「悲しかったのか…。」

僕の目から無意識で流れる物を信愛は指で拭ってくれた。



「なんで?…悲しくないのに…」

「…その時あんたは悲しかったんちゃう?言葉では『大丈夫』ってうてたのに『行動』が伴わんかったんやろ?」


そう聞かれて指では足りなくなった溢れ出た物を服の袖で拭ってくれた。


そして…信愛は僕を下にして上から見下ろした。


「あたしはずっとここからあんたを見ててあげる。安心して。大丈夫だから。嘘じゃない。…本当は襲われたかったよね?…じゃあ、あれ?その後もずっとこうやって押し倒されることも、無理やりキスされる事もなかったの?」


「あの日だけ。信愛が来てくれた日。あの日にキスされそうになった。けど逃げた。2回目はないと思ったから。ずっと攻めてくれるわけじゃないって思ったから。」



「…目閉じて。」

「なんで?」

「いいから。」


信愛は上から僕の頭を撫でながら優しい声で話し始めた。


「あんたさ、あの人の事まだ恨んでる?」

「…おばちゃん?」

「そう」

「ううん。もう恨んでない。」

「『愛されてた』って思えた?」

「うん。怖かったけど、ちゃんと俺見て、俺の事考えて殴っててくれた。」

「ずっとそうだったもんね。優しい時とか、弱い時なかったもんね。」

「ほぼ無かった。ずっと『鬼』だった。」


僕がクスッと笑うと、


「…笑えるようになったんやね。よかった。」

「もう笑い話だよ。。戦争やったけど。」

「戦争やけど、愛されてたし全力で来てくれてたもんな。いっつもな。」

「そう。しんどいのに飯つくってれて、風呂いれてくれて、寝かしつけてくれて…。少しだけやけど褒めてくれたこともあった。」

「あったよな。覚えてるで。」



「……詩織姉ちゃん。」

「うん?」


僕は昔、信愛の事をなぜか『詩織姉ちゃん』と呼んでいた。


「あの人みたいな人がいい。ちゃんと俺だけ見て俺にだけ手上げてくれる人がいい。でもやっぱ甘えたい。無理やてわかってるけど、、そんな人がいい。」


「…そうやな。おったらええな。」

「でもいっつも痛いのは嫌。」

「そらそうやろ。」

「信愛。」

「うん?」


信愛は上から僕を包み込んだ。


「大好き。」

「私も。」


僕らは、小さい時からずっと一緒に居る。

5個上のお姉さんではあるけど、

僕の細部まで理解してくれている。


「侑海」

「うん?」

「したい?」

「ううん。…ごめん。」

「謝らんでいい。」

「こんなんやから冷められる」

「あたしは冷めへん。」


「やられんとしたくならん」

「そうやもんな。」


信愛は微笑んだ。


「はぁっ……」

「相変わらずチョロいな。」


僕はその一噛ひとかみで信愛にやられた。


「…やめないで」

「なに?聞こえん。」

「もう一回して…」

「一回でいいん?」

「…いや」

「なに?」

「いっぱいして!」


信愛はそれを聞いて笑った。


「いい子やな。ちゃんと言えるやん。」

「……」

「そう。それ。その泣きそうな顔。それがたまらん。…泣かしたいわ。」

「変態…」


僕がそう言うと信愛は僕の耳をつまんだ。


「よう聞きや。…あたしに色々して欲しくてたまらんくて泣き出すあんたも、あたしにして欲しくて狂いそうなってるあんた見て疼いてるあたしもどっちもどもならんや。でもあたしらやから理解できるんちゃうか?…あぁ。でもそうやな……。他にあんたみたいなまれな男おったら面白そうやでそっちにも同じようにしたろかな?…」


「無理。」

「何?聞こえん。」

「無理!!」

「何が無理なん。」


信愛はずっとニヤニヤしていた。


僕は、こうなると言葉で身を守ろうとする癖がある。


「……ムカつく!!殺す!!」

「なに?なんか言った?」

「やから殺す!!お前もそいつも!!殺す!!」

「なんで?いいやん。あたしが楽しむだけなんやから。」


僕は下から腕を伸ばして信愛の首を締めようとするとその手を掴まれた。


「誰に何しようとしてんねん。」


綺麗な顔から出るこの言葉がたまらない。でも半分頭が不安でおかしくなりそうになっている。


「だって、信愛が。」

「あたしが何?」

「他の男とするって…」

「また泣くん?ほんまに泣き虫やな。」

「うるさい!黙れ!!」

「いい。いい。ほざけ。……で?ほんまはなんて言いたいん?」


「……俺だけ見て。」

「聞こえん。……ちゃんと言えや!!」


僕は恐怖で身震いした。


「次は何?怖くて泣くんか?忙しいやっちゃな。」

「……俺だけ見て!!お願いします!!俺だけ見てて!!他見んといて!!俺だけとして!!どこも行かんで!!お願いやから!!俺だけ見てて!!俺だけ見てて!!俺だけ……」


「やかましい。騒ぐな。」


優しい笑顔の信愛にその煩い口を手で塞がれた。


「……。」

「それでいいねん。それでいい。ちゃんと言わんからつらなんねん。」


「……どこも行かんで。」


信愛が僕の口から手を離すとそう言った。


「行かん。どこも行かん。安心しい。」



信愛は僕を起こして抱きしめた。


そして僕の目を見て言った。


「……はよ準備して。こっちはしたくてたまらん。」

「じゃあ噛んで。痛いことして。」

「甘いのは?」

「両方…」


「いいよ。特別やで。この欲張りが。」



―――――――――――――――。




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