6-(2/7)無重量とコンタクトレンズ

(備考)

割と好きな回になったので、これの次の回も勢いあまって今日投稿します。

それはそれとして、毎日エッセイ書いてます。助かるかもしれない運転、ってタイトルで作品欄にあります。

(以下、本文)

 

 最終日から一晩が経ち、目が覚めた時には備品もマットレスも全てが〝バラバラ〟になっていた。天井に頭をぶつけた僕は入り口ドア横に設置されたモニターに気付き、慌てて〝天井を蹴って〟壁に近付く。


「動けるか? 深川フカガワ。慣れないようなら俺が手を貸そう」


 御劔ミツルギだ。


「ありがとう、今……外に出る」


 考えてみると、僕が〝無重力〟を体験するのも人生初である。衛星墜落論戦サテライト・ワーウルフの本戦が開始する前、参加者十五名分の私室に質量変換マットレスをはじめとした最低限の寝具や不味い科学混合水の精製ユニットが運び込まれてからは重力発生装置グラビティ・ユニットが稼働する。


「止めなくてもさ、いいだろうに」

「そういうな深川フカガワ……仕方のないことだ」


 原理は分からないが、衛星内を地球に近い環境へと整える重力発生装置グラビティ・ユニットは他の設備と比べ費用コストかさむらしい。最終日が終わった時点で中継放送は停止し、視聴者からの目も見栄みばえも参加者による造反ぞうはんも気にする必要のなくなった衛星は、重力発生装置グラビティ・ユニットを停止する。


「ざっこぉ、ふらついちゃって〜? 泳ぐみたいなものじゃんね? できないのぉ? なっさけなぁ〜」


 さすがは経験者と言ったところか、慣性かんせい移動で廊下を進む管木スガキの所作は滑らかだ。


「そういえば御劔ミツルギ、昨日僕に話そうとしていたことって」

「その前に君は〝目〟を治せ」

「どこまでもざぁこだよね、深川フカガワお兄ちゃん」


 半有機眼殻硝子バイオ・コンタクトレンズの存在を忘れていた。

 

 精密機械技術ナノ・テクノロジーと生体工学の結晶であり、片目に装着する半有機眼殻硝子バイオ・コンタクトレンズのお陰で僕らは各々の個人認証板パーソナル・カードを自分達だけが視認できるようになる。

 また、会議室と食堂や私室からなる論戦区画ワーウルフ・エリアから離れようとした場合は視神経を通して脳に強く作用する毒物が注入され、即死する。


「洗ったら、先に〝廃棄〟も済ませるよ」

「私物を忘れないよう注意しろ」

「私はそろそろ準備しよっかなぁ。またね」


 茶色く濁った不味い水が、そのまま半有機眼殻硝子バイオ・コンタクトレンズを瞳から取り外す薬液の役割も果たす。それよりもいくらか透明度の高い浴室の水や湯は半有機眼殻硝子バイオ・コンタクトレンズに何の作用もない。

 参加者はいつでも半有機眼殻硝子バイオ・コンタクトレンズを外せるが、一度取れば再装着は不可能であり失格扱いとなることから、わざわざ飲料水を目にかけるメリットは存在しなかった。


 部屋の〝廃棄〟ボタンを押した僕は、もう入りなおすことが不可能となる。壁に埋め込まれていた自律機械ワーク・ロボットが寝具や機器を搬出する準備に取りかかる。


「決めたよ、御劔ミツルギ。僕は論戦ろんせんを続ける」

「考え直すつもりはないのか? 君の身柄を保護することも可能だ」


 一晩考えた末に出した結論を告げると、御劔ミツルギは残念そうな顔をした。

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