渇望の復讐

渇望1

 たぶん、あれから十年くらいの時が過ぎた。

 王都の近くまで来たはいいものの、王都への入り口は騎士団によって監視されており、身分証を持たない俺には入ることができずにいた。

 だから周囲の街や、一度思いきって遠くの街まで行ってみたが、一向に星のかけらというものは見つからない。


「本当にあるのか……?」


 思わず疑心暗鬼になってしまうのもしかたがないと思う。だって十年探して一つも見つからないのだ。

 もしディーという相棒がいなければとっくの昔に発狂していたことだろう。


「ある。我の主は嘘はつかん」


 そう断言するディーの見た目は出会った時とまったく変わっていない。

 不老不死の呪いを受けた俺の姿も、まったくと言っていいほど変化はなかった。

 老いることも、髪が伸びることもない。白い髪をなびかせて、今日もディーの背中の上に乗って野原を走り回る。

 もっと具体的に星のかけらがどんなものかわかればいいのだが、わからぬうちは誰かに行方を聞くことでできない。

 もしこれで星のかけらが王都内に集中していたら俺には手出しできない。詰み、というやつだ。


「ちょっと休憩するか」

「ああ」


 川辺でディーから降り、水を飲む。

 食事は山の幸や海の幸を採ることで賄えていた。ディーは川辺で勝手に魚取りを始めている。

 俺が準備をしなくても自分で狩りをしてくれるので楽である。どうやら俺には魚釣りの才能はないようだから。

 川辺で小さな蟹などを捕まえて、火を焚いて串に通して焼く。素朴な味付けに文句はない。空腹を凌げさえすれば問題はなかった。


「ほら、これをやる」

「取り過ぎたのか?」

「我の分も焼け」

「ああ、そういうこと」


 ディーは基本的になんでも食べるようだが、それでも味の変化が欲しいタイプのようで、時おりこうしていつもは生で食べている魚を焼くようにと持ってくることがある。

 その際に何匹か魚を分けてくれるので、こちらとしても文句をいう気はない。

 ディーの獲った魚が焼き上がるのをじっと待つ。前に焦がしたら怒られたのだ。俺が食べるものより慎重に焼き加減を確認しつつ焼いていく。


「……なぁ」

「なんだ」

「ディーは俺に付き合わされて、大変だとか……面倒くさいって思わないのか」

「我は主人の命令に従うと決めた。だからそのようなことは思わない。自由に地面を蹴って走り回れるのは……まぁ、人の目を気にせねばならぬのは面倒だが、結構楽しいと思っている」

