第28話「未熟サキュバス、春します」
深澪との初えっちを済ませてから、わたしの体には大きな変化がひとつ…訪れた。
「見てみて…!」
「ん?」
「尻尾が伸びたの!」
そう、サキュバスの最大の特徴である角と羽と尻尾のうち……尻尾が、以前に比べて長くなったということ。
…と言っても、10cm程度なんだけど。
それでも、人間界に降りた時は5cmくらいしかなかったから、倍以上は伸びてる。そう考えるとこれは大きな成長である。
ちなみに角と羽には大きな変化は見られなくて、肝心の胸も………カップ数は変わらないまま。悲しいことに未だCの枠を超えない。今後も越えそうにない。
どうやら…18歳までサキュバス界にいる間に、セックスもしてないのに、魔力量の限界値をほとんど迎えてたみたい。
…ほんとにポンコツすぎて笑えない。
でもまぁ、今ではわたしも初体験を終えた立派な一人前サキュバス…
「尻尾動いてんの、かわいいな」
「ひゃぅん…っ」
ひとり得意げな顔をしていたら突然、性感帯でもある尻尾を触られて、びっくりして腰が大きく跳ねた。
びっくりついでに興奮もしちゃったら、それまで普通だった深澪の顔が一変して、意地悪で何かを企んだ顔へと変わる。
「そういえばここ…感じるんだっけ?」
こ、これは……まずい、予感。
「っや…ま、待って深澪……!」
「今は誰もいないし…遠慮なく、可愛がらせてもらいますか」
「あ……あ、あ…っ」
後ろから抱き止められて、尻尾を弱く握られただけで色々と心臓に悪すぎて体を萎縮させた。
だ、だ…だめ。
興奮より緊張で鼓動を激しくさせた情けないわたしは、
「強くしたら…どうなるかな?」
「っっっ~…!」
そ…んな、急に……
好奇心旺盛な深澪の手によって尻尾をギュッと握られて、それだけで頭と体に激動が訪れたと思ったら……そのまま、見事なまでに気絶していた。
サキュバスなのに…情けない。こんなんじゃまだ一人前だなんて言えないよ……はぁ、半人前からは一生抜け出せない気がしてきた。
次に目覚めた時にはもう昼過ぎで、さとりさんがコンビニのバイトから帰ってきていて、
「へぇ……サキュバスの尻尾には毛が無いんだね」
「うん、他のサキュバスはこれを使ってセックスしたりもするから…毛があると邪魔なんだと思う。わたしは短すぎて使えないけど…」
「なるほどね。…先っぽはハート型になってるんだ」
「きゃんっ……ご、ごめん…そこ、一番の性感帯なの…」
「あ…触ってごめんね」
「へ、へいき…」
こちらもまた興味津々に、わたしの尻尾を観察していた。
わたしも触らせたお返しと言いつつ、ただモフモフしたかったさとりさんの尻尾を触らせてもらって、ついでにぎゅーする。それを見ていた深澪は複雑そうな顔をしてた。
…さとりさんにくっつくの、嫌みたい。
意外にも彼女は嫉妬深くて、わたしが出先から帰って違う匂いをまとわせていたりするとすぐに気が付いて「匂いを落とせ」とお風呂に入れさせたりする。…もちろん、浮気なんてしてない。
それに、嫉妬した日は必ず。
「天海……あたしのこと好き?」
「う、んぅ…っあ、すき、すきだから…待って!」
「もっと言って天海。あたしだけ好きでしょ?」
「す…きっ、好きだからぁ…!ストップ!ここ人前!」
とんでもない甘えたになって、さとりさんやあんこさんがいる前でも気にせず抱きつき魔のキス魔になっちゃう。
こ…これは、俗に言う…
「メンヘラだ…」
疲れ果てて元気なく呟いたら、深澪の顔が途端にムッとしたものに変わる。
「お前がかわいいのが悪い」
「それ……どういう理屈なの…」
嬉しいけど…いや、うん。普通にすごく嬉しい。
単純なわたしもわたしで、褒められたらすぐに気分を良くして、今度はこっちから甘えたくなって首に腕を回して抱きついた。
さすがに深澪みたいに振り切れなくてキスはできないから…しばらく、ニコニコ顔で相手と見つめ合う。深澪は今にもキスしたくてウズウズしてる顔をしてた。
何度見ても、情けないくらい眉尻を下げてても綺麗な顔に惚れ惚れして……あ。ち、ちょっと濡れてきちゃった。
