第26話「未熟サキュバス、秋します」



































 夏もすっかり過ぎて、秋。


 日本の四季は本当に移ろうのが綺麗で、だけどすぐに終わっちゃうから儚くて……その中でも秋は特に、一瞬で過ぎ去ってしまう季節らしい。


 そんな貴重な秋を初めて経験するのもあって、せっかくならわたしに楽しんでもらいたいと、紅葉を見に行く目的で温泉旅行を深澪が計画してくれた。


 今回は残念ながらあんこさんは連れていけないから、さとりさんに面倒を見てもらえることになって、だからふたりはお留守番である。…お土産たくさん買っていこ。


 最近にしては珍しい貴重なふたり時間も堪能するため、深澪が借りてくれたレンタカーに乗って目的の地へと向かった。


「わ、すごい……赤、黄、橙がたくさん!」


 道路を進んでいくと途中から景色が色鮮やかな暖色系の木々の葉一色に空が覆われて染まって、奥にある青色とのコントラストが鮮やかで車内から魅了されて、窓の外をまじまじ見上げた。


 まるで紅葉のトンネルを進んでるみたいで、ワクワクした気持ちを抑えきれずに窓に頬を貼り付ける勢いで外の景色を覗き込む。


「ははっ…そこまでしなくても、窓開けるよ」

「わっ…!」


 頬をくっつけていた窓がひとりでに動いて、下へと消えていったことに驚いて顔を離した。…どうなってるんだろ。魔法?


 

「あ……きもちいい…」

「なに、ムラムラしてんの?」

「ちがうよ!…風がきもちいいなって」


 入り込んでいた肌寒いような、けどちょうどいい心地よさの風に目を閉じて、顔全体で秋の空気を感じる。


 秋って…気持ちいい。


 …もちろん性的な意味じゃなくて。


 冬より寒くなくて、夏より熱くない…カラカラもジメジメもしてない程よい感じが気に入って、今のところ季節の中で一番好きかもしれない。夏は地獄並みに灼熱で、冬は極寒だから。


「…そろそろ着くよ」

「どこに?」

「食欲の秋、堪能できるところ」


 そう言われても…分からないや。


 でも、着いてすぐに理解した。


「ようかんにおはぎに…うどん……抹茶まで!すごい、和尽くしだ…!」

「紅葉見ながら食べられるところなんだ。…気に入ってくれた?」

「うん!これは気に入らないわけないよ…!ありがとう」

「よかった。…どれ食べる?」

「この白い金玉が入ってるやつと、にゅるにゅるした透明な精子みたいなやつ!」

「うん、白玉ぜんざいと心太ね。…わざとやってるでしょ、もう」

「へへへ……治らないからこの際、開き直っちゃおうかなって」

「治さなくてもいいから開き直るのだけはやめておきなさい。まったく…」

「ごめんなさい…」


 いつも通りな会話を済ませて、紅葉が目の前に広がる席で注文した料理を待つ。…ちなみに主食のうどんと飲み物の抹茶も頼んでおいた。


 会話を楽しみながら景色も楽しみつつ、運ばれてきた料理も楽しんで……ん、ところてんはぬるぬるしててえっち。なんてことを考えながら、楽しいばかりの食事の一時は終えた。


