魔法と奇跡
銃に見立てた指先を目標に定め、魔力を集め集中させる。目の前に居るのは、メルドリュアスと呼ばれるドライアドのなり損ね。通常、精霊を宿した樹は穏やかな性格と深い知性を持ち、無闇に何かを襲うような凶暴性を持ち合わせることはないが、森には一定数知性を持たず凶暴化したメルドリュアスが誕生する。これは人の間では闇の魔力に充てられたドライアドと語られ、対して魔族の間では野生返りしたドライアドと語られるが真偽は定かではない。ドライアドはドライアド独自の世界を持ち、人や魔族に敵対することさえしないが、彼ら自身の世界以外とは基本的に交わろうとはしない為だ。
メルドリュアスは動きが鈍い分、ぶ厚い樹皮は硬く生半可な攻撃は通さない防御力を埃、生命力も強い。そのため魔法の試し撃ちには最適だ、と選んだ相手であった。
《フィルス……マクスマ》
放たれた純白の光球がメルドリュアスに激突し、弾ける。
「まーた弾かれたぞ、おい。これ何度目だ」
倒木に腰かけ、退屈そうに頬杖をついた勇者――もといラースがあくび交じりに言う。
「五度目だな」
淡々と返し、銃の形を取っていた手を一度拳の形に握りしめた。確かに同じ攻撃を五度繰り返し、そのどれもが弾かれたが、そう何度も同じ失敗を繰り返す私ではない。ラースもそれに気がついたようで、嘲笑を顔から消して視線を私からメルドリュアスに向けた。弾けて幾つにも砕けた光球は、先程までのように霧散することなくその場で輝きを放ち続けている。私はゆっくりと掌を上に向けるようにして開き、それをくるりと地に向けて返した。
《マク・ルァン》
散らばった光がきらめき、それぞれが小さな刃の形を取りメルドリュアスに向かって襲いかかった。細かな光の刃は分厚い樹皮を貫通し、今度こそ霧散して消えた。
「おお、やるじゃねぇか」
「いや、駄目だな。一旦引くぞ。このままでは埒があかん」
「攻撃通ったろ」
「あの程度通ったとは言わん」
言って、怒り狂うメルドリュアスに背を向けて少し離れたところに構築してある防御結界の中へと入る。ジジ、という音がして僅かに境目の空間が揺らぐ。
「メルドリュアスの樹皮を貫く攻撃が出来りゃ、そこらのパーティじゃ並の神官の倍は給金が貰えるぜ。何が気にくわねぇんだ」
「一撃でアレを粉砕出来る程度の力がなければ話にならん」
「聖女様はプライドが高くていらっしゃる」
「シラーと呼べ、と。そう言っているだろう。ラース」
顔を顰める私に、ラースは嫌みったらしい笑顔を向ける。お互いの化けの皮が剥がれたあの夜からお互いを『聖女』『勇者』と呼び合うことはなくなったが、ラースは私を揶揄するときや小馬鹿にするときに敢えて私を『聖女』と呼ぶことがある。いちいち腹の立つ男だ、と私は溜息をついた。
「攻撃発生が遅すぎる上に威力が弱い。見ろ、あれを」
防御結界の外には、怒り狂って暴れるメルドリュアスの姿がある。目眩ましをかけたこの防御結界の中に居れば見つかることはないが、腕の一振りで岩を粉砕し地面を大きく抉るその攻撃の迫力には凄まじいものがある。
「弱るどころか怒りでヒートアップしている。無差別な攻撃がこちらに向いたらこの結界も危ういだろうな」
「この防御結界は魔獣の攻撃も防げるっつってなかったかお前」
「ある程度はな。あの猛攻は流石に無理だ」
「頼りにならねぇなあ」
「防御魔法は本来私の領分ではないんだよ」