なんて下心を疼かせていたら、悩ましく目を細めた深澪の顔が落ちて、首筋の辺りに鼻先を当てた。
「はーぁ……いつもえろい、このにおい」
わたしがえっちな気分になった時や、好きって気持ちが強くなった時はいつもこうして匂いに反応しては、切ない吐息を漏らす深澪に、ふと。
「なんでそんなに…鼻がいいんだろ?」
という、なんとも初歩的な疑問を抱いた。
人間にしてはあまりに鼻が良すぎるというか……迷子になったりしてもわたしの匂いを辿って見つけられちゃう程に嗅覚が尖すぎて、たまにびっくりする。
他にも、わたしよりサキュバスらしい一面も多くて、身体能力も運動不足なわりに高め。
なんか、あまりに…
「はっ…まさか、人間じゃないとか!?」
「いや、深澪くんは人間だよ」
浮かんだ疑問は、すぐに否定された。
よかった、ここに来て深澪まで人間じゃなかったらいよいよ登場人物が人外で埋まってしまうところだった…と安堵して胸を撫で下ろす。
「ん?というか……どうして、違いが分かるの?」
そして新たに浮かんできた疑問を、わたし達がイチャイチャしてても気にも留めてない様子のさとりさんにぶつけてみる。
「覚の能力の一種だよ。オーラを見れば分かる」
「オーラなんて見れるんだ…」
「うん。…深澪くんは人間だけど、もしかしたら遠い先祖に送り狼がいるかもしれないね」
それも、オーラを見た結果なのかな。
言われてみれば深澪って確かに、狼というか…犬っぽい。
鼻の良さもそうだけど、全体的な雰囲気が…大型犬?
体格も良いし、黒髪はくせっ毛で寝起きはいつもくりんと跳ねてたりするし、忠犬みたいに守ってくれるし、懐いたらとことん懐くし、あと何より…
『はぁっ…は、くらら、好きだ……っは…ぁ』
えっちしてる時、息を荒くして興奮して、抱き締めながら必死に腰を浅く揺らしてグリグリ押し付けてくる感じが特に、犬っぽい。
「ふっ…はは。深澪くんって、そんな感じなんだ」
「あ……あー!だめだよ、今のは見たら」
「ごめんごめん、ついクセで。…それにしても、君って案外余裕ないんだね」
後半の言葉はわたしじゃなくて深澪に向けられていて、言われた瞬間に中性的で綺麗な顔が屈辱的に歪む。
「う、うるさい!好きな女を抱いてたら誰だってそうなる」
「にしても……男性器もないのに、随分と本能的だね。まるで男みたい。見た目も中身も」
「あたしは女だ!……ったく。いいから準備しろ、お前ら」
「はーい!」
盛大にため息をついて大きめの鞄を持った深澪に続いて、わたしも小さな鞄を手に持つ。さとりさんはあんこさんを腕に抱え持った。
平日の昼間。
みんなで向かう先は、季節もすっかり春へと色を変えたから……
「花見に和酒…風雅だね」
「そうだねぇ、綺麗な桜色…」
「あたしは花より団子かな。…お前も、天海お手製あんこ用弁当うまいだろ?」
「ニャア…!」
真っ青な空を覆い尽くすくらいのピンク色の頭上を見上げて、これまたところどころピンクに染まる地面に広げたレジャーシートの上、全員でホッとひと息つく。
お弁当はわたしが作って、あんこさんも一緒に楽しめるように猫でも食べられるよう塩分調整したものも用意した。ん…ふふ、よかった。美味しそうに食べてくれてる。かわいい。
深澪とさとりさんは日本酒を粋に嗜んでいて、わたしはまだお酒を飲める年齢じゃないからひとりお茶をすすり飲んだ。
「ふぅ……緑茶はホットに限りますなぁ…」
「ははっ、なんかお前ババアみたい」
「失礼な!これでもピッチピチの19歳なんだから。若いもん」
「…本物の老婆を目の前に言うなんて、いい度胸してるね?深澪くん」
「ち、違う、そんなつもりじゃ…!勘弁してくれ、お前を怒らせるのだけはゴメンだ。それにその見た目で老婆はないって」
「ふは。冗談だよ。君って相変わらず、からかいがあって楽しい」
「人をからかって遊ぶな。まったく…」
安堵と呆れのため息をついた深澪は、ちびちびとおちょこに入った日本酒を飲み進めた。
…お酒って、美味しいのかな?
「飲んでみる?」
それを横目に見ていたら、さとりさんから静かにおちょこを差し出される。
思わず、気になりすぎてゴクリと喉を鳴らした。
お…お酒、飲んでみたい。
だけど、だめ。
「飲酒はしないの。そう決めてるから」
「ん、なんで?」
「サキュバスは短命だから……少しでも、長生きしたくて」
そうじゃないと、人間の深澪とも、妖怪で長寿のさとりさんやあんこさんとも、早くにお別れしちゃうことになる。そんなのは嫌。
死んでからも地獄で会えるとはいえ……やっぱり、人間界でもより長く、たくさんの時を彼女達と共に過ごしたいから。…それに先に死んで、たとえ少しの期間でも会えなくなって悲しませちゃうなんて…寂しい。
だから二十歳を過ぎても、お酒はなるべく飲まないって決めた。…ちょっとくらいは、記念に飲むかもだけど。
「君って…桜みたいに儚くて美しいね」
覚悟を胸に抱えたわたしを見て、さとりさんはどこまでも優しい目を向けて微笑んだ。
「おい、あたしの前で口説くな」
「…口説いてないよ。……あ」
忠告を受けて苦笑したさとりさんが日本酒に口をつけようとしたら、ひらひらと舞い落ちてきた桜の花弁が透明で綺麗な液体の上に見事に乗った。
さとりさんの口元が、さらに緩む。
「君達と花見酒……うん、良い気分だ」
そしてコクリ、と花びらごとお酒を喉に通す。
…さとりさんって、綺麗な人。
外見はもちろんそうだけど、所作のひとつひとつに大人の余裕を感じられて、静かな中にしっかりとした感情がある不思議な雰囲気。
恋愛感情はないにしても……今まで出会った人の中でも、深澪の次に大好き。いや同じくらい好き。
「私は君を愛してるよ」
そ、そうだ。心読まれちゃうんだった。…恥ずかしい。
「やっぱり口説いてるな?…許さん、殴ってやる」
「威勢がいいね、小童」
「なんだと、クソババア」
「…人間の君が勝てるとでも?」
「おう、人間様をナメるなよ。狐ごときが」
黒髪と金髪。
ふたりの間に、バチバチに電撃が走る。
睨み合ったその姿を見て、心臓を高鳴らせた。
こ、これは…少女漫画で読んだ定番神的展開…!
「わたしのために喧嘩しないで!…ってやつだ!」
目を輝かせてワクワクと次の展開を待っていたら、どうしてかふたりとも吹き出すように笑って、険悪な空気は一瞬にして和やかに変わってしまった。
「ふははっ…君といると気が抜けるよ」
「あー…分かる。喧嘩になんてなりそうもないな」
「な、なんで?ほら早く、拳と拳で語り合おうよ!タイマンしようよ!青春の一ページだよ?殴りあった後は草むらに寝転んで、河川敷の道で夕陽に向かって走ろうよ!」
「随分と古風な内容だね」
「…最近やたら我が家に熱血漫画が増えたと思ったら、あれお前か。無駄遣いすんな」
「無駄遣いなんてひどい!ちゃんと自分のお小遣いで買ってるもん」
「はぁー…ならいっか。しかしこの先、金がかかるなぁ……サキュバスに猫に狐に…養うの大変だ」
「君はそこそこ小金持ちじゃない。仮にも小説家…懐に貯め込んでるでしょ?」
さとりさんの発言に「まぁな」と返した深澪は、それでも参ったと言わんばかりの深いため息を吐き出した。
「ただ、小説もいつまで売れるか分かんないからなぁー…貯めておいて損はないじゃん?」
「倹約家ってやつだ…!」
「そうそう。今後も節約しつつ…お前らのために金稼ぎ頑張っちゃうよ、あたし」
「わたしは家事をがんばるよ!あとバイトも」
「…私は家族の身の安全を保証しよう」
「ニャ!」
「あんこさんは癒やし担当だね!メンタルケアは長生きには必須だもんね」
三人と一匹。
わたしたち家族が全員揃ってから、最後に加わったさとりさんとの出会いから早くも季節は順々に巡り…一年近くが経過した。
時の流れは早く、それぞれの関係も徐々に定着してきてる、春。
まだ少し冷える寒空と、桜並木の下。
笑い合って、未来の話をした。
人間界に来た時のわたしは、想像できたかな。
「よし、そろそろ帰ろっか」
「…そうだね、君が体を冷やしたら良くない」
「ニャア」
片付けを終えて、みんながわたしの方を向く。
「ほら…天海。帰ろう?」
大好きで仕方ない柔らかで線の細い手が伸びて、優しく穏やかに笑いかけられたら…それだけで、感極まって泣けてきちゃう。
「うん!」
愛しいその手を取って、歩き出す。
やっと見つけた、わたしの居場所へと。
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