第24話「未熟サキュバス、復讐しません」
想像もしてなかった光景を前に、絶句する。
みんな死んではないみたいだけど…ほとんど瀕死状態な倒れ込んだサキュバス達の山と、その頂点にニコニコ笑顔でヤンキー座りするさとりさんを見上げて、なんて声をかけたらいいのか分からなくて戸惑った。
さとりさんは、こんなことする人じゃないと思ってたのに……
「あらま。失望させちゃったかな」
また、わたしの心の中を読んだみたいに呟いたその人物はサキュバスの山の上から軽々飛び降りて着地する。
同じ目線に立って、やっと気付く。
さとりさんの頭には尖った耳がぴょこぴょこ動いてて、頬には髭みたいな赤い横線が三本入ってて、瞳も瞳孔が縦線になっていて、背中には九本の金色のふさふさがふわふわ揺れていた。
そのフォルムは、まさに……
「狐さんだ…!」
猫さんとはまた違った愛らしさを持つその見た目に、こんな時だというのに思わず感極まってはしゃいだ声を出してしまった。
そんなわたしの反応を目の前にしたさとりさんは驚いて瞳をクリクリさせた後で、喉をカラカラ鳴らして苦笑した。
「君ってほんと、面白いね」
呆れたわけではない、むしろ嬉しそうな声で呟いてわたしの前まで静かに歩み寄ってくる。
「だから気に入っちゃった、君のこと」
「え…」
「天海に触るな」
唸るような威嚇する声を出して、伸びてきた手を弾くように叩いて、深澪の腕がわたしの体を抱き寄せて包んだ。
さとりさんは肩を竦ませて「残念」とだけ呟いてまたサキュバス達の山の方へ向かったと思ったら…物を扱うのと一緒な感じで倒れたひとりの脇腹を足の先でつついた。
「…私も、君に気に入られたくてさ」
「うっ…ぐ…」
足先で弄んだ後は、容赦なく背中を踏みつけて…こちらを見て、笑う。
「君をバカにしたやつ全員、懲らしめておいたよ」
まるで、それが本当に喜ばれると思っているみたいに、無邪気な笑顔を浮かべていた。
…こわい。
見た目以上に、底知れない中身の方に恐怖して心を震え上がらせる。彼女は…人間ともサキュバスともまた違った独特の空気感を放ってて、それにまた怯えた。
言動や行動の全てに悪意が含まれてない、純粋な好意だというのに、怖い。
それに、わたしのせいで同族がこんなにもひどい目に…その事には罪の意識を抱く。
「……別に、君のためだけじゃないよ」
罪悪感に駆られたわたしに、拗ねた顔を伏せて彼女は口を開いた。
「ただ私が、許せなかったんだ」
「ぅう……あ、ゆる…して」
背中を踏みつけていたサキュバスの髪を雑に掴んで、持ち上げる。サキュバスは苦しそうに、痛そうに顔を歪めてさとりさんの腕を掴んで抵抗しようとしたけど…それも無意味に終わっていた。
痛々しい光景を見ていられなくて、顔を逸らす。
「…ほら、お前。言ってみろよ」
「ぁ、あ…な、なにを…」
「今までくららちゃんに、どんな言葉をぶつけてきたんだ?言ってみろ」
何をさせようと…してるの?