言って、地面に文様を刻み構築した魔法陣に視線を向ける。こういった設置型の魔法は文様さえ記憶し、それを正確に構築出来れば一定の効力を安定して発揮することが出来る。しかしその強度や効力は魔方陣に流された魔力の量や質、そして陣と魔力の相性に依存する。現状私の扱える魔力は『光』属性と呼ばれる魔力。対して魔族が主に扱う魔力の属性は『闇』。魔族由来の魔法陣とは致命的に相性が悪いのだろう。
「さて、どうしたものか」
「その服着てれば魔法なんかバンバン撃ち放題なんじゃねえのか? 王様の言うことを信じるなら」
「そうだな」
私は自分の着ている服をつまみ、軽くひっぱる。纏っているのは初日に与えられた服で、『聖女の聖鎧』と呼ばれる国宝級の代物だ。神殿管理下のみで飼育される天晶蚕の絹で織り上げられた聖女のための装束で、聖女の扱う光属性の魔力を最大限に活かすよう造り込まれている。故に、聖女であれば例え魔法の素地など無くとも願うだけである程度魔法を自在に操れる様になっているのだ。
「この聖鎧さえあれば、メルドリュアスの樹皮を貫く程度の魔法は操れる。だがそれでは到底足りん。仮にも神に挑むのだから」
「それはそうだが」
私はメルドリュアスに向かって真っ直ぐに手を伸ばし、掌に魔力を集めて魔方陣を構築する。純白に輝く魔方陣が掌の先に展開された。
《フィリ・マク》
詠唱に合わせるように魔方陣がグンと大きくなり、私の半身を覆い隠すほどのサイズへと成長する。
《ルァンライツ》
魔方陣から光の束が発射される。展開した魔方陣と同じだけの直径を持つそれはメルドリュアスの身体を貫き、その背後にそびえる木々の幹を抉った。
「おー、すげぇ威力」
「いや……」
どうと横倒しになったメルドリュアスの傷口は、手前側こそ当初放った魔法と同じだけの直径をしているが、奥側に空いた穴はその半分ほどのサイズにまですぼまってしまっている。魔法はメルドリュアスを完全に貫通することは出来ず、途中で威力が弱まってしまったのだ。
「やはり今の実力では純粋な魔法のみで戦闘を熟すのには無理があるな」
私は首を横に振り、聖鎧を手早く脱いで地面に広げた。聖鎧の下には、前日に買っておいた動きやすさ重視のシンプルな冒険者服を纏っている。
「それ脱いだらいよいよお前は魔法の使えねぇポンコツだろうが」
ラースを無視して広げた聖鎧をまさぐり、見つけ出した縫い目に指先を宛てて魔力を流し込んだ。
ジッと糸が一瞬にして焼き切れ、聖鎧の下部分に縫い付けられていたドレープの一部が剥がれる。それをくるくると纏めて傍らに置き、同じ作業を繰り返すこと数分、聖鎧はすっかり解体され、何枚もの布の束が目の前に積み上がった。
布の束に手を当て、脳内に完成のイメージを形作る。
《クルアテ》
魔力を一気に流し込むと、布の束がふわりと発光して空中に浮き上がった。踊るように舞い上がった布が解けながら重なり、形を変えて手元からシュルシュルと細く長く伸びていく。
「こんなものか」
手を離すと布――布だったものがパタリと私の足元に落ちる。それを拾って振るうと、ピシリと地面が抉れ土塊が舞った。
「それは、鞭か?」
「ああ。天晶蚕の絹で編まれた最上級のな。長さも硬度も私の力が続く限り自自在。そしてこれに魔力を込めれば」
薙ぎ払うように鞭を横に一閃させれば、風を切る音の後、一拍遅れて周囲の木々が纏めて幹の中程から真一文字に切り倒される。どうと地響きが響き渡った。
「武器に直接魔力を流し放出する方が余程やりやすい。こういうことも、出来るしな」
私はくるりと身体を回転させると、その勢いのまま鞭を振るい、木々の倒れる音に反応したのだろう、こちらへと這いずり迫ってきていたメルドリュアスに打ち付ける。鞭がメルドリュアスに触れた瞬間、その全面から数えきれぬほどの光の棘が飛び出し、メルドリュアスに突き刺さった。
