遺恨7
「なんなの、あなたたち! ちょっと、兵隊さんたち、この不敬者たちを捕まえてちょうだい! 間違いないわ、この者たちがうちの子を攫ったのです!」
母親は俺たちを指差して声高らかに叫んだ。
ああやはりこうなったか。
「俺たちは違います。俺たちはただこの子たちを街まで運んだだけですから」
想像通りの展開にため息をはきながら弁解する。
しかし子を攫われたと叫ぶ母親の怒りは収まらないようだ。全然俺の話を聞こうともしない。
「ふざけよって、どこの手の者だ。うちに手を出したこと、後悔させてやる!」
「やかましい、人間ども。少しは黙ることが出来ぬのか……喰うてしまうぞ」
「よせよ、腹壊すぞ」
キャンキャンと騒ぎ立てる二人に、我慢の限界がきたのかディーが口を開いた。
せっかくグローを驚かせないように声を発していなかったのに、これでは意味がない。
「あー……」
ここで俺が取るべき最善策はなんだろうか。空腹に悩まされながら思考を張り巡らせる。
人語を話す獣は、間違いなく彼らから注目を浴びる。もちろん悪い意味で。
昨日の俺の髪を見られたときのようにその場から逃げ出すことは可能だが、それではさすがにグローがかわいそうだ。
「んー」
「な、なな、い、犬が人の言葉を喋った⁉︎」
「我は犬ではない」
どうするべきか思案する俺を置いて、街の人々とグロー、そして子供の両親は目を見開いて後ずさっている。
ディーが怖いのだろう。
「……」
しかたがない。あまり気は進まないが、結局俺はフードを脱ぐことにした。
こうでもしないと、彼らは俺の話を聞いてくれないだろう。
知らない人の話は聞かなくても、聖職者(見た目だけ)の話なら耳を傾けるはずだ。
「あー、まず彼は神獣という神に仕える、獣は獣でも聖なる獣です。そんな彼に犬だとか不敬な呼び方をするのはやめましょう。一応たぶんだけど狼だと思うので」
「おい」
「まぁ、犬か狼かは一旦置いておいて、今回の事件について私から話をしましょう。あ、私はたまたまこの辺を立ち寄っただけのしがない神父です。名乗るほどの者でもないので、さっさと本題に移ります」
俺は神父ではない。しかしこう名乗らなければ彼らは話を聞かないだろうし、なによりディーが魔獣として危害を加えられてしまう可能性がある。
それだけは避けておきたい。
「私はたまたま、本当にたまたま彼がこの子供二人を攫う現場を見てしまったのです。そして私は彼に声をかけ、彼は改心して自首すると言ったのです。ですので子供たちを運ぶ手伝いを聖なる神獣さまにお手伝いしていただいたのです」
嘘をいくつか混えているが、グローが自首しようとしていたのは嘘ではない。
俺は自分でもなにをしているんだか、なんだか胡散臭い話し方だと思いながらも言葉を続けた。
住民の注目が刺さるように俺に集まって、気が休まらない。
「彼がこの子たちを攫った理由は、愛する家族を奪われたからだというのです。なんでも彼にはローという名の愛犬がおり、ローくんはこの子らに暴力を振るわれて亡くなってしまったと」
「そんな、ローくん死んじゃったの?」
ガヤの一人がショックを受けた声で近くにいた母親らしき女性の足にしがみついた。
グローの話では、ローは子供たちの遊び相手だったようだ。ならばここにローと遊んだことのある子供がいてもなにもおかしくはない。
「ええ、みなさんに愛されたローくんは理不尽な暴力によってその命を散らせました。それで飼い主であるグローさんは怒り狂い、ローくんの命を奪った二人の子供に痛み目を見せてやろうと誘拐を企てたのです」
「……」
グローが唇を噛んで俯いた。
事実なので否定はしないようだ。
「犬であれども、ローくんはグローさんの大切な家族だった。その怒りは底知れないものだったでしょう。ですが、やられたからといってやり返すというのは間違っています」
お前が言うか、と内心自分で蔑みながらも、事件を終わらせるために言葉を続けた。
「グローさんには罰がくだるでしょう。しかしこの子らにも、なにかしらの罰則を与えなければなりません。人ではないとはいえ、命を奪ったのですから」
少し女神の振りをしてみた。たしか俺の前に現れた女神はこのような話し方をしていたはずだ。
本物の神様の話し方を参考にしているのだから、少しは信憑性のある発言ができているだろうか。
「し、神父さま。しかし犬ごときの命でうちのかわいい坊やが罰せられるのは割があっていないと思うのです」
子供の母親は俺に近づき、俺を見上げた。
どうやら完全に俺を神父だと勘違いしてくれているらしい。
「犬ごとき、だと⁉︎」
「落ち着いて」
グローは母親に噛みつきそうな勢いだったので、それを制する。
グローの拘束は解けていない。もし解けていたら今にも母親のことを殴っていただろう。