逸らした顔は、気になってすぐ戻してしまった。
顎を強めに掴まれたサキュバスは……よく見たらラブホの前で会ったあの年下の子だった。…あの子も招集をかけられて戻ってきてたんだ。そうじゃなければここには居ないはず。
「早く言え」
さらに髪を掴み上げて、痛みにしかめた顔をどんな感情を持って見たらいいのか……ただただ混乱して言葉と思考を失う。
ガクガクと震えた唇を薄く開いて「許して…」と小さな声を出したその子の髪をより強く上に引っ張って、さとりさんは静かに「違うよね」と低い声を出す。
恐怖に支配された体は大量の涙を流させて、顔を引きつらせたそのサキュバスの口から、
「ぽ、ポンコツって…言いました」
今までわたしに吐いてきた強い言葉が、今は弱々しく吐き出された。
「…それだけじゃないよね」
「は、は…はい……!サキュバスとして恥ずかしいって…雑魚はさっさと死ね、処女は生きる価値ないって言いました!許してください…!もう言いません!私が悪かったです!」
「……なんで私が、こんな目に遭わなきゃいけないのよ」
ぽつり、と。
さとりさんが普段言わないような口調で呟く。
「あのポンコツのせいで…ふざけんな。それに悪いのは私じゃない、みんな言ってたじゃん。なんで私だけ謝らなきゃいけないの?…絶対許さない、こいつが居なくなったら全員で協力して殺してやる」
「え……え…?な、なんで…私の考えてること…」
「…くららちゃんが殺されるくらいなら、今すぐ私がお前らを殺してもいいね」
「ひっ………や、やだ!お許し、お許しください…どうか…!」
「謝る相手が違うよ」
無理やりわたしの方へと向けられた涙で濡れた顔を、もう頭の中が真っ白になって何も考えられない状態で呆然と眺めた。
「くららちゃんに謝って」
「す、すみません…すみませんでした!」
「…本心じゃないね、もう一回」
謝ったのに頬をバチンと叩いて、さとりさんは何食わない顔で続けさせる。
止めたいのに…怖くて、体が動かせない。声が出ない。
「すみません!」
「もう一回」
「ごめんなさい…!」
「もう一回」
「っも、もう許して…!」
「もう一回」
「許してください!お願いします!」
何度も何度も。謝るたびに叩かれたサキュバスは気が付けば土下座の体勢を取って、縋るように金切り声の謝罪の言葉を口にした。
他のサキュバス達もそれを見て慌てたように全員が全員、山を崩して床に手と足をつく。
みんながわたしに向かって頭を向けるというその異様な光景の前で、さとりさんはひとり満足げに頷いて満面の笑みを浮かべた。
「うん、これで私の気は治まった。…あとは、くららちゃんだけだね」
「わ、わたし…だけって…」
「どうする?許してあげる?」
そんなこと、聞かれたって…
「ゆ、許すも何も……わたしが、ポンコツなのが…悪いから、みんなは何も…悪く、ないよ…?」
心から思うことを伝えたら、どうしてか呆れたようなため息をつかれた。
「君って、ほんとに謙虚だね」
やれやれ、といった様子で言葉を続ける。
「私からすれば、サキュバスなんて下級悪魔…みんな雑魚もいいとこだよ。ちょっと男の扱いが上手いくらいで、くららちゃんを馬鹿にできるなんて思わないでほしいな。…そうそう、どんぐりの背くらべってやつ。やっぱり君は賢いね。……むしろ、くららちゃんはこの中の誰よりも心が強くて綺麗で…とてもじゃないけどポンコツとは思えないよ」
褒められてるのは嬉しいけど、今は反応に困る。
「…だからこそ、そんな君を傷付けたこいつらを私は許せない。今すぐにだって殺してもいい。こいつらも自分達で雑魚は死んでいいって言ってたから…何も問題ないよね?」
「っそ、そんなのだめ!」
「いいぞ、もっとやれ!」
「え!深澪!?何言ってるの!?」
殺意を抱かせたさとりさんを見て、わたしと深澪のそれぞれ違う言葉を放った声が重なって、驚いて隣を見上げた。
「正直、あたしもムカついてたんだよ。天海がバカにされ続けてんのは」
「……君とは気が合いそうだね、人間にしては珍しい」
ふたりの間に親しげな空気が流れる。
え。ちょっと待って……さとりさん、深澪のこと気に入っちゃった…?のかな。
そんなの、やだ。