苦悶の呻きを上げるそれを勢いのまま吹き飛ばし、返す勢いで鞭を巻き付けそのまま地面に打ち付けた。メルドリュアスはその体躯を地面にめり込ませ、地響きと共に土埃が舞い上がる。
《フィルス・マクスィグル》
唱えるとメルドリュアスに巻き付いたままの鞭が発光し、次の瞬間、ピシッという軽い音と共に閃光を炸裂させた。一際大きな叫びを残し、光と共にメルドリュアスの身体がはじけ飛ぶ。
ボトボトと降ってくるメルドリュアスの身体の破片や樹液が防御陣に当たり音を立てる。鞭を一振りして手元に戻せば、鞭は私の肩から手首ほどの長さにまで縮まり、シュルリと腰に巻き付いた。
「あくまで仮の処置ではあるが、魔力の媒介を直接武器とするこちらの方が余程戦える。いずれ身体に直接陣を刻んでもらった方が話は早いかもしれんが」
飛び散ったメルドリュアスを呆然と見つめていたラースは暫し動きを止めていたが、くるりとこちらに向き直り、
「お前、案外凄いヤツだったんだな?」
「私はこれでも天下の聖女様だからな。そこらの凡人と一緒にしてくれるなよ」
返し、ラースの顔を見て、
「しかしやはり神に挑むには力不足と言わざるを得んな。ラース、今後のためにもお前に魔法を扱えるようになってもらうぞ」
「魔法?」
ラースは僅かに目を見開き、すらりと腰から剣を抜いた。
「魔法なら既に使えるぞ。知らねぇのか」
言葉に合わせ、チリ、と刃が火花を放ち、次の瞬間剣身が炎の渦を纏った。磨き脱がれた銀の刃が眩い炎の光に照らされて赫く輝く。ラースは剣を構えると、メルドリュアスの死骸の一片に向かって刃を一閃させた。
「おい、待てお前!」
声を上げたが間に合わなかった。剣先の動きに合わせ炎が美しい弧を描き、その軌跡は形を保ったままに炎の斬撃として放たれた。
激しい爆発音と共に、一文字に抉れて焦げた傷痕からメルドリュアスの一片が炎に包まれ、それは勢い衰えぬままその一片を呑み込んだ。
「……馬鹿が」
溜息交じりに呟いた私の言葉に、ラースは不服そうに眉を跳ね上げる。
「乾いていないメルドリュアスを軽率に燃やすな。毒性の煙を大量に出す。そんなことも知らんのか」
「それは、俺をやり込める為のフカシとかじゃなく?」
「そう思うのなら外に出て存分に煙を吸ってこい。安心しろ、倒れる頃には助けてやる」
言いつつ、私は強度を増加させ杖のように変化させた鞭の先で、結界陣の要所要所を書き換えていく。物理的な衝撃だけではなく毒性を持つ気体も弾くようにするためだ。
「まったく、魔物を遠ざけ祝福の地に籠もって偽りの安寧を貪っている愚か者共が。お前らのように魔物の脅威を己らと切り離して無関係と断じ、魔物への知識と正しい恐怖を忘却していけば、いずれ為す術無く蹂躙され滅ぶだけだ。安全な地から追いやられ、スラムに生きていた者どもはお前らより何倍も生物として強く逞しいぞ」
「ま、一部はごもっともと言ってやらんこともない」
ラースは飄々とした態度で剣を収め、私の方に視線を向ける。
「確かに首都を始めとした主要都市は祝福された地と呼ばれ、魔物はおろか犬や馬、小動物に虫すらも侵入不可能で、祝福の地に近ければ近いほど魔物の出現も少ない。だが、祝福の地に住めるのはこの国に住む人間の中でも一部だけだ。他の小さな町や村、都市周辺の街に住んでる奴らが国民の大半を占めてる。それを知りながら魔物にまともな対策も取らねぇボケナス共のことは俺も嫌いだが」
