第22話「未熟サキュバス、お友達ができます…?」
血迷っていたわたしを助けてくれた猫さん…
「あんこさん、ご飯だよ」
改め、尻尾が2本もある不思議な黒猫のあんこさんを新たにおうちに迎えて、また平穏な日々が戻ってきた。
あの日以降、深澪と色んなことを話し合って…わたしはガールズバーで働くのはやめて、近所のコンビニでバイトを始めることになった。
今日はその出勤日初日である。
朝に自分達とあんこさんの朝食を用意して食べた後は、お仕事だから無難に白シャツに黒のズボンという格好に着替えて、髪を後ろで一本にまとめる。
「…忘れ物はない?メモは持った?」
「うん!持った!」
「不安なことはない?送っていこっか」
「ない!大丈夫、ひとりで行けるよ!すぐそこだもん」
「何かあったらすぐ連絡するんだよ、分かった?」
「わかった!」
相変わらず心配性な深澪に玄関先で朝から何回も聞かれてる質問に答えていって、
「いってらっしゃい」
「うん、いってきます!…あんこさんも、いってくるね。お留守番しててね」
「ニャア」
深澪とは軽いハグを交わして、あんこさんにも挨拶をして頭を撫でてから、家を出た。
コンビニまでは徒歩五分もかからなくて、買い物するのにもよく利用するところだから初日とはいえ迷うことなく辿り着いた。
レジに行って店員さんに声をかけたら事務所の方まで案内してくれて、店長さんから簡単な説明とちょっとした座学を受ける。あとは契約書類なんかを渡された。
それが終わると今度は店内へと移動して、案内がてら裏の倉庫含めぐるりと一周回る。
そして、いよいよレジに立つ……前に、また事務所に戻って店長さんとマンツーマンでの接客の指導を受けた。
「…うん、いい感じだね。基本は今伝えた言葉を使って、後は流れで臨機応変にやってくれればいいからね」
「はい!」
「それじゃあ、レジに行こうか」
かなり丁寧に教えてもらえたおかげで、お店に立つ前から少し自信がついた。…ちなみに店長さんは60代半ばの穏やかな初老の男性である。
すでに一時間は経過した頃、ようやくレジに立つことになった。
「これ、レジ機ね。バーコードを読み取れる機械だよ、お金もこの中に入ってるから」
「おぉ…!これが、あの…」
いつも店員さんがピッピしてた機械を目の前に、感激の声を上げる。
「試しに練習してみるかい、まずは…」
そう言って、店長さんは数字の書かれたボタンなんかの説明や使い方を伝えてくれた。
実際に商品のバーコードを打ってみたり、出てきた金額と貰ったお金を想定しておつりを取り出してみたりと、都度メモを取りながら教わる。
…店員さんって、みんな暗算が得意なんだと思ってたけどこの機械が自動で計算してくれるんだ。便利。
自動計算なんて思いもしてなかったけど、どのみち算数くらいなら暗算は得意で、サキュバス界でそろばんも習ってたから仮に自動計算でなくとも問題はなかった。
その日は途中まで店長さんが隣に立って付きっきりで見てくれて、途中からは先にレジにいた20代前半くらいの女性が代わりに指導についてくれた。
「天海くららです!本日はよろしくお願い申し上げます」
「いいよいいよ、そんな堅苦しい感じじゃなくて…私は
気さくな仕草で手を差し出してくれた女性⸺さとりさんは、美人揃いなサキュバスでも見た事ないくらい整ったクール顔の美人さんで、色白で、金色の髪を雑に後ろで束ねた感じで…ピアスもたくさん開いている、いわゆるヤンキーみたいな見た目の人だった。
…ちょっと怖い。
でも仲良しにはなりたいから、手を握って握手を交わした。
「…私のこと、こわい?」
おずおずと手を出したわたしを、どこか見透かしたような瞳で見つめて聞いてきたさとりさんに、どう返したらいいか迷ったあとで、
「……ちょっと、怖いです」
正直に答えた。
どうしてか、さとりさんの目が嬉しそうに細まる。
「…君は、正直者だね。気に入った」
急に褒められて、照れる。
「え、へへ…」
「困り事があったら言ってよ。私が助けてあげる」
「…はい!ありがとうございます」
怖そうな外見とは違って、どこまでも慈愛に満ちた声で話しかけてくれて、さらに照れた。
…そういえば、人は見た目で判断しちゃいけないって聞いたことがある。
これがそういうことかと、ひとり納得して初日はさとりさんに仕事を教わりながら、ひとつひとつの作業を覚えていった。
「連絡先、教えて。くららちゃん」
「はい!もちろんです…!」
帰りの時間が同じだったから一緒に事務所へ戻ったら、嬉しいことに向こうから連絡先を聞いてもらえてテンションは上がる。…これは、仲良しになるチャンス。
は、初めてのお友達ができちゃうかも…!