「え…ず、ずるい!わたしが先にお友達になりたかったのに!」
「この状況で呑気にそれを言えちゃうお前のメンタルどうなってんだよ」
「だ、だってまさかそっちと仲良くなっちゃうなんて……はっ、これはあれだ、寝取られってやつだ!NTRだ!」
「ちげえよ。あたしあいつと寝たくないよ、怖いよ。てか寝取る以前にまだ天海とすら寝れてないんだからやめてよ、そもそもNTRは趣味じゃないし…やだよ」
「っふふ、はは…」
いつもみたいな会話を交わし始めたわたしたちの姿に吹き出して笑って、笑いすぎて浮かんできた涙を指で拭ったさとりさんは、「はー…面白い」と本当に面白そうに声に出した。
「君たち、ほんと似た者同士だね」
「え。深澪とわたしが…?」
「うん。…そっちの人間は、本心を隠すのが上手みたいだけど。ふたりとも、嘘はつかないから」
「…そもそも、お前は何者なんだ?心を読める九尾なんて聞いたことないんだけど」
ようやく、ここに来て気になっていた質問を深澪が投げた。
その質問に、さとりさんは気さくに微笑む。
「九尾と覚の混血だよ」
「さとり…?」
「うん。妖怪の一種でね、最大の特徴は人間の心を読めることなんだ。凄いでしょ」
「あ……なるほど、だから…」
今までの発言にも納得がいって、同時にそんな珍しい種族も存在してるんだ…とまだまだ自分が無知なことを悟る。
深澪は「なんだその妖怪ハッピーセット、おもちゃでもついてくんの?」とよく分からない事を口にしていた。
「でもなんで、そんな凄そうな人がコンビニバイトを…?」
湧いて出たわたしの疑問にも、
「私は長寿で……長すぎる人生に飽き飽きしてたんだ。どうせ暇なら、色んな人間の心を読んで時間潰ししようと思ってね。コンビニはたくさん人が来るからちょうどいいんだ。あと個人的にあの店には恩があってね、恩返しの意味合いもある。なにより…昔は廃棄のお弁当貰えたから。けど今は貰えなくなっちゃった、残念」
最後の方は肩を竦ませて、困った風に答えてくれた。
「まぁそんなこんなで働いてたら……まさか、君みたいな素敵な子に出会えるなんて思わなかった」
「え、へへ…素敵な子だなんて」
「おい、恋人を前に口説いてんなよ。寝取らせないからな、NTRなんてごめんだからな!」
照れたわたしを守る仕草で抱き締めて、深澪が警戒したように睨みつける。
それを気に留めた様子もなく、さとりさんはただただにこやかに微笑んでいた。
「口説いたりなんてしないよ。…仮に付き合えたとしても、先に死ぬのは確実に相手だからね」
話の途中で、雰囲気が儚げなものへと変わる。
「大切な人に置いていかれるのは、もうゴメンなんだ」
だから、と言葉は続いた。
「これはただの老婆の気まぐれだよ。暇潰しにしか過ぎないから、安心して。色んな意味で脅かしてごめんね」
「老婆…?」
「さっきも言ったけど、九尾は長寿なんだ。私の齢はもう五百を超えてるね」
「おぉ…!不老不死ってやつだ!」
「不老でも不死でもないよ。いずれこの身も朽ちて亡くなるから。……人間から見れば、不老不死も同然だろうけどね」
笑ってるはずなのに寂しいその顔を見て、ひとりでずっと長い時を生きていくのはどんなに孤独なんだろう…と考えた。
サキュバスは基本的に短命で……セックスによる過度な感度の快感がもたらす負担に脳細胞が耐えきれず焼き切れて、その影響でどんなに長寿でも40代のうちに死んでしまうことが多い。早いと20代で死んじゃうサキュバスもいる。
きっと、その短命のサキュバスであるわたしが想像もつかないくらいに、辛かったんだと思う。
だから、そんなに悲しい顔をするんだ。
つられてわたしも寂しくなって泣きそうになっちゃったら、さとりさんの眉が垂れ下がって照れたように微笑まれる。
「こんな私にも同情してくれるなんて…君って最高に優しいね」
「同情なんて、そんな……」
「そんな君だから……せめて君が死ぬまでは、そばで友達として生きていたいな。…だめかな?」
窺うように聞かれて、不安な瞳が揺れ動く。
そんな瞳を向けられたら、わたしの心も揺れ動いてしまう。
この人は、同族のサキュバスを傷付けた人で…それがたとえわたしのためであっても許される行為ではなくて、きっとそばに置いちゃいけないような怖い人なんだって、頭では分かってる…けど。