ラースは言葉を切って、白い煙を上げ始めた死骸から目を逸らした。
「一つ、面白い事を教えてやろう」
私の言葉にラースは視線のみをこちらに向ける。
「面白い事?」
「祝福の地には人の他に魔族も入れるのさ。千年ほど前の話だが、とある貧しい人の女が戦の跡地で幼子を拾い、子無しの貴族に売りつけた。子供はすくすくと成長していったが、ある日子供が異形の姿に変化している所が目撃された。女が拾ったのはあろうことか魔族の子であった」
「人と魔族は姿が違うぜ。赤子なら兎も角、成長するまで見逃されてたってのはおかしいだろうよ」
「自らの人ならざる特徴を隠し擬態していたのだよ。幼いながら自分が人ではないこと、それがばれては不利になることを理解していたから。……この情報は王と高級神官が徹底的に隠蔽したが、紛れもない事実だ。信じる信じないはお前の勝手だがな」
「……その子供は?」
「子供?」
「子供だよ。魔族の。殺されたのか?」
「魔法を操り命からがら逃げ出し、魔族の仲間に保護された。人にとっては残念ながら、と言うべきか?」
「もしやその子供がお前か?」
意外な言葉に私は僅か目を見開き、ハ、と短く笑い声を上げた。
「短絡的な思考回路だな。魔族の寿命は長いが千年は生きられんよ」
そう、それで、と私はラースに向き直る。
「魔法の話だ。随分話が逸れてしまったが」
「逸らしたのはてめぇだろうが」
ラースの言葉は無視して私は掌に小さな魔方陣を構築する。ポッと陣の中心に炎が灯った。
「お前は魔法をなんと習った?」
「……神の奇跡。一部の祝福を受けた神官や魔術師にしか扱えないもの。あとはその神官や魔術師の作る馬鹿高ぇ魔道具があれば基本的に誰でも使えはする。例外の魔道具筆頭が勇者しか使えねぇこの剣と聖女しか使えねぇその……」
ラースは一度言葉を切り、腰にベルトのように巻き付いた鞭を見て眉根を寄せる
「その、元聖鎧だな。一部闇市で魔道具の流通はあるが、それを買うのも裏社会の大物ばっかだろ」
「呆れた理解だな。その説明では魔族が魔法を使える理由が説明出来んだろう。人の神話では魔族は神の敵対勢力なのだから」
「魔族の魔法は神に歯向かう闇の黒魔法なんだと」
「都合の悪い事柄に対して自らに都合の良い解釈をこじつけるのは人間の得意分野か」
天を仰ぎ零す私に、ラースが、
「前から思ってたんだがお前ただでさえ話が長い上に余計な文句が多いんだよ。人嫌いはどーでもいいから要点だけさっさと話せ。この森で野宿はごめんだぞ」
「余計が多いのはお前も同じだろう」
私は舞い散る木の葉を一枚捕まえると、掌の上に展開していた魔方陣を移動させる。一回りほど小さいサイズになった魔方陣は、焦げ目のように木の葉に黒く焼き付いた。
「これに魔力を流してみろ。その剣に魔力を流し込むのと同じ要領だ」
飛ばした木の葉を受け取ったラースは、眉根を寄せながらくるくると木の葉を回し、私を見る。
「これにか? これ、魔族の闇魔法の魔方陣だろ?」
「何が闇魔法だ。同じもので普通の火を点けるのをさっき見せてやっただろう。いいからやってみろ」
不承不承、と言った表情でラースは木の葉の軸を持ってじっと見つめた。と、ポッと陣の中心に小さな炎が灯り、木の葉を包み込んだ。
「……!」
慌てた動作で火のついた木の葉を放り投げたラースは顔を顰め私を睨む。木の葉は地面に届く前に燃え尽き、灰となって風に攫われていった。
「出来ただろう。魔法は魔力とこの魔方陣や魔道具のような、適切な魔力伝導体を通せば誰でも扱えるものなんだ。魔力は人間含め遍く生物に大なり小なり備わっているものだからな」