慣れない操作で連絡先を交換して、その日は無事に帰宅できた。
「どうだった?初出勤」
「覚えることたくさんで楽しかった!あと、連絡先交換してきた」
「………誰と」
「さとりさん!」
「女の人?」
「うん!」
「それならまぁ…いっか」
帰ってから深澪に報告したら、一瞬心配そうな顔をされたものの最後には笑って許してくれた。
そこから週に3日、朝から昼間か、昼間から夕方の4時間だけコンビニで働く日々が続いて……それが意外と、大変だった。
「いらっしゃいませ!」
「うるせえ!急いでんだからさっさとしろよ」
「ひっ……も、申し訳ございません」
こんな感じでいきなり怒る人もたまにいたり、
「ちょっとこれ!あっためてないじゃない!」
「え?さっき温めはいらないって…」
「なに!?私が悪いって言うの!?いいからあっためてよ!箸もつけて!」
「は、はい…!ただいまご用意いたします!」
自分の言ったことをすぐ忘れちゃう人がいたり、
「君かわいいねぇ~…何歳なの?」
「あ…18歳です」
「若いねぇ、いいねぇ~…こんなとこで働くよりもお金渡すからさ……どう?」
「ど、どう?とは…」
「言わなくても分かるだろ~?」
真っ昼間から明らかな欲情の香りをまとって話しかけてくる人がいたり、
「タバコ!」
「はい!番号をお伝えいただければ…」
「だから、タバコ!いつも吸ってるやつ!」
「えぇ…?」
「……46番か。これだよ、くららちゃん」
「あっ…ありがとうございます」
本当に色んな人がいるんだ…と毎日が驚きの連続で、人間は誰ひとりとして同じじゃないんだってことも学んだ。…そして深澪はびっくりするほど優しい人だったんだってことも。
さとりさんがいる時はさり気なくフォローしてもらえて、そのおかげでなんとか毎勤務乗り切ることができていた。さとりさんがいない日も、店長さんや一緒に働く人がみんないい人で助かった。
一ヶ月も経つとレジだけじゃなくて少しずつ他の業務も増えてきて、そのタスクの多さと立ち仕事なのも相まって帰る頃にはいつもクタクタで…お夕飯を手抜きしてお弁当を買って帰っちゃうこともたまにあった。
最近はお金の価値も分かってきて、コンビニの商品がどれも高いことや、それに比べて時給ってやつは安くて少ないことも知った。
バイト中こんなに働いても、出勤時間が短いわたしが月に貰えるのは数万円程度で、これはまさに“世知辛い世の中”ってやつだ。
それでも、自分が頑張った分だけ手に入るお金のありがたさは何物にも代え難い。
お仕事って…大変。
お金を稼ぐって、こんなにも厳しくて簡単じゃないんだってことを知って、今までお金は深澪にばかり出させて頼っちゃってたことを反省した。
…ガールズバーで働いた時に入ってきたお金はそのまま全部渡したけど、今まで出してもらったことを考えたらあんな金額じゃこれっぽっちも足りないよね。
深澪はこんな風に外に出て働くわけじゃないとはいえ、それでもきっと小説家は小説家で大変だ。締め切り前はいつも頭抱えて寝てない日もあるし…打ち合わせ?とかで苦手な外出もしてて、しょっちゅう電話でも長い時間をかけて気難しい話ばかりしてるみたいだから。
そう考えると、すごいな……彼女はこれを大学生の頃からだから、もう何年も続けてるんだ。
「深澪…」
「ん?」
「いつも、お仕事がんばってくれてありがとう…」
ご飯中にお礼を伝えて、ため息をつく。
深澪は、ほぼ毎日のように小説を書いて働いてくれてるっていうのに、わたしってば……
「ごめんね…深澪」
「なにが?」
「家事とバイト、両立できなくて…」
週の半分も働いてないっていうのに、情けない。
相変わらずのポンコツ具合にしょんぼり気分で謝ったら、深澪は眉をひそめて小首を傾げた。