 小腹を満たした後は色んな観光地や、現地の市立美術館なんかも巡って、


「おれこっちいく!」

「あたしあっちいきたい!」

「こ、こら。走らないでぇ、お願いだから…静かにしてて…」

「…元気でいいですね」

「え?」

「でも…お母さんを困らせるのは良くないな。…しーっだよ、君たち」

「わ…お兄さんかっこいいね!」

「おれのがかっこいいもん」

「お姉さんです。ここでは静かにできるかな?」

「わかった!」

「おれのがかっこいいし…」

「うん。いい子だね、これあげる。君もかっこいいからあげるよ」

「あ、そ、そんな…申し訳ないです」

「こんなものでよければ貰ってください」

「ありがとうございます…すみません、本当にすみません。…ほら、あんた達もお礼して」


 こんな感じで、深澪はいつも持ち歩いてる指人形やら小さなくまのぬいぐるみなんかの子供向けおもちゃを使って、相変わらず人助けをしていた。


 背が高いのにわざわざ膝をついてまで子供たちに目線を合わせる深澪を見て…本当にこの人は優しくて素敵な人なんだなと改めてじんわり好きな気持ちを膨らませた。


 ふふ…かっこいい。


 こんなの惚れ直しちゃうな、なんてドキドキしてその後も美術館を巡って、たまに下のモノにしか見えないものに大はしゃぎで反応して車に戻った途端に、


「天海…キスさせて」


 座席ごと器用に押し倒されて、突然のことに体を硬直させる。な、なんで急に…


 あ…すっごい、濃厚な……


 車内は噎せ返るくらいの欲情の香りで満たされていて、すぐに深澪がものすごいムラムラを溜めてることだけは理解できた。


「み、み…深澪、待って…ここ外から見えちゃ」

「今すぐここでセックスしたくないから頼んでんの。…お願い、あたしの精力吸い取って、落ち着かせて」

「でも」

「ごめん」


 もうむり、と言わんばかりに唇を奪われて、何度か軽く感触を確かめられた後でいつもより温度の高いそれが侵入してくる。


 や…やだ、今日……濃くて、多い。


 容赦なく口内をまさぐられて、息をする余裕もなく流し込まれる精力をコクン、と何度も喉を動かして飲み込んだ。


 思考もとろけきって何も考えられなくなった頃に唇は離されて、何かを話しかけられたけど答えることもできないまま、気が付けば車は発進していた。


 突然襲い掛かってきた強すぎる刺激と興奮に耐えきれなかった体は疲弊して、脳はショートするようにプツンと途切れてほぼ気絶な睡眠から目覚めた時にはもう、泊まるらしい宿に到着済みで。


「抱かせて、天海」


 お姫様抱っこで運ばれていた、やたら広い天然の露天風呂付きの和室に感動する時間なんて与えられずに、起きて早々に床の上へと押し倒された。


「我慢できない…ごめん、してもいい?」


 寝起きすぎて何が起きてるのか分からないわたしの服を脱がそうと手をかけて、余裕のない声と言葉のわりに窺う仕草で頬に軽くキスをする。


「お前、今日ずっと…いつもよりえろい匂いする」

「え……な、なんでだろ…」

「分かんない。…けど、けっこうやばい」


 するり、とお腹に当てられる形で裾が持ち上げられたことにも、耳元で掠れたハスキーな声で囁かれたことにも恥ずかしさを覚えて、目をぱちくりさせながら息を止めた。


 深澪……今、すごくムラムラしてる。


 匂いで感じなくても分かっちゃうくらいには体温の高い手の温度に、つられてこっちまで体を熱くする。


 興奮しすぎてて、一周回ってつらそう。…大丈夫かな?


「す、少し…精力吸う?しんどくない…?」

「…しんどい。だから…全部貰って」

「も…もちろん。…ちょうだい?」

 

 顔を覗きこんで言ったら、目が合う前にキスされて、緊張しながらもそれを受け入れるため瞼を下ろした。


 濃く甘い香りと味が広がる時間が続く。


 ふたりの間に空間はほとんど空いてなくて、服越しにぴったりとくっつき合った体勢でお互い背中やうなじに手を回して、相手の存在を感じるためにさらに距離を縮めようと全身に力を込めた。


 つ、ついに…セックスしちゃう、触られちゃう。


 なんだかんだ最後までは致せてなかった行為に、期待で胸がはちきれんばかりに膨らんだ。


「好きだ…好きだよ、天海」

「わたしも、好き。大好き、深澪…」

「あぁもう……かわいい…」


 気分は最高潮に盛り上がって、今にも服を脱がされそうだった雰囲気の中。


「にゃあ」


 と、聞き慣れない幼い鳴き声がふたりの邪魔をした。


「ニャ?」

「にゃ?…ってなんだ」

「え?」


 いつの間に、いたんだろ。


 深澪とほぼ同時に横を見れば、多分…十歳くらいの黒髪ショートヘアの女の子がわたし達を見てクリクリな猫目をキョトンとさせて小首を傾げていた。


「え。誰だお前」

「にゃ!」

「もしかして……」


 そもそもきっと声帯が違うから、発声の仕方も声の質も違ったけど、この感じ…まさか。


「あんこさん?」

「にゃあ!」


 思い浮かんだ名前を呼んだらそのまさかで大正解だったらしく、深澪の体を押し退けて女の子⸺の姿をしたあんこさんが抱きついてきた。


 な、なんで人間の姿…?


 というか、そもそもなんで……


「ごめん、ふたりの邪魔するつもりはなかったんだけど」


 聞き慣れた、申し訳なさそうな声が聞こえて、部屋の入り口の方を向く。


「あんこのストレス行動がひどくて……飯も食わないから連れてきちゃったんだ」


 そこには困り果てて頭の後ろをかいてるさとりさんが立っていて、なんとなく事情を察する。…あんこさんは寂しがりだもんね。


 普段、わたし達ふたりがいない日なんてなかったから…もしかしたら捨てられちゃったって不安に思っちゃったのかな?