だけど、この人は…
「…だめなわけ、ないよ」
人生で初めてできた、お友達だもん。
「死んじゃった後も…地獄でいっぱい遊ぼうね」
理屈じゃ説明できない心に従って笑いかけたら、相手の瞳に光と涙が宿った。
その涙を隠すみたいに、目を閉じて苦笑して喉を鳴らす。
「っはは、そこは天国じゃないんだ」
「天国もいいけど、地獄も素敵なところなんだよ?ものすごい灼熱でね、鬼さんは怖い顔だけど優しいの。観光案内もしてもらえるよ!それになんと…あの閻魔様と握手できちゃいます!不定期で握手会が行われるの!」
「へぇ……それは興味深い。私にも知らないことがあるなんて…君は博識だね。今から死ぬのが楽しみになっちゃった」
「うん!だから死んだらみんなで地獄温泉巡りしようね…!」
「温泉いいね。大好きだよ」
「あーあ…天海と地獄に落ちるのはあたしだけだと思ってたのに。寝取られちゃったよ」
わたし達の会話を聞いて、深澪が分かりやすく肩を落とした。
「3Pってやつだ…!」
「ふざけんな。絶対に嫌だからな、あたしは!」
「私は大歓迎」
「そんなのは許さん!九尾とかもう関係ない、ボッコボコにしてやる」
「ふは。この私にそんなこと言える人間、君くらいだよ。……あ、そうだ」
会話の途中で、思い出したようにさとりさんは下を向く。
「こいつらは、どうする?」
すっかり存在を忘れていたサキュバス達は、指を差されただけで怯えて震え上がっていた。
困り果てて、眉を垂らしながら首を横に振る。
「復讐しなくていいの?…一発くらいぶん殴ってもいいと思うけど」
「ううん。みんなは悪くないから」
眉を垂らしたまま、明るく笑った。
「復讐なんて、しないよ」
そんなこと、必要もないもんね。
むしろわたしのせいで迷惑をかけたのが心苦しくて、謝ろうとしたら「お前は悪くないんだから謝る必要ない」とふたりに止められてしまった。
結局、どうしてもまだ許せなかったらしいさとりさんによって、今後…たとえ心の中だけでもわたしのことをバカにしたら殺してやると脅されたサキュバス達に改めて心からの謝罪を受けた。
やりすぎな気もしちゃうわたしと違って、深澪は溜飲を下げたみたいで気分を良くしていた。
こうして、わたしに人生初のお友達ができて……無事に、他のサキュバス達も恐怖支配の元だし、別に望んではなかったけど…とりあえずは謝罪の言葉を貰えた。
ちなみに今回、派手に暴れてしまったさとりさんはサキュバス界を永久追放…いわゆる出禁という処分が食らって、色んなサキュバスから「そもそも部外者なのに口出さないで…」と遠回しに文句を言われてたんだけど、
「人間や悪魔の常識なんて私に関係ない。私は自分の好きに生きるだけ。たとえ部外者でも私が嫌だったら口を出すよ。…利己的だって?自分勝手で何が悪いの。君たちは人の人生ややり方に口を出せるほど立派で完璧で崇高な生き物なの?元を辿れば誰しも自己中心的なんだから、文句を言われる筋合いはないね」
と、見事なまでに自分を生きていた。
さすがに暴力は良くないな…と思ったけど、それさえも自由と言われてしまったら、人間界と違って法も何もないこの世界では何も言い返せない。
ただ、今後は手荒な真似はしないと約束してくれた。今回はたまたま、「奴らの言い分にあまりに腹が立ったからやっただけ」らしい。いつもならやらなかったとか。
…わたしがここに来る前にけっこう、開き直って「あのポンコツが生きてるのが悪い」とか言ってたみたい。
そもそもあんな風になった経緯は、はじめはただわたしに謝ってほしいと話し合いで解決するためお願いしていただけなのに、サキュバス側がそれを拒否してバカにし続けたから…いよいよ堪忍袋の緒が切れて……という流れで、うーんなんとも難しい。
どっちが悪いとか、悪くないとか…そういうのはよく分からないけど。
わたしはとりあえず、たとえこの選択が間違ってたとしても…やり方はどうであれわたしのために動いてくれた心優しい彼女と仲良くなりたいなって、単純な思考でそう思った。
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