遺恨6

「お前に……なにがわかるんだよ。なぁ、なぁ!」


 グローは涙をこぼしながら、俺に噛み付くように言葉を投げてきた。

 もし縄で身柄を拘束していなかったら、きっと今頃胸ぐらを掴まれているところだろう。


「俺が悪かったのか⁉︎ それとも人に懐きやすいローが悪いのか? 違うだろ、悪いのはあいつらだ。あのクソガキどもさえいなければ!」

「こんなことにはならなかったんだ。そう言葉にするだけなら簡単だろうな」


 彼の気持ちが痛いほどわかってしまう。俺も、同じだったから。


「なんなんだよ、お前は! 何様のつもり……ああ、これは失礼した。聖職者さまでしたか。ハッ!」


 グローは涙をこぼしたまま、そう言って鼻で笑った。歪な笑みを浮かべている。


「……フード、被ってんだけど」

「こんな至近距離で、しかも俺の位置からだと真っ白な髪が丸見えなんだよ」


 グローと会話がしたくて顔を近づけたつもりだったが、それが仇となったようだ。

 フードを被っているにも関わらず、髪を見られてしまった。


「聖職者さまには理解できないだろうなぁ。だって聖職者さまは他人より優遇される。神からの加護を受けている! 俺だって毎日教会に行って祈りを捧げているのに! それなのに神は俺から大事な家族を奪った!」

「言っておくが、俺は聖職者ではない。神父ではないんだ」

「嘘つけ。その髪がなによりの証拠だろうが」

「俺は聖人ではない。むしろ……ああ、むしろそっち側だ。お前よりももっと奥、汚い裏社会の人間だった」

「そんな見え透いた嘘をつくもんじゃねぇよ。裏社会の人間が聖職者になんてなれるか。俺は同情なんて欲しくはない」


 俺がなにを言っても、グローは信じようとしなかった。

 それもそうだろう、本来白い髪の人間は聖なる人という扱いなのだから。信仰心が強いこの辺の街ではそういう考えの傾向も強くなるだろう。


「嘘じゃない。俺はたくさんの人を殺した――復讐に囚われた馬鹿だ」


 こうなってはフードを被っている意味はもうないだろう。

 フードを脱ぐと、はらりと白い髪が揺れた。


「復讐だと?」

「ああ」

「なんのために」

「愛する人を殺された怒りで関係者、そしてその家族、その町に住む人間のすべてを殺した」

「……」


 グローが固唾を飲んだのがわかった。


「俺はただ殺した。すべてを、燃やし尽くした。そしてそこには……なにも残らなかった。恨みなど晴れやしなかった」

「神父が人を殺めたのか?」

「違う。俺は元々黒髪だった。詳しいことはどうせ信じてもらえないだろうから言わないが、俺は復讐者になってからこの髪色になったんだ。加護という名の呪いを受けて」

「……呪い」

「ああ」


 俺が頷くと、グローは眉間を寄せて表情を歪めた。

 今聞いた話をうまく理解できていないようだ。それもそうだろう、もし俺がグローの立場だったとしたら、同じように首を傾げていたに違いない。


「神様は加護を与えてくれるんじゃなかったのか? 呪い、だと?」

「ああ、これが罰だと言われたよ」

「もしかしてエルガーは神様に会ったことがあるのか?」

「……たぶんな」


 あれは女神だろう、しかしそれを証明することはできない。なによりあまり詳しい話をする気はなかった。

 俺はただ俺と同じような道を辿ろうとしている人を止めたいだけなのだから。


「前科持ちの俺が言うんだ、やめておいた方がいい。どうせろくなことにはならないからな」

「だが、だからといって俺の大事な家族を殺したあのガキどもを許せと⁉︎」

「そうは言ってないだろ。この辺の街には聖職者が多い。なら教会に行って話を聞いてもらえばいいんじゃないか。役員や衛兵にも相談したらいいだろ」

「無理だ。あの子供の家は実家が裕福で、衛兵に相談をしたところで金で揉み消される。教会に行っても神父さまや聖女さまは懺悔を聞いてくださるだけだ。こう言ってはなんだが……役にはたたない」


 グローは肩を落とした。

 彼も熱心な信者なのだろう。俺が言ったことはすでに行動に移した後で、それでも子供たちへの恨みが消えなかったからこのような事件を起こそうとした。


「……もし子供の家庭が事件を起こしてそれを金で揉み消すような家庭なら、きっとお前は子供を誘拐したことで咎められるだろうな」

「そうだろうなぁ……身内にだけ甘いからな、あの家は」


 悔しそうに唇を噛んでいたグローが、ハッと顔を上げる。


「いや、俺が自首すればいいんだ」

「は?」

「俺はガキどもを誘拐した。それは確実に事件として扱われるだろう。だからその時に犯行動機としてローのことを話す。もとから悪名高いお家柄だ、きっとみんな俺の話を信じてくれる。そうしたらあいつらに多少なりとも泥を塗ってやれる。そうすることにした。どうせ拘束されたこの状態じゃ、なにもできないからな」

「……そうか」


 グローがそれでいいと言うのならば、それでいいのだろう。

 グローは罪を償わなければならないが、それでも殺しをしていない分多少は罪状が軽くなるはずだ。

 俺は拘束したグローを抱えて梯子を登った。いつの間にか地下室には俺とグローの二人しかおらず、おそらくディーが先に子供たちを連れて外に出たのだろう。


「……な、なんだこのでかい犬⁉︎」


 建物を出てやっとディーの存在に気がついたのか、グローは驚いた表情を浮かべた。

 グローの言葉に不服そうにすんと顔を澄ましたディーの背中には子供が二人寝かされている。


「まぁ、俺の旅の相棒みたいなもんです。ちょっと気は進まないけど街に行こうか」


 フードをしっかりと被り直し、のしのしと歩くディーに並んで街へと向かう。

 グローはさすがに抵抗することは諦めたようで、おとなしく俺の前を歩いていた。


 街の入り口近くに着くと、周囲が随分と騒がしい。

 近衛兵たちが集結しており、その中心でヒステリックに叫ぶ男の姿があった。その隣には派手なドレスを着飾った女が泣き叫んでいる。


「いいからうちの子を早く探し出せ! ぐずぐすしていないでさっさとしろ!」

「ああ、どこに行ったの私のかわいい坊や!」


 どうやら彼らがグローの復讐相手の子供の両親のようだ。

 周囲に怪訝な視線を向けられているのに気がついていないのか、それともただ気にしていないのか、大声で街の警護をしている近衛兵たちに命令していた。


「お、おちついてください。まだ事件に巻き込まれたとは限りませんから」

「いや、うちの子がおやつの時間になっても帰ってこないなんておかしい! うちの子の友達もまだ帰宅していないと言うではないか、なにか事件に巻き込まれたに決まっておるわ!」


 なんとか宥めようとしている近衛兵に怒号を飛ばす。

 なんて醜いものか。

 自分の子供が事件を起こしてもそれを金の力で揉み消すくせに、自分の子供が被害を受けた時には一丁前に被害者面をする。まさしく貴族の嫌なところを煮詰めたような親子だ。


「……私のかわいい坊や!」


 ハンカチで涙を拭っていた母親が、ディーの上で寝ている子供に気がついてこちらに駆け寄ってきた。

 ああ、これは面倒事に巻き込まれそうだ。

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