1-(3/7)教育吊り


 痙攣けいれんを起こし行動不能となったチンピラとモデル女性は、数人の参加者によって彼らの〝私室〟に運び込まれる。

 

 そこに二酸化炭素が充填じゅうてんされ〝死亡〟が確定。


 投票で処刑される者も、抵抗の様子があれば電流と私室という二工程で命を落とす。

 進行の妨げとなったり積極的な参加が見られないとプログラムに判断された場合、時間帯を問わず共用部に二酸化炭素が満ち参加者の全員が死亡。


「まあ、仕方ないでやんすね。みんな死ぬ覚悟はできてるでやんしょ?」


 解析アナライズの言葉に、全員が肯定を意味する沈黙で応える。


「オイラとしては、調査サーチの人も出た方いいと思うでやんすよ」


 調査。

 サーチと読む役職は〝生者〟を判別する。

 例えば夜時間が開始する二十三時より前に調査サーチ個人識別板パーソナル・カードを使い御劔ミツルギの調査を選択した場合、翌日に調査サーチ個人識別板パーソナル・カードへ通知が届く。

 御劔ミツルギの陣営が人間か狼か、調査サーチだけは知ることが可能なのである。

 

 調査サーチという役職は、旧時代の人狼ゲームでは占い師や預言者と呼ばれた。

 

 処刑された死者の正体を明かす解析アナライズ、生存者の陣営を示す調査サーチ、どちらも人間陣営に欠かせない役職。


「オレが人間陣営のかなめ調査サーチの役職持ちや。何人もおったら名前覚えんの面倒やろ? オレのことは関西カンサイと呼んでくれてええ」

「はぁ? あーしが本物の調査サーチなんだけど。アンタ偽物っしょ」


 男女がそれぞれ調査サーチとして名乗りを上げる。

 これもまた、旧時代の人狼ゲームにおいても〝狼側〟が使う常套手段だった。


「二人いるのか? ならよぉ、コイツらどっちか処刑しちまわねえか? かたっぽは狼確定なんだろ?」


 茶髪のモデル女性にセクハラを行い間接的な要因で死を招いた中年男性が喋りだし、場の空気は静まり返る。


「どうしようもないな」

 

「そうね」

 

「信じられません」

 

「ほんまやな。アカン、このおっちゃん」

 

「あーしも、きしょ過ぎて無理」


「おじさんさぁ、ざこすぎぃ」


拙者せっしゃには救えぬ命でござるな」

 

「決まり……でやんすね」

 

「俺も、同感だ」


「私も……です」

 

「僕も、そう思う」


「ならば、議論や多数決はもう無駄か」


「は? おい、お前ら……どういう意味だ?」


 静寂を破り、一人また一人と囁きはじめた。

 中年男性の提案は明確な〝悪手〟である。


 調査サーチが二名、どちらか一方は〝狼〟と確定していても、そんなことは周知の事実。共通見解。

 少ない情報量から無計画、無謀、無根拠な運否天賦に委ねるコイントスめいた処刑を行い、本物の調査サーチを早々に退場させた際に発生する人間陣営への損失は計り知れない。


「なんだよ、俺……なんか変なこと言ったかぁ?」


 スラムの仲間達と、旧時代の人狼ゲームを練習していた頃を思い出す。

 あの場では誰も彼も、おかしな行動をとったりルールに関する理解が浅い者がいれば手取り足取り、全員で試合の手を止め助言し合っていた。

 

 しかし、ここは衛星墜落論戦サテライト・ワーウルフである。


「彼は〝人間〟だったとしても、場を乱し誤った行動をとり続けるように吾輩は思う」

 

王賀オーガサマの言うとおりね」

 

「こないにあっさり初日の処刑先が決まったら、あんま論戦って感じしやんなぁ」

 

「あー、それとさぁ! 警備セキュリティ解析アナライズでも関西カンサイでもなくて、あーしをしっかり守ってね?」

 

「処刑先、確定でやんす。警備セキュリティの人が今夜、誰を守るかは本人の判断に任せるでやんす」


 旧時代の人狼ゲームを調べると〝教育きょういくり〟という悪習が横行し、それによって萎縮したり参加者によってはゲーム自体を嫌いになる事例が頻繁したらしい。

 

 吊り、つまり処刑。


 目の前で怯える中年のような、知識や定石セオリーに明るくない者に対し「お前は議論に参加せず、観戦者たる死人として外野から見守れ。そう教育してやる」といった感情から発生する処刑。

 この上なく傲慢で、極めて底意地の悪い行為を指す。

 和気あいあいとパーティゲームとして楽しむ内容であれば忌避される風潮だが、この場では教育吊りという処刑が平然とまかり通ってしまう。


 何故なら、ここは衛星墜落現場サテライト・ワーウルフの会場だからである。


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