「魔力伝導体?」
「魔導物、魔導陣、魔導器官のことだ。そうだな……、お前、銃の構造は大まかにでも理解しているか?」
「馬鹿にしてんのか」
「銃弾は言うなればただの鉛の塊だ。その鉛の塊は銃という道具、火花、そして火薬によって殺傷能力を持つ『弾丸』と為される。魔法も根本的にはこれと同じものだ。銃が魔方陣や魔道具、弾が魔力。魔力は魔力伝導体を介すことで魔法となり様々な効果を発揮する。ここまでは分かるか?」
「……なるほど」
ラースは複雑そうな顔をしながら一先ず私の説明に頷いた。
「魔族は体内に魔力伝導体となり得る器官――魔導器官と呼ばれるものを宿している。故に、魔道具を介さずとも魔法が使えるのだ。稀に人間にもその器官を宿したものが生まれる。そういった、魔法を生まれながらに使える者の存在はお前も知っているだろう」
「ああ……」
勇者は目を見開き納得したように私を見る。
「神の子、神官達か」
頷き、
「そしてもう幾つか、魔道具も魔導器官も介さず魔法を使う方法がある。それが、この魔方陣だ」
掌の上に先程と同じ魔方陣を構築し、中心に炎を宿らせる。
「魔方陣はこれ単体で魔力伝導体としての役割を担う。この刻まれた文様一つ一つが意味を持ち、魔力を変容させ魔法へと導く。私の手の上にあるこの魔方陣は、魔力そのものを魔方陣の形に構築したものだが、この魔方陣はこの結界陣の様に地面に刻んでも紙に書いても肌に彫り込んでも効力を持つ。詠唱も広義では形を持たぬ魔方陣と見做せる。ものにより魔力の伝導効率が違うため流す魔力を調整する必要はあるが」
「つまり、その魔方陣の形を覚えて書けるようになれば、俺も自由に魔法を使えるようになると?」
「そういうことだ。魔法の体系は神殿と王宮の一部で研究され、今説明した程度の事はとうに判明している筈だ。魔法を神の奇跡としたい人間共がこれを公表することはないだろうがな」
ラースは何か言いたげに口元を歪め、視線を自分の手元に落とした。
「魔方陣は一見複雑に見えるが基礎さえ押さえてしまえば案外応用は難しくない。勿論複雑な魔法を使いこなしたければその限りではない。というわけで暫くお前には魔方陣のお勉強をしてもらわねばならん」
私の言葉にラースは露骨に嫌そうな表情を作る。
「勇者様のお勉強からやっと解放されたかと思ったら今度は魔法のお勉強かよ。やってらんねぇ」
「魔法の一つも満足に使えなくては神殺しなど夢のまた夢だ」
「神殺しはお前の目標だろうが。俺は面白そうだから賛同しただけで、つまらねぇと思ったらとっとと逃げるぜ」
「まあそう言うな。魔法が自在に操れるようになればやれることはぐんと増える。それに、魔法の体系を習得すれば国の魔法政策をぶち壊すことも可能だぞ」
「……そういや、お前のそれはどういう理屈になっているんだ?」
私の言葉に何を思ったか、一瞬表情を消したラースはすぐにへらへらとした笑みを浮かべながら私の腰に巻き付いた鞭を指差す。
「ああ、これか」
私はシュルリと鞭を手に取ると、軽く魔力を流し込む。白い鞭は僅かに輝き、ふわりと光のオーブが舞った。
「天晶蚕の絹は優秀な魔導物の一つだ。例えば」
私は掌を上に向け魔力を放出し、光のトゲを十本ほど肘から手首にかけて生やして見せる。
「このトゲを発生させるために必要な魔力を十としよう。同じ十の魔力をこの天晶糸に通すと」
鞭の輝きが増した瞬間、まるで片刃の鋸のように鞭全体にトゲが発生した。腕に生やしたものより鋭く長いそれの数は優に五十を超えている。
