遺恨3
「……あー、だめだ。三匹しか釣れなかった」
釣竿を放り投げ、体を後ろに倒す。
岩場に腰掛けて釣りを始めてはや五時間。戦果はたった三匹というしょっぱい結果だった。
不安定な岩の上に座っていたので、さすがに腰が痛くなってきた。ずっと同じ体勢でいるのはなかなかに苦行だ。
「我はかなり獲れたぞ」
「え? ディーは釣りなんてできな……生⁉︎」
前方からディーの声が聞こえて、上半身を起こしてそちらを見ると、浅瀬で魚を前足で捕まえて咥えているディーの姿があった。
「はぐ」
「な、そのまま食べるなよ! お腹壊すぞ!」
「我はなんでも食べる。問題ない」
そう言ってディーは次々に浅瀬で小魚を仕留めては調理することなく、直接口へと運んでいた。
狩りをしてそのまま食べる。まるで野生の熊のようだ。
「……お腹壊したらすぐ言えよ……?」
腹を壊すという概念があるのかはわからないが、生で魚を食べるのは危ないだろう。一応忠告はしたが、ディーは気にせずに食事を続けていた。
「そっちの小さいのは貴様が食べるといい」
「ああ……そうするよ」
ディーのためにと始めた釣りのつもりだったが、ディーは自分自身で食事にありついてしまったので、五時間かけて釣れた三匹は俺の晩ごはんになった。
自分で狩りができるのなら、先にそう言ってくれればいいものを。ちまちまと釣りをしていた俺の五時間が無駄に感じる。俺が五時間釣りをしている間、ディーは難なく魚を食べ続けていたのだから。
ディーは満足したのか、食事を終えたようだ。
俺は夕食の準備をしようと湿気ていない木を拾い集めて、火を焚くことにした。釣りあげた魚を焼こうと思ったのだ。
ディーは俺の食事には興味がないようで、視界の端の方で伏せていた。くあ、と大口を開いて欠伸していたので、俺が食事している間に一眠りする気なのだろう。
眼前でパチパチと音を立てて燃え盛る炎を見つめていると、あの光景を思い出す。
燃え上がる屋敷。その前に集まった多くの人々。決して豪勢ではない武器を片手に、長年の悪徳領主を討ち取った人々の気迫のある表情。
あの燃え盛る屋敷に、お嬢様はいた。きっと屋敷に火を放たれた頃にはもう殺されていたのだろうけど。
「きっと、熱かっただろうなぁ」
死者が熱さを感じるとは思っていない。しかし自身の領地の人々に殺されて、挙句には屋敷に火を放たれた彼女の心境を思うと心が苦しくなる。
彼女はたしかに逞しい女性だ。これが運命だと、彼らに殺されてしまうことを覚悟の上であの屋敷に残ることを選択した。
恨まれたまま、殺される。それを理解した上で、それを受け入れた。最期まで、芯の通った人だった。
「死んでほしくなかった」
彼女なら、その選択を選ぶことは苦しくも理解できた。だからこそ俺はあの日、彼女に言われるがまま自分一人だけ屋敷から逃げ出したのだ。
彼女は俺に新しい一歩を歩んでほしいと願っていた。
しかしその後の俺の視界に広がったのは、赤。
人から流れる赤に、建物を灰へと化す赤。彼女の望みとは反対の方角へ進んでしまった、復讐者の道。
それを咎められて、神々に罰を与えられたから、俺は今ここにいる。
きみの真意に気がつけたから、きみの
きみが与えられなくなったから、だから俺が代わりにきみの分も人に優しく接しようと思うんだ。
たとえこれが偽善だと笑われても構わない。これが偽善、ただの俺のエゴだということくらい俺が一番理解していたから。
パチリと音を立てて薪が爆ぜる。
下処理をした魚を串に通して火で炙った。
じっくりと魚が焼き上がるのを待ちながら、俺はただ眼前に広がる炎に映る思い出に浸っていた。
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