番外編2:虹色の希望
「初めて会った時から思ってたんですけど」
「ん? なに?」
「……虹希さんの名前って、レインボーフラッグみたいですよね」
「ああ、言われてみれば確かに。虹に、希望の希、それと八雲の八。あたしの名前の四分の三がレインボーフラッグを連想する漢字で構成されてますね」
「八はなんの関係が?」
「あれ、知らない? レインボーフラッグって最初は八色だったんだよ」
初めて知った。「それぞれの色にもちゃんと意味があって」と彼女は続きを語る。やけに詳しい。
初めて入った彼女の部屋には、至るところに虹色の小物が置いてある。通学に使っているというカバンには虹色の旗を模した缶バッジがついていた。虹の旗。つまり、レインボーフラッグ。この家のところどころにある虹のグッズはやはり、レインボーフラッグを意識しているのだろう。
「雫さん、レインボーフラッグ嫌いでしょ」
彼女が私の顔を見ながら苦笑する。顔に出ていたようだ。素直に嫌な思い出があると話す。その思い出についてはあまり詳しくは語らない方が良い気がした。彼女もそこは深掘りせず、話を続ける。
「あたし、雫さんと付き合い始めてから気づいたことがあるんだ。レインボーフラッグを掲げる人達の中には、雫さんの元カノみたいな人が結構居る。あたしはその人達の気持ちが分かっちゃう。あたしも、雫さんはノンケだって決めつけて、あたしの恋なんて叶うわけないって思ってたし。でも……」
「でも?」
あなたが虹色の物を見ると辛いことを思い出してしまうならこの部屋にあるレインボーグッズは全て捨てたって構わない。てっきり、彼女はそう言うと思った。だけど違った。彼女はソファにおいたカバンを引き寄せて、カバンにつけた缶バッジに触れながらためらうようにこう口にした。「あたしは、これを外す気はないです。この部屋にあるレインボーグッズも捨てません」と。そしてごめんなさいと謝ってからこう続けた。
「あたしにとってあの旗は希望の象徴です。あれをきっかけに繋がった人も多い。そう簡単に手放せるものではないし……それに」
「それに?」
「……あたしが旗を下ろしたところで、あなたを傷つけた人達が変わるわけじゃないですし。平等を掲げても、無意識に差別をしている人はたくさん居る。それを指摘出来る人が内部から居なくなったら、レインボーフラッグのイメージがどんどん悪くなっちゃう。だから、教えてくれませんか。あなたがレインボーフラッグを嫌いになった理由。多分、元カノのことだけじゃないですよね」
「……」
「……話せませんか」
「……ううん。……聞いてほしい。あなたには、知ってほしい」
私は彼女に話した。私が虹を見るたびにネガティブな気持ちになるきっかけとなった、海外で起きた事件のことを。彼女はすぐに調べて、記事を見て顔を顰めた。
「うわ……こんなことあったんすね。全然知らなかった。この叩かれてた女優さんのことは知ってたの?」
「いいえ。全く。彼女がレズビアンを演じたドラマも全然。けど……その時私、ちょうど彼女にフラれたばかりで」
「げっ。タイミング最悪じゃん。そのタイミングでこんなん見たらそりゃトラウマになりますよね……」
そう言うと彼女は缶バッジを複雑そうな顔でじっと見つめる。
「……正直に言うとその旗は、私にとっては呪いみたいなものです。それを見るたびに、元カノの言葉に呪われていた。けど……あの事件があるまでは、それに勇気をもらっていたことも事実ですよ。だから、あなたが旗を下ろさない選択をしてくれたことは嬉しいです。あなたは優しいから、私のためなら捨てると言い出すかと思いました」
「それは正直考えました。でも……あなたは優しいから、それは望まないだろうなって思いました」
お互いにそう言い合って、どちらからともなく笑い合う。
「雫さん、あたしのこと好きすぎでしょ」
「ふふ。そうですね。大好きですよ。でも、あなたも人のこと言えないじゃないですか」
「うん。大好きだよ。雫さん大好き」
「はい」
見つめ合い、どちらからともなく唇を重ねる。軽いキスだけど、それだけで充分すぎるくらいに心が満たされていく。
「あなたもきっと、この旗にたくさん勇気をもらったのでしょうね。……私も、分かってるんです。レインボーフラッグを掲げる人の中には、あなたのような人もたくさんいるって。そもそも、レインボーフラッグを掲げるのに資格は要らないから、あの時彼女を批判した人の中には印象を悪くするために悪意を持ってやっていた人も混じっていたかもしれない。レインボーフラッグを掲げている人だからといって警戒するのは失礼かもしれない。分かっていているけど……それでも、その旗がずっと怖かった」
「そんなことがあったなら警戒するのも無理はないですよ。確かに失礼だとか一緒にするのは差別だとか言う人もいるかもしれないですけど……あたしはそうは思わないです。悪いのはあなたを傷つけた人だ。あなたは何も悪くない」
「……」
「……どうしても許せないですか? 警戒してしまう自分のこと」
「……怖いんです。いつか、罪のない人まで憎んでしまうんじゃないかって」
「それを怖いって思えてるなら、大丈夫だと思いますけどね。雫さんは優しすぎるんですよ。他人に優しくするのも良いですけど、もう少し自分にも優しくしてあげてください」
そう言うと彼女は私の頭を自分の膝に引き寄せた。
「雫さん、あたしはこの先死ぬまで戦い続けるからね。あなたを傷つけた自称アライの人達と。側で見ててね」
「……はい。信じてます。あなたのこと」
「うん。あたしも信じてるからね。あなたのこと」
そう笑う彼女の顔が優しくて、涙が溢れる。
やっぱり彼女はレインボーフラッグみたいな人だ。きっとその優しさと思いやりでこれからも多くの人に勇気と希望を与えていくのだろう。そしてきっとその希望は、私のように希望を見失ってしまった人達にもきっと届く。彼女なら届けてくれる。今なら心からそう信じられる。
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