「両立できてるじゃん」
「え?でも……今日もコンビニのお弁当…」
「たまにはいいんだよ。むしろよく頑張ってるよ、毎日トイレから水回りまできちんと掃除して…朝昼晩しっかりちゃんとご飯も用意してくれてるじゃん。他にも家事の全般こなして…凄いと思うよ?」
「そう…なのかな」
「そうだよ。だからそんな気にすんな。いつも家事ありがと。あたしももっと家事やるようにするね」
「うん…ありがとう」
ぽんぽんと頭に手を置かれて、まだちょっと自分の不甲斐なさに落ち込んでたけど、深澪の優しさのおかげで気分は少しばかり晴れた。
「今日は疲れただろうから、早めに寝な」
「うん、そうするね」
「後片付けはあたしやっとくよ」
「ありがとう。…あんこさん、一緒に寝る?」
「ニャア」
「ふふ、かわいい。いつも癒やしてくれてありがとう」
「ニャ!」
柔らかな毛質の背中を撫でて、ご飯を食べた後はお風呂も済ませてたから歯磨きだけしてあんこさんと寝室のベッドへと潜った。
…そういえば、なんだかんだ一度もセックスしてない。
バイトが始まったのもあって、夜は前より早く寝ちゃうようになったから最近…深澪とイチャイチャすらできてないな。
もっと、頑張らないと。こんなんじゃだめだめ…恋人としての役割も果たさなきゃいけないのにな。
そうして悩みは尽きないまま眠りに落ちて、その気持ちを引きずったまま出勤した次の日。
「……息抜きしてる?」
勤務中に突然、さとりさんからそんなことを聞かれた。
「息抜き…?」
「うん。頑張りすぎも良くないよ。なんかもっと気楽に…たまには遊んだら?」
「遊ぶ…」
わたしからは何も言ってないのに言われて、少し驚く。さとりさんはけっこう、こういうところがあるんだよね。
まるで心を読んでるみたいに、的確に突いてくるというか、なんというか……
「…勘がいいね」
「え?」
「そうだ、今日さ…このあと暇?」
「あ……はい。特に予定は何も…」
「じゃあ帰りにご飯でも行かない?上がる時間一緒だし」
お、これはもしや…仲良しのフラグなのでは?
人生初のお友達というものができちゃうのでは?
「もちろん!行きたいです!」
さとりさんからのお誘いに喜んで乗っかって、ワクワクしたわたしの心の内まで覗き込んだみたいにさとりさんはにんまりと嬉しい笑顔を浮かべた。
「君ってほんと、一致してて素晴らしいね」
「…なんの話ですか?」
「なかなかいないタイプだねって話」
「?」
よく分からないけど、褒められてるみたい。
さとりさん……不思議な人だな。
この人はなんだか掴みどころがなくて見た目はヤンキーでちょっと怖くて近寄りがたい雰囲気けど、心根は優しいのが伝わるから好き。いつも助けてもらっちゃってるのは、少し申し訳ないな。
「うーん…いいね、くららちゃん。すごく良い、気分がいい」
「ん…?どうして?」
「せっかくだから…家にお邪魔してもいいかな?」
「あ……それはちょっと、確認しないと」
「深澪さんね。確認して大丈夫なら行きたいな」
「はい!ぜひぜひ来てください。きっと深澪も許してくれるとおも……」
あれ。
わたし、深澪の名前…伝えたことあったっけ?
「ないよ」
「やっぱりそうですよね!びっくりしたぁ」
「…はは。君って、面白いね」
結局、仕事終わりに深澪に連絡してみたら「いいよ」と思いのほかすんなり了承してくれて、わたしはこの不思議なさとりさんを連れて家に帰ることにした。
おうちでたくさん話してもっと仲良くなって、初めてのお友達ができたらいいな。
そんな密かな期待を込めて、その日はるんるんで帰宅した。
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