その怒りはわからないこともない。民に悪だと言われようとも、俺にとってお嬢様は素敵な人だった。
グローにとってのローはそんな存在だったのだろう。
「では神父さま、我々はどうすればよろしいのでしょう」
整列した近衛兵たちが首を傾げた。
彼らはこの街の警護を担当している。事件が起きた際に解決に動くのも彼らのようなひとだ。
しかし実際に誰かが罪に問われるとき、それを問うのは聖職者の仕事だ。
神の代わりに罪人に正しく罰を与える。聖職者はその役割を担っているのだ。
「私はあくまで通りすがりの神父。この街の神父ではありません。ですので、この街で起きたことはこの街の者に任せる方がよろしいでしょう。私は真実を伝えるのみ。あとの判断は任せます。あなたたちは権力や富に惑わされずに誰にでも等しく事情聴取を行い、そしてこの街の聖職者と事件解決に動くといいでしょう」
「ハッ!」
それっぽいことを言ってみる。すると近衛兵たちは敬礼をして、子供とその両親、そしてグローを連行した。
「……なぁ」
「なんでしょう」
「俺は……たぶん、俺はあのガキどもにどんな裁きが下ろうと、許せる気がしないんだ」
「それは……しかたがないことだと思う。それだけローのこと、愛してたんだろ」
「……そうだな」
近衛兵に連行されるとき、ふとこちらを向いたグローが俺に声をかけてきて、そういうと少しだけ儚げに笑って、連行されていった。
あとのことは知らない。きっとこの街の聖職者が正しい罪状をつけて、彼らを裁いてくれるだろう。
これで俺の出番は終わったのだ。つまり。
「行くぞ、ディー」
「ああ」
住民の視線が近衛兵たちに向いているうちに、俺はディーの背中に飛び乗って街を出た。
これ以上あの場にとどまれば、俺が聖職者ではないことがバレてしまうかもしれない。なにより面倒ごとに巻き込まれそうだった。
聖職者は罪を裁く仕事をしているが、それ以外にも神々への祈りの時間があったり、信者の懺悔を聞いたりするのも仕事の一環だ。
間違いなくあのままあの場にいれば俺は懺悔を聞いてほしいという人間に捕まっていたことだろう。さすがにそれは勘弁願いたい。
元復讐者が、いったいなにを諭せばいいのだ。
そういったものは本物の聖職者に頼んでくれ。
俺はそう思いながら、空腹すら忘れて街から遠ざかることに意識を向けた。
街から離れたところにあった、小さな林で山菜をとってそれを食べる。
料理できる環境ではないのでほぼ焼いただけだのだが、空腹で動けなくなるよりはマシだ。
パチリと上がる火花を前に、キノコを焼いて食べているとディーが近づいてきた。
「どうした。腹が減ったのか?」
「いや、それは問題ない。ただ我は貴様に忠告をしておこうと思っただけだ」
「ふうほふ?」
焼きたてのキノコは熱い。口の中ではふはふしながらディーの言葉に耳を傾ける。
「貴様は一人でなんとかしようとするきらいがある。少しは人に頼ることを覚えろ」
「……」
想定外の言葉すぎて、口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。
女神と同じく、彼もかなりの世話焼きのようだ。
「おい、聞いているのか」
「あ、ああ。ただちょっとびっくりしただけ」
まさか、そんなことを言われるとは。
今まで自分一人でなんとかするのは当たり前だった。むしろ自分一人でできなければ、生きていくことすらできなかった。
それなのに人に頼れとは。なかなか難しいことをいうものだ。しかし現に地下室ではディーが駆けつけてくれなかったら、グローの刃は子供に突き刺さっていたことだろう。
俺一人では子供の命を救うことはできず、新しい復讐者が誕生してしまっていたに違いない。
「……そういえば」
「なんだ?」
「ディーはどうやってあの地下室にきたんだ? 扉が小さくて入れないはずだけど」
「……我は子犬ほどの大きさにもなれるのだ」
ふと疑問に思ったことを口にすると、ディーは恥ずかしそうに顔を逸らしてそういった。
少し小さくなれるとは聞いていたが、まさかそこまで小さくなれるとは。
子犬サイズになれることを黙っていたのは神獣としてのプライドかなにかなのだろうか。
「へー、そうなのか」
「なにを笑っている」
「いんやぁ?」
「不快だぞ」
子犬サイズのディーを想像して口元が緩んだ。たしかにそのサイズではどれだけ高圧的な話し方をしたところで、あまり怖いという印象は与えられないだろう。
「わ、笑うな!」
ディーは恥ずかしそうに俺の頭を引っ掻いた。
普通に血が出て痛かったが、当たり前のように血はすぐに止まった。
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