遺恨の復讐
遺恨1
まずは身なりを整えるべきだと判断し、町に降りると服を新調した。
何日も山の中を歩き続けた俺の服は、首元は血で汚れ、裾や袖には泥が付いていた。それを真新しい服に変えて、そして目立つこの髪を隠すためにフードの付いた外套も買った。
神々によって不老不死の呪いを受けた俺の髪色は闇に近い黒から、真逆の白い色に変わってしまい、白い髪は聖職者と勘違いされてしまう。
俺はそんな者ではない。なのに、服を新調するために立ち寄った店で神父扱いをされてしまい、適当に話を流して急いで店を出た。
町の人々から視線を集める前にフードを被り、路地裏で待機してもらっていた神獣の元に戻る。
「待たせたな」
「我をこのような湿気くさいところに連れてくるなど普通なら許さん」
「悪かったって」
体を丸めて物陰に隠れていた神獣は不服そうな表情で姿を見せた。
犬と呼ぶには大きい彼を町の中で連れて歩くのはあまりにも目立ち過ぎる。だからこうして買い物の間、路地裏に身を潜めてもらっていたのだが、これから一緒に旅をするのであれば、彼の扱いにも気をつけなければならない。
「そういえば、お前の名前はなんて言うんだ? 俺はエルガー。姓はない」
「我の女神につけられし名はディースト。彼女からの愛称はディーだ」
「それは俺はどっちで呼ぶべきなんだよ」
「ディーでいい、という意味だ」
「ああ、そう」
これから旅を共にするのだから名前を聞いておいた方がいいだろうと神獣に名を尋ねると、彼は名前と共に愛称まで答えた。
まったく女神や神獣の考えていることは俺のような人間には計り知れない。素直になんてどちらで呼ぶべきか聞くと、彼は愛称の方を答えた。
愛称を呼ばせてくれたり文句を言いながらもここで待っていてくれたあたり、結構人懐っこい性格なのかもしれない。
「それで、次はどこに行くつもりだ」
「それはもちろん星のかけらとやらを集めに行くけど、どこにあるのかヒントとか教えてもらえないのか?」
「それは我も知らん。我はただ貴様について行くように主に命じられただけだからな」
「そうか」
ディーは俺の旅に同行するものの、星のかけら集めのヒントを出してくれるわけではないようだ。
少し残念ではあるが、しかたがない。女神は世界中に散らばっていると言っていたので、こつこつと地道に探し回るしか方法はないのだろう。
今の俺は不老不死。良いことなのか、悪いことなのか、時間ならたっぷりあるのだ。
ひとまず俺は近くの町に移動してみることにした。
「我は馬車ではないのだがな」
「悪いが、俺は使えるものは石ころでも使う性格でね」
町から町への移動は、本来であれば馬車に乗ってするものだろう。
しかし今手元には大型の神獣様がいる。彼は文句を言いながらも、背中に乗せてくれたので、移動に馬車を使う必要はなかった。
「町中では目立つから、女神の加護かなにかで姿を消したりはできないのか?」
「まったく、注文が多い人間だな。我は姿や気配を消す能力は持っていない。まぁ、姿を多少なら小さくできるが」
「次からは町中ではそうしてくれ」
「我一応神獣なんだが。貴様のような不躾な人間は初めてだぞ」
「ああ……悪い」
神獣にも感情というものは存在する。それなのに、蔑ろにするのはあんまりだろう。
俺が素直に謝罪の言葉を口にすると、ディーはため息をついてかまわんとつぶやいた。
「我は主人の命に従う。貴様が幸せを掴み取るのは彼女の願いでもあるからな」
「ん? あの女神と俺になんの関わりがあるんだ? 俺が幸せになって、女神になんの徳がある? というよりも、そもそも俺に幸せを享受する権利なんてあるのか?」
「質問が多い」
ディーから話題を上げたくせに、質問が多いと文句を言われて、彼はそのまま口を閉ざしてしまった。
しかし野原を駆け抜けるスピードが衰えることはない。
「……気持ちがいいな」
草原の中を走り抜けて、風をきっていくのは気持ちがいい。神獣の背中でなくとも、馬の上でも感じられるであろう風圧を感じて目を細めた。
今日の天気は快晴だ。どこまでも広がる、雲ひとつない青空。少し眩しいくらいの日差しを受けながら、身体中で風を感じて見晴らしの良い野原をただ走る。
ディーは黙り込んでしまったが、平和な時が流れているのを肌で感じた。
もし、ここに彼女がいたら。
この青空と同じ青い瞳を輝かせて、自由というのも素敵なものね、と微笑むに違いない。
現在俺はそんな彼女にもう一度会えるという女神の言葉を信じて、星のかけらというものを集めるための旅をしている。
星のかけらとは彼女の生前の思い出のようなもので、世界中に散らばっており、幾つあるのかもどこにあるのかもわからない。
わかっていることはその星のかけらというものを集めきった暁には、もう一度彼女に会うことができるということのみ。
星のかけらは女神に手渡された瓶に入れれば良いのだろうが、そもそも星のかけらというものがどんな形をしているのかすらわからないので、情報を集めることもできず、苦戦を強いられていた。
「なぁ、ディー。俺はどこへ行けばいいと思う?」
「それを我に聞くな。だが……そうだな。貴様が行きたい場所に行けば良いのではないか。今の貴様には世界中を旅してもお釣りが出るような加護があるのだから」
「それは呪いのことか?」
「貴様にとっては呪いでも、人によっては加護だと感じる者もいよう」
「ああ……なんでか知らないけど、お偉いさんたちは不老不死だとかなんだとかを求めるもんな」
不思議なものだ。人にはいつか終わりがくるものなのに、それを拒絶して不死を求める者は少なからずいる。
もしそいつらに俺の呪いが知られたら、人体実験などの面倒ごとに巻き込まれるに違いない。気をつけなければ。
「貴様に行きたいところがないのであれば、貴様が想い人と行きたいと思っていたところに行けばいいだろう。まぁ、隣にいるのは想い人ではなく我だがな」
「はは、なるほど。それはいいかもな」
王都には大きな城があるらしい。その周囲には綺麗な湖に隣接する街や観光地がたくさんあると聞く。
平和で、領主の娘なんてしがらみのない場所でただ二人で景色を見て回る。いつか見た、叶わなかった俺の夢。
どうせ行く宛もないのなら、彼女と行きたかった、彼女の好きそうな綺麗な景色をこの目で見て回ろうと思う。
隣にいるのが彼女ではなくディーであるのは、本当のことを言うと少々残念に感じるが神獣と旅をできるものなかなか楽しそうだ。
「ああ、そうだな。楽しまないと、だよな」
物心がついた頃には暗殺者へと育て上げられていた俺に幸福などを享受する資格はあるのか、それは問うと答えは無い、だと思う。
しかし彼女の愛してくれた俺には、その資格があるとも思うのだ。
俺は今後いっさい、殺しの類はしない。手を汚すことは決してしない。それは彼女がそれを望んでいないから。
当時の馬鹿な俺は気がつけなかったが、彼女はずっとそう望んでいたはずだから。だから俺は今後彼女の期待を裏切るようなことはしないと、一人心の中で誓いを立てた。
たとえそれが、もう居ない人への誓いであったとしても。
未練たらしい俺は心の中で笑顔を咲かせる彼女にそう誓う。
「きみの分も綺麗な景色を見て、たくさんの人の幸福を願うよ」
誰かを傷つけることしか知らなかった俺に、恋を教えてくれた人。その人の思いを、大切にしてきた信念を受け継ぐ覚悟を決めて、行き先を王都近辺に決定した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます