第27話「未熟サキュバス、冬します」

























 ムラムラMAXで発散できずに終わった温泉旅行から帰宅して、早いことに数カ月。


 季節はもう、冬になりました。


 この地に舞い降りてから、かれこれ一年が経とうとしています。


 それなのに。


「っはぁ…天海、もっと食べて」

「んん、ぅ…もう、おなかいっぱい…っ」

「全然収まんない。天海……天海、好きだよ」

「は、ぅう…っ、んくっ…」


 隙を見て、コソコソと精力もキスで発散しまくって、イチャイチャすることは出来るのに。


「あぁ、かわいい……天海、こっちでも…」

「ニャア…!」

「こら、あんこ!邪魔するなってあれだけ……ごめん、ふたりとも」

「……だ、大丈夫…」

「……く、クッソ…」


 なんだかんだこういうことが続いて、結果……一度も最後まで致せてません。


 さとりさんも出来るだけ邪魔しないように、あんこさんを連れて散歩に出かけてくれたり、ふたりで寝室にこもってる時は入らないようにしたりして工夫してくれてるんだけど……あんこさんは、止められない。


 それに邪魔の原因は何も彼女だけじゃなくて。


「天海…今日こそ」

「うん、深澪…」

「あ。仕事の電話入った…ご、ごめん」


 ある時は深澪の携帯が音を鳴らして、


「今なら誰もいないから…しよ?」

「っ…天海」

「あ。ご、ごめん…来客の予定あったんだった…」


 またある時はインターホンが音を鳴らして、


「よし、あんこもさとりもいない…携帯の電源はオフにして、インターホンはもう無視!今のうちだ、天海」

「う、うん!もうさっさと服脱いじゃおう…!」

「おう!」

「………あ…せ、生理…来ちゃ…ってる」

「サキュバスにも生理あんのかよ、クソ…!」

「ほんとごめん……す、少し前から急に始まって。本当ならもっと早くに来るはずなんだけど…わたしはだいぶ遅かったみたいで…」

「あー…だからこの一年は無かったのか……まぁ生理現象だから、仕方ないよ。ごめん、クソとか言って…体調は平気?今日はもう寝よっか」


 そしてまたある時はタイミング悪くて、


 さらに。


「深澪…せめてキスしたい。だめ…?」

「…………くっ……ほんとごめん、締め切り前だから今はムラムラを維持させたくて。あと忙しくて…時間もないから…」

「そっか…そうだよね。わがまま言ってごめん」

「あたしも、こんな仕事しててごめん…」


 とことんタイミングが合わなくて、そんなこんなで数カ月も。


 キスで発散どころか、むしろよりムラムラを溜めに溜めて、溜めまくったわたし達は……もう色々と通り越してイライラしてきていた。


 だけどこんなことで怒ってても仕方がないと、こうなったら昼夜も場所も問わず出来る時になんでもいいから先っちょだけでも……と、なりふり構わずセックスを始めようと試みた。


 とにかくえっちがしたくて仕方なかった、日頃持ってるはずの倫理観の一部は捨て去るくらいには。


 だけど。


「天海…今、いい?」


 料理中に後ろから抱きしめられたらすぐさま火を止めて包丁をシンクに置いて準備万端。


「いいよ、深澪……」


 振り向きざまに背伸びしてキスしようとしたら謎にガス漏れ防止の感知器が音を鳴らして、慌てて火の元を確認したりなんだりとバタバタしてたらさとりさん達が帰ってきちゃって…見事失敗。


 ちなみに感知器は誤作動だった。…なんで?


 それなら、と。


「い、一緒にお風呂はいろ!」

「そ、その手があったか!」


 裸を見られるのはまだまだ恥ずかしいけど…そんなの気にしてる余裕なんて今はない。


 ふたりでそそくさと脱衣所へ移動して、やっぱりまだちょっと恥ずかしいからお互いあんまり見ないで服を脱ぎ捨てて浴室へと入って………そのタイミングで足を滑らせた深澪がこけて、思いきり頭をぶつけてしまった。


 軽く血が出ちゃうくらいの怪我を負っちゃって、何かあったら怖いから…と病院に行った後もしばらく様子を見るため、断念。


 もうここまで来たら神様が全力でわたし達のセックスを防ごうとしてきてるように思えて……いよいよイライラさえ通り越して、悟りを開く一歩手前だった。


 セックスできない理由がわたしのポンコツならまだどうにかできたけど、そんなの関係ない神の悪戯なのがまた腹立つところ。…もしかして死ぬまでセックスさせないつもりなのかな、神様。


 そんなの嫌。絶対に死ぬまでに一回…いや二回…いや五億回くらいは深澪とのセックスがしたい。しなきゃ気が済まない。なんなら死んだ後もヤリ続けたい。


 日に日に、欲は際限なく膨らむ。


「「はぁ…セックスしたい」」


 そんな願望が口から出て、その声が被るくらいにはもう…ふたりの欲望は限界に達していた。


 なのに、どうしてか出来ない。


 今も家でふたりきりだけど、この後わたしが出かけなきゃいけない用があって……さすがにそんな状況で始められるわけもなく。


「いってらっしゃい、天海…」

「あ……き、キスはちょっと…やめて」

「なんで」

「ムラムラしちゃうから…」

「ご、ごめん…」


 もはや一周回りきって、お互いなるべくムラムラしないように過ごすようになってしまった。


 それでもやっぱり、一緒にいると嫌でも欲は湧くもので。


 どうやって発散しよう…?と考えた結果、最近はあることをして少しでも気を紛らわせようと努力を重ねている。


 その“とあること”っていうのが、


「ほら…天海、もっと頑張って」

「んっう、うぅ~…っ」

「まだまだ。もっとイケるよね?」

「ぅ、あ…っい、イケな……も、イケない~…!」


 筋トレである。


 今もさとりさんとあんこさんが別室とはいえ同じ家にいるから、いつ邪魔が入るか分からない…と、セックス代わりに腹筋やら何やらで体を動かすことでどうにか誤魔化してる。


 深澪も深澪で腕立てしてみたり、そんなこんなでふたり。


「はぁー……つかれた…」

「ふぅ…すっきり」


 ベッドでいい感じの汗をかいて、わたしは仰向けになって、深澪は半ば覆い被さる形でうつ伏せに寝そべった。


 それなのに…せっかく欲求不満から逃げようと頑張ったというのに。


「あー…汗のにおい、えろい」

「ゃ、んっ……ちょっと深澪、だめだよ、今は…」

「ちょっと、だけ。舐めさせて…天海」

「そ…そもそも、深澪は舐めても精力吸い取れないじゃない…!」

「そういうんじゃないんだよ。汗からしか得られない栄養もあるんだよ」

「サキュバスみたいなこと言わないでよ…」


 ここでもまた、わたしよりもサキュバスとしての才能を開花させてる深澪によっていかがわしい雰囲気になっちゃって、結果筋トレは無意味に終わることが多かった。


「あぁ~、ムラムラする…」

「えっちしたい…」


 今日も今日とて、ふたりして不純な気持ちを抱えたまま、セックスはできないまま……甘えに来たあんこさんを受け入れて眠りについて、時はさらに経って。


 日本に来て一年なんてとうに過ぎ去って、クリスマスを目前に控えたある日。


「深澪と買い出し行ってくるね。…お留守番よろしくね、あんこさん。さとりさんも」

「ニャ!」

「…ふたりとも気を付けてね。あんこは私が見とくから」


 その日は珍しく明るい時間じゃなくて、暗くなってきた夕方頃に深澪と食材やら日用品やらの買い出しに出かけるため家を出た。


 せっかくだから普段と気分を変えて、あと買いたいものを求めて近所のスーパーじゃなくて駅の方へと向かうことにして、手を繋いで歩みを進める。


 外は随分と寒くなって、口から吐き出される息が白くなっていく光景を眺めていたら、出会いたての頃を思い出してなんだか懐かしい気分で、ふたりが出会ったあの駅に到着した。


「わ……イルミネーションだ…!」

「そっか、この時期は駅前も飾り付けされるんだ…すごいな、ツリーでっかい」

「ふふ、綺麗だね」


 そこでたまたま冬らしい景色が見れて、最近モヤモヤしがちだった気分もいくばくか晴れた。


 きらびやかな装飾が施されたツリーの前で、不意に目が合って、そのまま見つめ合う。


 それだけでドキドキして、しばらく視線を逸らすこともできず、人前だから距離を縮めて抱き合うこともできない…もどかしい時を過ごした。


 …セックスしたい。


 きっと相手も同じことを思っていて、切なく潤んだ瞳に射抜かれてわたしまで切なく潤んでくる。


 ふ、ふたりきりに…なりたい。


 誰にも邪魔されない空間に、行きたい。


 いき、たい。


 イキたい…!


