第3話:同情

「ごちそうさまでした。美味しかったです」


「良かったです。お味噌汁も美味しかったです。あと……話聞いてくださって、ありがとうございました」


「いえ。……実はあたしも、大切な人を亡くしてまして。あたしの場合は、ただの片想いなんですけどね」


「そう……なんですね」


「はい。だから……気を使われる方がしんどいだろうなって、思って」


「……八雲さんの大切な人は、どんな人でした?」


 問うと、彼女は皿を洗う手を止めて一言。「自分勝手な人でした」と。その一言に、さまざまな感情が複雑に詰まっているような気がした。


「……でも、好きでした。どうしようもないくらい」


「……そうですか」


「……はい」


 会話が途切れる。水を流す音だけが静寂に響く。


「……お風呂、沸かしてきますね」


「……はい」


 食後の片付けを彼女に任せて、気まずい空気から逃げるように風呂場へ向かう。

 栓をしてスイッチを入れて戻ると、彼女はシンクの前に立ち尽くしていた。「大丈夫ですか?」と声をかけるとハッとして「すみません、色々思い出しちゃって」と寂しそうに笑う。その表情が同情を誘い、私はたまらず彼女を抱きしめた。


「灰塚さん……」


「……嫌ですか?」


「……嫌では、ないです。ありがとうございます」


 彼女は呟くように言うと、一瞬躊躇ったものの、縋るように私の背中に腕を回した。そして続ける。


「……あたしの好きな人は、自殺だったんです。向こうから散々助けを求めたくせに、こっちから差し伸べた手は取ってくれなくて……そのまま」


「……そうなんですね」


「……はい。すみません。重い話して」


「お互い様です。……私の恋人は、事故でした。ある日突然、なんの前触れもなく。人ってこんなに呆気なく死ぬんだって、思いました」


「……そうですね。呆気なく」


「……最初は、追いかけようと思いました。けど……出来なかった。死ぬのが、怖くて」


「……分かります。あたしも怖いです。死ぬのも、生きるのも。けど……あなたと話せて、少しだけ楽になった気がします。……お風呂が沸くまで、こうしていても良いですか」


「はい。私も……もう少し、このままでいたいです」


「うん……」


 私を抱きしめたまま、彼女は語る。近所の人から私の恋人の話を聞いた時から、私のことが気になっていたのだと。彼女もずっと苦しい想いを抱えていたのだろう。

 私達はそのまましばらく、特に会話もなく抱き合ったままで居た。風呂が沸いたのを合図にどちらからともなく離れて、なんだか照れますねなんてぎこちなく笑い合った。


「お風呂、どうしますか? 先に入ります?」


「いえ。あたしは後で大丈夫ですよ。お先にどうぞ」


「では、お言葉に甘えて」

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