渇望3
「だって、いくら祭りとはいえ仕事してないのはおかしいだろ。というか仕事サボって遊んでいるようにも見えないんだよな」
「勘、というやつか」
「まぁ、そんなところ」
挙動不審に、仕事をサボってまで町中を彷徨う女性。祭りを楽しんでいる気配はなく、なにかを探しているような、そんな雰囲気を漂わせていた。
「こそこそ隠れて尾行するのも面倒だ、直接声をかければいいだろう」
「あんだけ人に見られていないかチェックしてる子にか?」
ディーの言葉にそう返す。
彼女は先程から何度か背後を振り返っては、追尾者がいないか確認しているようだった。なんだか不穏な行動ばかりをとっている。
「あれはなにかあるな」
午前中に捕らえた血気盛んな若者のように、祭りの騒ぎの乗じてなにか仕出かそうとしている可能性はゼロではない。しかしそう断言できるだけの証拠はない。なのであの女性の目的が判明するまでは迂闊に手を出さない方がいいだろう。
「お、建物の中に入っていったようだぞ」
「そうみたいだな。ここからは道も狭くなるし、ディーは別のところで待機していてくれ」
「……しかたがないな」
今のディーの体の大きさでは物陰に隠れられない。人を尾行するのにディーの体は大き過ぎた。
ディーは俺の言葉で、踵を返して大通りに戻る――ことはなく、しゅるしゅるとその姿を子犬ほどの大きさに変化させた。
「⁉︎」
驚いて声が出そうになったのを堪える。
ディーはこのサイズになることにあまり気乗りしていない様子だった。だからまさかこの目で子犬サイズのディーを見る日がくるとは思わなかった。
「ど、どうしたんだ急に」
「我は貴様のあとをついて行くと言っただろう」
「別に逃げ出したりするわけじゃ……ああ、そう。なら後ろは任せるぜ」
単独行動なら今までに何度もとっているにもかかわらず、そのようなことを言い出したので疑問に思ったが、すぐにディーは彼女が祭りの邪魔をするのを阻止したいのだと気がついて言葉を切った。
本人は絶対に口にしない気なのだろうが、ディーは祭りを楽しむ人の笑顔を護りたいと思っている。だから気の進まない子犬サイズになってまで尾行に参加するようだ。
神獣が守護獣扱いされる理由がなんとなくわかった気がする。
挙動不審な女性のあとを追って入った建物は、祭りの会場からは外れた、町の外側の方に位置するおんぼろの建物だった。
人が住んでいる気配はなく、空気もどこか埃っぽい。普段から手入れされていないことがよくわかる。
「おばあちゃん……私、やるね」
ところどころ壁に穴が空いた家の、とある一室にあるテーブルの上の花瓶を撫でて、女性はつぶやいた。
この家自体は掃除などはされていないようだが、女性のいるテーブル一帯は綺麗に整頓されている。あそこだけ彼女が定期的に掃除をしているのだろうか。
花瓶にさされた向日葵が枯れていないことから、花の手入れも定期的に行っているようだ。
「最低な町長。最悪の町。すべて私の敵だわ。おばあちゃんの仇、とってあげるからね」
黒だな、と思った。
仇だのなんだの物騒なことを言っているのだ、彼女が祭りに乗じてなにかをやろうとしていることは間違いない。
疑いが確信に変わった瞬間だった。
「このあとね、花火大会の前に町長が町のみんなや観客の前でスピーチをする時間があるの。そのときに背後からグサって、一突きしてやるわ。見せしめのように、多くの人の前で殺してやるの」
ふふ、あははと女性は高らかに笑う。
もちろんそれに返事するおばあちゃんはここにはいない。
祖母に見立てた花瓶に向かって一人話をする女性と、部屋の前には俺とディー。この三人しか周囲にはいなかった。
それにしても悪趣味な話だ。
俺が言えたことではないが、見せしめにしてから殺すという発想から、女性の町長への恨みが余程のものらしい。
「大丈夫よ、おばあちゃん。だって悪いのはあいつらよ? だから私はなぁんにも悪くないの」
くすくすと女性は笑う。
誰の声も聞こえないのに、女性は誰かと話をしているような口調だ。
「なぁ、ディー。俺には見えないだけで、ここに誰かいるのか?」
「いるわけないだろう。いたら我らの存在に気づいて密告されておるわ」
「それもそうか」
死者の魂、幽霊というものがこの世に存在して、その幽霊と話をしているのかと思ったがどうやら違うらしい。
単純にあの女性が一人で話をしているつもりになっているだけのようだ。
「ふふ、おばあちゃんはあの男の元で働いて、酷い仕打ちを受けたのよね。知っているわ。あんな暴力的な男が使用人に手をあげないはずがないもの。いつも打たれて、つらかったわよね。私が代わりにあの男に罰を与えてあげるから。そうよ、だってそうじゃないとおかしいもの」
「あやつ、ずっと様子がおかしくないか?」
「ああ、なんだかふわふわとしてるような……まるで自分に暗示をかけているような感じだな」
「ふむ、なるほど」
「私が聖女さまたちの代わりにあの男に罰を下すの。ああ、楽しみだわ」
女性は今にも小躍りし始めそうなくらい楽しそうだ。
口元はゆるみ、瞳孔は開いている。その姿からおおよそ正常な精神状態ではないのがわかる。
「あの人は私の大切な物を壊した。だから悪。悪は裁かれるべき。でも誰も彼のことを悪く言わないから、この町全体が悪いのよ。悪いやつらはやっつけないと。神様の代わりに私が罰をくださないと」
「なんだか逆恨みな気がしてきたぞ」
「ああ……」
あの女性になにかショックなことがあったのに違いないだろう。しかし言っていることの正当性は認められない。
なにか事件かなにかがあって、それの過失を相手側に押し付けようとしているようにも感じる。
この町に滞在し始めたのは昨日の夜だが、とくにこの町に大きな悪意などがあるようには見えなかった。どこにでもある、普通の町だ。
祭り会場を回っているとき、町長と呼ばれている男性を見かけたが町の人たちは町長に気さくに声をかけていたし、町長もそれに笑顔で応える親しみやすそうな性格に見えた。
「……声を、かけるべきか」
「そうするべきだろうな。このまま放っておけば急に窓から外に出て凶行にでないとも限らない」
「だよな」
相手は女性。力勝負になったとき、負ける気はしない。
しかし先程の話で町長を一突きにすると言っていたので、刃物を隠し持っている可能性は高く注意が必要だろう。
俺が怪我をする心配ではなく、彼女が自害してしまわないかの注意が。
「よし」
気を張りつつ、扉を開けた。
すると音に気がついた女性がこちらを見て驚いた表情を浮かべた。
「な、なんでこんなところに人が」
俺たちの尾行にはまったく気がついていなかったらしい。扉の方へ体を向けて後退り、テーブルにぶつかった拍子に花瓶が倒れる。
「あっ」
おばあちゃんが、と言って女性は急いで花瓶を拾って花を挿し直した。
やはり彼女はあれを祖母に重ねて見ているようだ。
「ここはおばあちゃんのお家よ。勝手に入ってこないで」
「それはごめん。けどきみが物騒なことを言っていたから、気になって」
「な、なんのことかしら」
あくまで女性はとぼける気らしい。俺の言葉にしらを切っている。
「ちゃんと聞こえていたよ。町長を刺すとかなんとか」
「……」
女性が口ごもる。
静かにジトっとした不信感を抱いた目で俺を睨みつけていた。
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