「……そ」


 ディーは女神に命じられて、俺と旅を共にしている。いうならばディーはあの女神が俺に一時的に貸してくれた加護のような扱いなのだろう。

 俺がひとりぼっちで寂しくないように、と。


「あの女神さまはいったいなにを考えているんだろうな」

「人が神の思考を読もうとするか」

「ああ、悪い。不敬ってやつか」

「いや、我は気にせん」


 なんやかんやでディーとはうまくやれている気がする。彼は獲れた魚を分けてくれたり、背中に乗せてくれたりと結構面倒見がいいのだ。

 こんな俺と一緒にいてくれる。

 ディーが俺のそばにいるのは、女神が命じたからといつもそう返す。ディーはあまり嘘をつくような性格では無さそうなので、きっと心の底からそう思っているのだろう。

 しかしディーを貸してくれた女神の考えはわからない。

 神々は俺に罰を与えた。そこで終わり、で良かったはずなのだ。なのにあの赤い瞳の女神は不老不死になった俺に前に進むための目標を作ってくれた。

 何度考えても罪人にそこまでしてくれる理由がわからなかった。


「ディーの主人であるあの女神って、世話好きなんだよな」

「どちらかといえばそうだろうな」

「だから俺にも世話を焼いたのか? 俺は呪いを受けるほどの罪人なのに」

「それは……いささか違うと、我は思う」


 焼き上がった魚をディーに渡すと、ディーはそれを一口で丸呑みにして、川の方に視線をずらした。


「と、言うと?」

「……彼女が言ったことを覚えているか?」

「いや、どのときの言葉だよ」

「私の行動には制限が課されているのです。自由に動き回ることは他の神々に禁じられている。と言った」

「あー……そんなこと言ってた、ような?」


 たしかにそんなことを言っていたような気もする。はっきりとは思い出せないが。


「同じ神でありながら、他の神の使いパシリをさせられていることに疑問を抱かないか?」

「それは……たしかにおかしなことだな。上下関係が厳しいものなのか?」

「いや、上下関係と言うよりは……」


 そこでディーは口をつぐんだ。

 なんて言えばいいのか、言葉を選んでいるようにも見える。


「……いや、いいや。別に言いたくなければ言わなくていいよ」

「待て、貴様には話しておきたい、いや、知って欲しいのだ。彼女の悲しみを」

「悲しみ?」

「ああ」


 ディーは頷くと、地面に伏せた。

 俺も半分浮かせていた腰を下ろして、真剣に話を聞くことにした。ディーの顔がいつもより少しつらそうだったので、面白半分で聞くものではないと思ったのだ。


「貴様を復讐者と呼ぶのであれば、彼女は――あの女神も、復讐者と言える」

「……は?」


 女神が復讐だと、と言葉に詰まる。

 神々は神聖で争いなどしないと、巷ではそう語り継がれているはずだ。それなら復讐などというそんな血生臭いことをするはずがない。


「彼女には夫がいた。そして子供もいた。それが殺された。故に誰よりも慈悲深かった女神は一夜にして残酷な復讐者へと変貌したのだ」

「それはつまり……あの女神にも俺と同じような過去があるってことか?」

「ああ。復讐の炎に呑まれ、他の神を殺めた過去がある。だから他の神々から罰を与えられ、今では神の遣いとしての地位まで落とされたのだ」


 神が神の遣いをしているなどおかしな話だろうとディーは嗤笑した。

 女神は身分を落とされ、行動に制限を課せられて日々を神の遣いとして生きているという。

 なんと哀れな話だろう。

 人々を救い導くはずの女神が、その実は他者に害をなし、その罰を与えられているような存在なのだとは。


「人も神も我からしてみたら、そう大差ないものだ。感情を持ち合わせている、その時点で多かれ少なかれ争いは生まれるものだ」


 ディーはぼそりとつぶやいた。

 たしかにディーの話を聞けば、神の人もたいして変わらない生き物に思えてきた。

 神様は絶対的なもの、神の意向に従うことが我々人類の定めなのです。旅の途中、そんなことを言っていた神父に出会ったことがある。

 彼らにとっては神とは全知全能で、人のような愚かな選択はしない神聖な生き物だという認識なのだろう。

 しかしディーが言うには感情を持ち合わせている神は人と同じように、むかつくときはむかつくし、時には誤った選択を取ることがある。そこに人と神の差などたいしてないのだ。


「人と神の違いはその生命の在り方だけだと我は思う。感情を持っている時点で我らはたいして変わらぬものなのだろう」


 人が喜び悲しむように、神も喜び悲しみ、時には俺と同じように復讐に手を染める。

 人より秀でていても感情に左右される性質は変わらない、ということだろう。


「なるほどなー……俺と自分を重ねて見たのかな」

「それはわからん。しかし……おそらくではあるが、彼女は貴様の幸せを祈った。自分と同じ過ちを犯した人間に、輝かしい未来を歩いてほしいと、救いがあってほしいと、そう願ったのだろう」

「……そう、か」


 星のかけらを集めろと言われたあの日のことを思い出す。

 あの時の俺は半ばやけくそだった気がするが、それでも女神は俺と真剣に向き合って、俺の今後に救いがあるようにと希望を示してくれた。

 かつて同じく復讐に手を染めたという同情心からか、それとも神の善意なのかはわからない。しかしそれでも俺のことを真に想ってくれたのだろう。


「……あー、そこまでしてもらったら、なおさら星のかけらを集めないとな」


 たった十年で心が折れそうになっていたが、もう一度本気を出してみてもいいのかもしれない。

 俺にはたくさん時間があるのだ。ゆっくりでも、少しずつ探していく。

 絶対に諦めない。なによりもう一度、影であろうともお嬢様に会いたいから。


「よし、休憩終わり! 次の町に行くぞ」

「ああ」


 王都の中には入れない。だから他の町へ向かう。

 ――話たいことがあるんだ。きみがいない間、たくさんの美しい景色を見たよ。たくさんの人と触れ合って、たまに聖職者と勘違いされて騒動に巻き込まれそうになったけど、それでもきみの優しさの一割くらいは、俺がきみの代わりに周囲の人に分け与えられたと思うんだ。

 今はまだ、会えないけれど。もし星のかけらを無事に集め終えられたら、話を聞いてほしい。頷かなくても、こっちを見なくてもいいから。ただ、またその姿を俺に見せてくれ。それだけで俺は満足なんだ。


「……む、行かないのか?」

「ああ、いや、すぐ行く」


 ディーの背中に乗って、旅を再開する。星のかけらを集めるために。きみの影を見るために。

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