番外編

番外編:例え彼女が許しても

『このキャラは同性愛者なんかじゃない。好きになった相手がたまたま同性だっただけ』

『これは同性愛の物語なんかじゃない。普遍的な愛の物語』

 同性愛を描いた物語を語る人間の口からそんな言葉が出てくるたび、反吐が出そうになる。

『同性愛者じゃないけどあなたが好き』『好きになった人がたまたま同性だっただけ』そうキャラクターに言わせる作品が大嫌い。恋愛に性別は関係ないなんて綺麗事が大嫌い。関係ないなら、どうして私は異性を好きになれないのか。私はずっと、異性を好きになる人間が羨ましかった。正確には、妬ましかった。普通に恋愛出来て、普通に結婚出来る人たちが妬ましくて、憎かった。

 高校生の頃、一人で映画を見に行った。女性同士の恋愛物の映画。誰にも会わないようにわざわざなるべく遠くの劇場に足を運んだのに、同級生に出会ってしまった。気まずい空気の中、彼女は私に自分がレズビアンであることを打ち明けた。私のこともそうじゃないかと思っていたらしい。自分以外にも居るのだとしれたことは、大きな勇気をくれた。その日から彼女と私はただの同級生から友達になった。そして、彼女と友達になったことがきっかけで一人の女の子と関わるようになった。私はその子に恋をした。友人の後押しで、彼女に告白をした。彼女は戸惑いつつも、私の想いを受け入れてくれた。『私も好き』そう言ってくれた。

 優しくて可愛い彼女のことが大好きだった。だけど——彼女から過去に異性を好きになったことがあるという話をされた時、裏切られた気持ちになった。過去の話だと彼女は言ったけれど、何故わざわざ打ち明けたのか理解出来なかった。知りたくなかった。気持ち悪い。どうせいつか私のことを捨てて男と結婚するんでしょ。私はそう、彼女を責め立てた。彼女を傷つけた。だけど自分が悪いと思えず、謝ることすらしなかった。友人も私が悪いとは言わなかった。彼女も私と同じで、バイセクシャルに対して偏見を持っていた。異性を好きになれるくせに悪戯に同性愛者を弄ぶなと彼女を責めた。私は私を愛してくれた恋人を捨てて、私と同じようにバイセクシャルを嫌う友人を選んだ。

 そしてそのまま、偏見に気づかないまま大人になった。成人祝いに友人——もとい恋人と一緒にレズビアンバーに行って、そこで初めて偏見を指摘された。初対面の女性に。店内は彼女に味方する人達の方が圧倒的に多くて、そこで初めて、元カノに対して酷いことを言ったことに気づいた。私は反省したけれど、恋人は反省せずに開き直って言った。『どうせあの人もそのうち恋人に捨てられるよ』と。そのことで口論になって、彼女と別れた。


 それから更に十年近く経った頃。一人寂しく街を歩いていると、彼女によく似た人を見かけた。「しずく」と、彼女の名前を口にすると、女性は反応して私の方を見た。そして動揺するように目を見開いて「雨花うか」と私の名前を口にする。間違いなく彼女だ。近づこうとすると、後ずさった。怯えるような視線に心が痛む。


「……ごめん」


 距離を保ったまま、謝罪の言葉を口にして頭を下げる。彼女は逃げずに私と向き合っているが、何も言わない。顔を上げると、険しい顔で私を見据えていた。しばらく黙ったまま見つめ合う。彼女が何か言おうと口を開いたその時だった。


「雫さん」


 やってきた女性が彼女の名前を呼んだ。二十代前半くらいの若い女性だった。


「知り合い?」


「……元カノです」


 それを聞いた瞬間、女性の顔が険しくなる。そして私を睨みつけてドスの効いた声で言った。「雫さんに今更なんの用っすか」と。


「……雫に謝りたくて」


「はぁ? 謝るだぁ? 何年経ってると思ってんだてめぇ」


 そうガンつける彼女は明らかに私より歳下だが、礼儀を説ける立場ではなかった。代わりに雫が彼女を宥めると、すぐに大人しくなる。飼い主の言うことだけは聞く狂犬みたいな人だなと苦笑すると威嚇するように睨まれてしまった。雫が居なかったら噛みつかれていたかもしれない。


「……虹希こうきさん、少し、彼女と話してきてもいいですか」


「二人きりになるのは駄目です。話するならあたしも同席します」


「……わかりました。雨花、良い?」


「……謝罪、受け入れてくれるの?」


「ああ? 受け入れるなんて言ってねえよ話聞くだけだわバーカ」


 と、敵意剥き出しで吠える狂犬。「虹希さん」と雫が叱るように呼ぶと狂犬はすぐにおとなしくなるが、私に対する敵意は一向に引っ込める気配はない。例え彼女が許してもあたしは一生お前を許さないからなと言葉にしなくても伝わってくる。それでも私は彼女にもう一度頭を下げた。偏見で酷いことを言ったことを素直に認めて。


「……虹希さん、私は彼女を許したいです。良いですか?」


「……あたしに許可取らなくていいっすよ。許す許さないはあなたの気が楽になる方を選べばいい」


「……うん。ありがとう。雨花、私……あなたのこと好きだった。愛してた。どうしたらあなたを救えたんだろうって、ずっと思ってた。今、ホッとしてる。私に謝りたいって思うってことは、自分の苦しみとちゃんと向き合えてることだと思うから」


「……雫……」


「良いよ。もう……良いよ。謝りたいって思ってくれてありがとう」


「……こちらこそ、ありがとう。ごめん」


「うん。良いよ」


 空気が和やかになりかけたところで、狂犬がぱんぱんと手を叩いた。


「はい。謝罪が済んだならとっととどっか行ってもらえます? 雫さんはこれからあたしとデートなんで。あんたに構ってる時間はないんですー。行こう。雫さん」


 狂犬が彼女に手を差し伸べる。彼女は私をちらっと見た後、頷いて手を取った。そのまま二人は私を置いて歩き始めたが、しばらく歩いた後、狂犬は彼女を待たせて私の方に戻ってきた。そして私に捲し立てる。


「良いか元カノ。雫さんに許されたからって調子に乗んなよ。雫さんが許しても、あたしはあんたを許さないから。絶対許さないから。一生許さないから。あたしはあんたの罪を軽くしてなんかやらない。一生罪悪感抱えて生きればいい。これ以上彼女を傷つけるようなこと言ったらただじゃおかないからな」


 剣幕に気圧されてぽかんとしてしまうと「返事は?」とさらに圧をかけられた。返事をすると、彼女はふんと鼻を鳴らして雫の元へ戻っていった。

 二人の後ろ姿に伸ばしかけた手を引っ込める。被害者に許されたのに、犯した罪に対する罪悪感は軽くなるどころか重くのしかかる。だけど、心は晴れていた。彼女に言われた通り、この罪は一生背負って生きていく。そう決意して、二人に背を向けた。

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