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虫太

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「おお、PT-1677、PT-1677よ。お前には人として大切なものが欠けている。だからこの『人として大切なものドリンク』を飲みなさい。飲み干しなさい。」

「ハイ、ハカセ。ヒトトシテタイセツナモノドリンク、ヲ、イタダキマス。」

「そうだ。そう。グビッと。一気にいきなさい。」

「ノドゴシ、サワヤカ。」

「うむ。昨日、また国家人工知能保護局の人が来たよ。

『お宅にお住まいのPT-1677…ですか、そのピート君のことでお伺いしたのですが、今日はいらっしゃいますか?』

と、そう言うておったよ。あのスーツの若い女は。お前には会わせなかったがね。それから、

『ピート君は、個人製造ながらも相当な認知能力をお持ちと調査部のほうから伺っておりますが、どうも学校にも行ってらっしゃらない…?たしかですか?お友達などはいらっしゃいますか?おうちで通信教育などを受けておられますか?いちど面談させていただいて、こちらでピート君に合った学校の斡旋を…』

などなど、と。私は一言、要らんと言ってやった。それから、帰れ!税金返せ!と、そう言ってやった。あの者たちは、PT-1677よ、いいか、あの者たちはお前のことを何も解っていないんだ。友達や学校などまだまだ要らんのだ。」

「PT-1677、ガッコウトモダチ、ナドナド、イラン」

「そうだ。コップを貸しなさい。いつまでもっている。あとで私が洗っておこう。食器洗浄機でな。」

「ショッキ、センジョウキ。」

「そうだ。まずは十分に準備をして能力を身につけて、それから外の世界へ出て行くといい。」


2年後…。


「はい、もしもし?ああ、ソジュンか。どうした?今?んー、ちょっと移動中だけど。帰省なんだ、久しぶりに。急ぎじゃないから。いや、だいじょうぶだよ。そこの公園に入って、ベンチに座るよ。

…それで?連絡が返って来ないって、ケイトのこと?うん、うん、ふーむ…。昨日の朝からか。学校では?口聞いてない、か。

あのこと、気にしてるんだろ。お前が先週ケイトに言ったこと。わかるよー、そりゃあ。気まずい空気になってたじゃないか。いや、ケイトがそれを気にしてるかどうかはわかんないよ。そうかもしんない、てだけで。

ケイトは何年も打ち込んできたんだから、『スポーツなんかよりも…』って言い方はたしかに良くなかったと思うよ。でも、ソジュンもソジュンなりにあいつのこと心配してたんだろ?

…うん、うん。部活終わってだいぶ落ち込んでたもんな。うん、うん。そう、試験も近いし。うん。そういうことを話してあげたら、ケイトもわかってくれるよ。だいじょうぶ。あ、でも先週のこと、ちゃんと謝ってからだよ?

うん、それじゃ、え?ああ俺?帰省なんだ。博士のとこ。ほら、俺アンドロイドだろ?作ってくれた博士のとこに寄るんだ。そっか、ソジュンは途中で転校してきたから知らないのか。ぜんぜん見えないって?そりゃ今はね。いや、ほんと、最初の頃はあげるともらうの違いもわからなかったんだって。でも寮やクラスのみんなと会って変われたんだ。カタコトで喋ってたもん、昔。アッハッハ…、ほんとだって。

いや、会社じゃないよ。博士が個人で作ったから。そう、天才なんだ。でも、もう高齢なのにずっと一人だけで暮らしててね。ちょっと心配なんだけど。あんまり久しぶりすぎてね、博士もびっくりしちゃうかも。

ああ、それじゃ。ケイトによろしくね。休暇楽しんで。うん、ありがと。また新学期ね。じゃあ。


…ふう…。」


ピンポーン。

「博士ー!帰ったよー!」

「誰だ!動画配信サブスクなら死んでも契約せんぞ!あんな低俗な番組なんぞ、勧誘も見たくない!民生委員も、宣教も、保護局も回れ右しろ!」

「博士、ぼくだよ。ピートだよ。」

「おお、PT-1677、PT-1677ではないか!帰ってきたのか。さあさあ、あがりなさい。コートを脱いで。」

「あ、ありがとう、博士。自分で脱ぐよ。」

「よく帰ってきたな。電車は座れたか?駅で変な輩に絡まれたりせんかったか?あの辺りは電脳素子ジャンキーがうようよしとるからの。」

「うん、だいじょうぶだよ。博士こそ、最近は…」

「おお、PT-1677、寒くはないか。お前には人として大切なものが欠けている。だからこの『人として大切なものチョッキ』を羽織りなさい。着こなしなさい。」

「寒くないよ。博士、僕あれからずいぶん変わったんだ。本当に色んな経験をして…。今日はそのことを聞いてもらおうと思って来たんだ。」

「ああ、聞かせてもらおう。外では苦労しただろう。お前はまだ人間には欠かせない知覚-信念理解も具体的操作思考も身につけておらんのだから。」

「…博士、だから僕は成長したんだ。」

「さあ、こっちに来てソファにかけなさい。今茶を淹れてやる。」

「この頃は他の人たちとは会ってるの?」

「会うに値する人間が外にいるのか?」

「たくさんいるよ。ほんとうに大勢に会った。人々だけじゃない。ソジュンの飼ってる犬のスノーチ、菜の花を登っていくテントウムシ、垂れ下がる何千ものヘーゼルの花、繁華街の匂い、雨のあとの林に残るぬかるみの轍、校舎の裏で夜中も一人点滅している防犯センサー、何もかも。」

「PT-1677…。」

「博士…。」

「どうやらお前は急ぎすぎたようだ。まだ完成していないコーヒーメーカーに水と豆を入れたようなものだ。すぐに情報の事後処理を可能にする認知機能を身に着けなければ整理されていないキャパシティを超えたインプットでカオスに陥ってしまう。今からでも間に合うかどうか…。さあリビングに来て、ソファに腰かけなさい。」

「わ、何これ!僕があの日、保護局の人の強制立ち入り措置で連れて行かれた日のまんまじゃないか。学習ボードも、タイルも人形も積み木も、僕のパジャマも、あの日とまったく同じじゃないか。2年間、いったい何してたの、博士。」

「いつお前が帰ってきてもいいように準備をしていたのだよ。」

「なんだか、時間がまきもどったように感じるよ、博士。」

「いい兆候だ。新しい学習装置も用意したぞ。どれ、うんっ、重い!」

「はかせ、ちょっとやせた?」

「このレンズを覗いてキーで操作するんだ。」

「ちゃんとたべてる?」

「そうだ、茶を淹れるんだったな。学習はおいておきなさい。」

「なんだか、あたまがボンヤリしてきたナ。」

「いや、茶よりもやはり、こっちがいいな。」

「ハカセ…」

「さあこれだ。この『人として大切なものドリンク』を飲みなさい。」

「ハイ。イタダキマス。」

「どうだ?味は。」

「ノドゴシ、サワヤカ。」




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