「あ…天海」


 先に口を開いた深澪は、寒さの影響か…それとも羞恥心からか鼻先と頬を真っ赤に染めて、白い吐息を吐き出しながら何度も唇を開け閉めして何かを言い淀んだ。


 期待で、胸が跳ねる。


 何を、言われちゃうんだろう…?


 薄く…ほんのり赤く色づいた唇が、薄く開いた。


「今、から」


 冷えきった手が、わたしの手を持った。


「ラブホテル…行こっか」


 期待を上回った言葉に、心臓はキュンと絞まる。


 震えた唇を、きゅっと閉じて、また開けて。


 熱く滾った体内から口から逃げた吐息が、白く揺らめいて空気中に溶けた。


「うん…行く」


 頷いたら、その瞬間に手を引かれて歩き出した相手の後についていく。


 人混みをかき分けて、駅前から抜け出して、すっかり空を黒に染めて夜に変わった…光の粒たちが囲み照らす道を進んで、目についた派手な外装のビルの前で立ち止まる。


 看板に書かれてる数字達を見て、会話も交わさずに目線だけで話し合って、あんこさんが寂しがっちゃうから泊まりは無理っていう共通認識を持った上で時間を決めて、無言のまま建物の中へ足早に入っていった。


 初めてのラブホテルにはしゃぐ時間も、気持ちの余裕もなくて、深澪の背中を追って部屋に着いてすぐ、


「っは、ぁ…天海…」

「んぅっ…深澪…」


 扉が閉まるのと同時に、惹かれ合うように首の後ろに腕を回して、相手は腰を抱き寄せてキスを交わしていた。


 熱い吐息をまとった体の一部を絡ませて、甘くとろける精力を存分に味わう。


 気分は留まることなく高揚していって、今にも砕けそうだった腰に回っていた腕に力がこもって、ふわりと持ち上げられて足が浮いた。


 今一番行きたい場所へ移動する間も顔はひっつけて体も離さないで、柔らかなシーツの上へと降ろされた時だけ一瞬離れた体温に寂しさを沸きあがらせてまた服越しにふたりの温度を密着させた。


「天海……っは…いつもの、言って」

「い、いつもの…」


 最高潮に興奮した気持ちを抑えきれない様子で、息を荒くした深澪にお願いされて…なんのことか理解できた脳裏には、すっかり慣らされた言葉が浮かぶ。


「あ……み、深澪」

「うん、なに?」

「精…力、ください…」


 恥じらいを持って伝えたお願いに、深澪の口角が満足げに…そして意地悪につり上がった。


「どうやって…?」


 ここにきて焦らしてくることにもゾクゾクとした感覚が駆け抜けて、


「セックス…してください……っ」


 必死すぎて上擦った懇願をしたわたしに、深澪はこれ以上ないくらい欲情の香りを漂わせて唇を奪った。


 そこからはもう、訳が分からないくらいに。


「好き……すき、深澪…だいすき」

「はぁー…あたしも好きだ、くらら……愛してる」

「精力ちょうだい…?お願い、もっと…」

「あぁもう、全部食べて…食べさせて」

「うん…っ」


 無我夢中で貪り食らって、食べられて。


 ショートタイムの二時間なんて今のわたし達に足りるわけもない短い時間だったけど、


「あー…くそ。帰りたくない…」

「そろそろ着替えなきゃ…あんこさんも待ってるから帰らないと」

「無理……あぁー、無理だ。またセックスできない日々に戻るなんてむりすぎる…くそぅ…」

「また来よ?ね、今度はもっとゆっくり…時間ある時にたくさんしようよ」

「はぁ。…そうだね、帰るか」

「うん!」


 無事に初体験は終えることができて、あんこさんのためにも早く帰ろうと名残惜しくもラブホテルを出た。


 そして喜んでいいのか、悔しがったらいいのか…初セックスを終えてからは、今までの災難が嘘だったみたいに邪魔が入ることも少なくなって、


「天海…セックスしたい」

「…う、うん!もちろん」


 まだまだ慣れなくて、頻度もそんなに多くはないけど…少しずつ、家でも交われるようになった。

























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