「魔導物は様々な効力を持つ。分かりやすいのは魔石だな。炎の魔石は魔力を炎に、水の魔石は魔力を水に、光の魔石は魔力を光に変換する。この天晶糸は魔力の変動性を高め、また何倍にも増大させる効力を持っている。聖女の魔力は相性が良いらしく更にその効力が強化される。ただ、聖鎧は聖女の役割を勇者のサポートと位置づけ作られた物だ。大幅な魔力消費量低下はありがたいが、攻撃には少々テンポが悪い。故に、これそのものを武器とした」
言い、私は鞭を身体に巻き付ける。
「その剣と聖鎧、同じ魔道具だが根本の仕組みが違う。お前のそれは魔方陣を刻むことで魔力を炎の魔法に変換する魔道具。私のこれは魔力そのものを増大させることで魔力を自在に操る魔道具なのだよ」
ラースは喉の奥で唸り声とも溜息ともつかない声を漏らし、頭を掻く。
「分かるようで分からねぇな……。お前、説明下手なんじゃねぇか?」
「……さっき銃の例えをしただろう。魔力は鉛玉だ。この小石、これを仮に鉛玉だとして、あの樹に向かって投げてみろ」
拾い上げた小石をラースに渡す。ラースは訳が分からない、といった顔をしつつ、大人しく言われたとおり小石を投げた。小石は軽い音を立てて樹にぶつかり、地面に落ちた。
「銃を介さず鉛玉をそのまま投げても樹に傷はつかない。当たり前だ。だがそれを可能にするのが、この天晶糸だ」
別の小石を拾い上げ、魔力を纏わせ投擲する。恐ろしい速さで飛んだそれは木の幹を貫通して茂みの奥に消えていった。
「魔力を魔法に変換するのではなく、魔力を魔力のまま扱う事が出来る。これが、天晶糸の真価なのさ。故に天晶糸を介せば詠唱も魔方陣構築も挟まずに疑似魔法を扱える。勿論精度や魔力消費の負荷を考えれば魔法を使うことが一番望ましいが、咄嗟の時ノータイムで疑似魔法を扱える方が隙を無くせる」
「つまり、その元聖鎧は生身で樹をぶち抜く威力の鉛玉ぶん投げられる豪腕と、それをしても疲れない無尽蔵の体力を与えてくれてる、みたいな感じなんだな」
「……その理解で構わない」
厳密には違うが、幼い頃より魔法に触れてきた自分たちと魔法が身近なものではない人間とで魔力や魔法についての捉え方は大きく異なる。ここまでの話についてきただけでも上出来、と言えるだろう。
「で、俺は魔法の練習をしなきゃならんと」
「いきなり私のように魔法を使えとは言わん。魔法と魔力になれるための特訓と、自衛のための簡単な防御魔法陣、それとその剣」
私は剣を指差す。
「その魔道具は流す魔力の量や強さ、性質、その他様々な条件によって多彩な魔法を発揮する。いきなり全てとは言わんが、炎を纏い飛ばす以外のことも出来るようになってもらいたい」
私が転生前に戦った勇者は、技の数々を魔王城に近づくまでの戦闘の中自力で習得してきたが、魔方陣を解析すれば非効率的で冗長な過程を一定省くことが出来る筈だ。
「暫くこの森で魔物相手に特訓だな。私もこの魔力をまだ自分のものとは出来ていないからな。短くても一月ほどは籠もりたい」
「魔法を自由に使えるようになるのは楽しそうだが、勉強はつまらなそうだ」
「そう言うな。楽しいぞ、魔法は」
私の言葉に溜息をつきつつ、ラースは剣を抜いて剣身に炎を纏わせる。
「……ま、この世界で意思を貫き通すには力がいる。無駄にはならねえか」
言って、ニヤリと片頬をあげて笑った。
転生魔王の神殺し ウヅキサク @aprilfoool
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