遺恨4
この髪色を見られた以上、あの街には近づかない方がいいだろう。そう判断して、海辺に建っていた誰かの別荘だったらしい建物の中で一夜を過ごした。
別荘らしき建物は随分と年季が入っており、俺とディーが中に入った時、建物内には誰もおらず、誰かが住んでいる形跡もなかった。
そのためこれは廃墟だと早々に判断して勝手に寝泊まりをさせてもらったのだが、木でできた建物は潮風の影響か腐敗が強く、隙間から吹き付ける風が俺の体を冷やした。
とても寝付ける状況ではなく、外套にしがみつくように包まっていたのだが、途中で眠気に勝てなくなったのかいつの間にか寝落ちをしていた。
そして朝目を覚まして、あんなに寝付けなかったのに急に寝れた理由が判明した。
海側にできた建物の隙間との間に立ち塞がるように、ディーがすやすやと眠っていた。
おそらく俺が寒さに震えているのを見るに見兼ねて、風を防いでくれたのだろう。
「ありがとな」
お礼を言っても、ディーは夢の中にいるのか返事はない。
俺はせめてもの礼にと釣りに出かけた。
周囲に山や森があれば兎などを狩ることができるのだが、あいにくとこの辺は海ばかりで魚釣りくらいしかできることがない。
街に行けば屋台飯などを買えるだろうが、ここから一番近い街では髪を見られている。フードを被っていても、服装で覚えられている可能性があるので行くのはできるだけ控えておきたい。
もちろんディーが自分で狩りをした方が効率がいいのはわかっているが、自身の朝ごはんを用意しなければいけないのもあって、俺は昨日の竿を取ってくると岩場に腰掛けた。
「……ぞう。小僧、おい小僧。聞こえておらんのか、エルガーよ」
「んっ?」
気合いを入れて釣りをしていたはずが、頭をこんこんと叩かれて目を覚ました。
「え、俺寝てた?」
「貴様は絶望的に釣りが下手なのだな」
いったい何時間寝ていたのだろうか。戦果は一つもない。
「悪い、朝飯の準備をしようと思ってたんだが」
「かまわん。それより我たちが昨夜勝手に拝借した小屋が大変なことになっているぞ」
「え?」
ディーはくいくいと鼻先で建物の方を指した。ここから見た感じ、とくに異変はない。
「大変なことってなんだ? とくになにも変化はなさそうだけど」
「中だ。人が来た」
「ん? もしかして持ち主か? 別に俺たちは中を荒らしたわけではないからたいして問題ないだろ。まぁ、不法侵入はしたけど……」
たとえ廃墟であろうとも、建物やその土地の持ち主が自身の持ち家の様子を見にくるのは別に変なことではないだろう。
寝泊まりのために一晩部屋を借りたが、部屋を荒らしたわけではないし、仮に一晩寝たことがバレても俺はたいして荷物を持っていないし、ディーに至ってはなにも持っていないので部屋を借りた人物の正体がバレることはないだろう。
「人の数は三人だ。その内二人は気を失っていた」
「なんで?」
「知らん」
ふるふると首を横に振るディーによると、なんでも物音が聞こえて目が覚めたらしい。最初は俺がなにかしていると思ったそうだが、聞こえてきた声で俺ではないと判断して物陰に隠れたそうだ。
すると二人の子供を両脇に抱えた男が建物の中に入ってきて、そのまま地下への扉を開いて降りていったそうだ。
「あの建物に地下室なんてあったのか」
「絨毯の下に小さな扉が隠されていたようだぞ」
「へー」
隠された地下室に気を失った子供二人が運び込まれた。なんだか危険な香りがする話だ。
「どうする?」
ディーがこちらに問いかけてくる。
あくまでも俺の判断に従うらしい。いや、従うというよりは俺の後を着いていくと言った言葉を遵守するようだ。
「ん……」
朝食はまだとれていない。しかし一食抜いたくらいで餓死はもちろん動けなくなることもない。
なによりこんな状況で、お嬢様がどうするかなどわかりきっている。
俺は彼女の優しさに従うだけだ。
「まずは様子を見てみる。それで問題がなさそうなら放っておく。だが誘拐の類いだったら……少し干渉させてもらおうか」
気を失っていたのはどちらも子供だ。動けない子供をこんな
事件ならば子供たちを解放するのを手伝った方が良いだろうと俺の中の
「そうか。我は貴様についていくが、手助けをするとは言っていない」
「俺一人でも大丈夫だからディーが手出ししなくても問題ない」
「今までそうやって一人で抱え込んで生きてきたのか」
「……」
ディーの言葉に返事をせずに、俺は建物の方へ向かった。
昨夜と同じく鍵はかかっていない。というよりも鍵は壊れているので簡単に侵入できた。
侵入、気配消し、暗殺。どれも得意なことだ。
しかし今の俺はたとえ相手が罪人であろうとも、殺そうとは思わない。それだけはしては駄目だと、心の奥底から否定の意を上げられている。
だからまずは様子を見て、もし事件であれば犯人の隙を見て子供たちを野外に出す。そのあとは街の近くにでも寝かしておけば、住人か誰かが気づいて子供たちを保護してくれるだろう。
別に感謝されたいわけではない。だからあくまで秘密裏に、誰にも気づかれないうちにさっと済ます。
ディーが言っていた絨毯があったところには、たしかに昨夜には気が付かなかったが地下室へと続く小さな扉があった。
直接風が当たらないからか腐敗はそこまで進んでいないようで、取っ手の一部が錆び付いているだけだ。
そこに顔を近づけてみると、中からボソボソと話し声が聞こえた。
声の種類は一種類。声色の高さからして成人済みの男性の声だろう。
ディーは男性が二人の子供を抱えていたと言っていた。つまりこの声の持ち主は子供をここに連れてきた誘拐犯かもしれない。
残念ながら木の扉越しではなにを言っているかまではわからず、耳を澄ましてみてもなんて言っているのかわからない。
「うっ」
顔をぐいっと扉に近づけた時、ギイッと不快な音が聞こえた。
そのあとはガリガリだとかガチャガチャだとか、なんらかの金属が擦れるような音が続いていた。
「なにをしているんだ……?」
扉越しでは中の様子まではわからない。意を決して、扉をそっと開けると中の様子を窺う。
扉の下は梯子になっているようで、その梯子の先に扉が一つだけあった。そんなに広くはなさそうだ。
俺は音を立てないように気をつけながら梯子を降りる。ふと上を見ると、そこにはディーがこちらを覗き込んでいた。
「ちょっと行ってくる」
俺の声が扉の向こうまで聞こえないように、ディーにパクパクと口の動きで伝えて、梯子を降りきった。
梯子下の唯一の扉に耳を当てる。
中からは相変わらず金属が擦れるような音がしていた。
「ゆ……ない。絶対に……さない」
梯子を降りる前には不明瞭だった男の声が、金属音に混じりながらも少しだけ聞き取れた。
「殺す」
「っ!」
ドスの効いた低音だった。
一瞬俺の存在に気がついたのかと思い、狩りで使おうと思っていた懐のナイフに手を伸ばしたが、声の主が扉の方に近づいてこないため違うのだとわかった。
しかし今の言葉が俺に言ったことではないのなら、中にいる子供に言い放った可能性は高い。
つまり男は子供たちをこの地下室で殺害する気なのだ。
ごくりと唾を飲み込んだ。
扉の向こうにはこれから殺人を起こそうとしている人間と、その被害に遭おうとしている子供が二人いる。
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