「そうみたい。…何度もすぐ帰ってくるよ、大丈夫だよって説明したんだけど、泣いて聞かなくて……ついには肌を噛んだり毛を毟りだしたから、これはまずいかなって」

「あー……そっか。それは仕方ないな」

「ごめんね、あんこさん」

「…にゃ」


 わたしの上で丸まるみたいにしがみついていたあんこさんの黒髪を撫でたら、甘えた動作で胸元にスリスリと頬を寄せていて……可愛いと思うのと一緒に申し訳なくも思う。


「だけど…なんで人間の姿してんだ?」

「ペット禁止だろうから、私の力で擬態させた。勝手なことしてごめん。解除はいつでもできるから安心して」

「そういうことね。全然いいよ、今回ばかりはほんとに仕方ない。…ごめんな、あんこ」

「にゃ…」


 深澪が謝りながら頭を撫でたら、あんこさんは少しだけ嫌そうな顔をしてた。…すぐ顔に出るタイプなんだ、かわいい。


 ちなみにどうやってさとりさんがあんこを連れてここまで来たかというと、


「長く生きてれば車くらい運転できるよ」


 急遽、レンタカーを借りてかっ飛ばしてきたらしい。まさかの文明の力。


 部屋まで来れたのは企業秘密って言って教えてくれなかった。……底知れなくて恐ろしい。


 そして決まって、いつもの流れで結局は三人と一匹…じゃなくて今日は四人で部屋の貸し切り露天風呂に入ることになって、


「お………お、お…おち、お…ち」


 タオルを身体に巻いて裸を意地でも見せないわたしと違って服を脱いだ…何もまとってない無防備なさとりさんの裸を見て、は全身の血の気が引く感覚に襲われた。


 え?で、でも…女の人、だよね?


 混乱した頭で胸元を見ればちゃんとわたしより豊満な脂肪の塊があって、こんがらがった思考でまた視線を落とす。


 やっぱり…ある。見覚えもある。


 あれは…


 か、下半身についてるあの形状は…


「おちんち○だ…!」


 いつもみたいにはしゃいだ感じじゃなくて、怯えきった悲鳴声で股間めがけて指を指したら、さとりさんはその動きにつられて下に目を向けたあとで「あぁ」と思い出したかのように口を開いた。


「言ってなかったね。私は両性具有なんだ」


 なんでもない感じで説明を受けたけど、とても現実と目の前のおちん○んを受け入れられる気がしなくて、見ていられなくて目元を手で覆う。


 …でもちょっと気になる。


 指の隙間から見てみれば、今まで見たことあるどのインキュバスのものよりも……け、けっこう立派で、興奮してない通常時のサイズであれは、インキュバス界でもなかなか見ない。


 …さとりさん相手だからかな?思ってたよりも怖くなくて、前よりもテンパらないや。


 とにかく、すごい…うん、何がとは言わないけどすごく凄い。


「そ、そんなにかな…?変?」

「いえ!形、色、太さ、長さ、ズル剥け共に完璧です!あとは勃ちの良さと角度と硬さだけ…」

「しっかり見てんじゃねえよ。あと冷静な分析やめろバカ」


 親指を立てて褒め称えたら、深澪に頭の後ろをペシリと叩かれてしまった。…ちょっと痛い。


「ったく……お前も頼むから隠してよ、それ。天海にもあんこにも悪影響だから」

「そうだね、ごめん。…タオル借りるね」

「あぁっ、そんな!せっかくの貴重なおちん○ん観察タイムが…!」

「あたしそろそろ怒りそうです、天海さん」

「ご、ごめんなさい…」


 にっこり笑顔で告げられて、ほんとに激昂一歩手前なのを察して即座に観察タイムを終了させた。


 気を取り直して四人、暗くなってきた空を見上げながら露天風呂の湯に浸かる。…四人だと、さすがにちょっと狭かった。


「ふぁ~……温泉って、きもちいいねぇ」

「にゃ!」

「んふふ。あんこさんとも一緒に入れてうれしい」


 猫の姿だったら無理だったもんね。


 ありがたく普段はできない体験を堪能しつつ、幼い姿を見て微笑ましく思う。


「秋に温泉…風流だね」

「あーあ。これじゃあ、“よくじょう”の秋だよ…」

「うーん、“欲情”と“浴場”を掛けたか。うまいね」

「でしょ?お前もなんかうまいこと言えよ」

「んー……それなら私は、朱色に囲まれて気分がいいから…“こうよう”の秋かな」

「気分の“高揚”と“紅葉”か…こりゃ一本取られたな」


 深澪とさとりさんのふたりも、何やら親しげに会話を交わしていた。


 …みんなで過ごせるの、ほんと楽しいけど。


 多分この時、わたしと深澪の心の声は見事なまでに一致してたと思う。


 ⸺そろそろ、セックスしたいな…


 誰にも邪魔されない空間で、ふたりきり。


 最後の最後まで…愛し合いたい。


 それが叶う日は、果たしてくるのかな。


「はぁ…」

「先が思いやられるな…」


 ふたり同時に、参った吐息を吐き出した。









 

 





 







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