第18話「未熟サキュバス、喧嘩します」
新しい家に来てから早くも一ヶ月。
人間界での生活もずいぶん慣れてきて、最近は少しずつひとりでの外出も許してもらえる日が増えた。
家事も拙いながらほとんど完璧にこなせるようになって、そのおかげか昼間に時間を持て余すことも増えてしまった。
ちなみに夜は、
「天海。今日こそセックスしたい」
「んん、うん…わたしもしたい、けど……眠いよ、深澪」
「…そっか。ごめんね、いつも夜遅くなって」
「へいき……セックスは明日しよ…?」
「わかった。…おやすみ」
こんな感じで睡魔に負けて寝ちゃう日々が続いてて、付き合ってもう三ヶ月近く経つというのに一度もちゃんと最後まで致せたことがない。致すどころか行為を始めることすらできてない。性欲は睡眠欲には勝てなかった。
そもそも女同士でセックスして、精力を貰えるの?っていう疑問は…
「子宮口に触れてくれれば、そこから吸い取れるんだって」
「へぇ……指でも?」
「うん。サキュバス界から取り寄せた本にそう書いてあった。…なんか、射精の要領で放出できるんだって。本人の強い意志で」
「そうなんだ。中出しみたいなもんか」
「そうそう。もしくは貝合わせでもいいみたい」
「それだけは絶対に嫌」
ってな感じで、あっさり解決した。
そして今日。
「いつも夜は寝ちゃうからさ……今、触らせて」
家事もひと通り終わって手の空いた瞬間を狙って、濃すぎるほどの匂いですぐ分かるくらいムラムラしてる深澪に押し倒されて、ソファの上で体を萎縮させた。
こ、こんな明るい時間に…
セックスは基本的に夜にするものだと思ってたから、日の光が部屋に差し込む真っ昼間からそういうことをするのはなんだか気が引ける。謎の罪悪感が心にじわじわと這い上がってきた。
「み、深澪…夜にしようよ」
「おあずけくらうのは、もうむり。我慢の限界」
「えぇ…?」
ど、どうしよう。
わたしが思ってたよりも深澪は我慢してたみたいで、がっしりと両腕を掴まれて頭の上で押さえつけられた。
「ほ…ほんとにするの?」
「ほんとにするよ。…付き合ってから、キスもあんま出来てないんだから。欲求不満なの、こっちは。てかなんでキスしようとすると逃げんの」
「だって…キスするの恥ずかしいんだもん」
「そういうとこ、かわいいけどさ……仮にもサキュバスなんでしょ?」
痛いところを突かれて、言葉を詰まらせた。
た、確かにわたしはサキュバスだけども……恥ずかしいものは恥ずかしい。それに、感じすぎちゃうのが怖いのもある。
何も言い返せずにいたら、意地悪に口角を片方だけつり上げた挑発的な顔が近付いてきた。
「サキュバスの本気見せてよ、天海」
そんなことを、言われてしまったら…
「い、いいよ?人間の深澪なんてヒイヒイ言わせちゃうんだから!」
「そう言ってくれると思ってた。…そんじゃ、さっそく」
単純なわたしはまんまと挑発に乗っちゃって、そんなわたしの顎を掴んだ深澪の笑みがさらに悪戯に深まる。
「遠慮なく、いただくとしますか」
サキュバスよりもサキュバスらしい言葉を吐いて、本当に唇を食べられた。
わ…っそ、そんないきなり。
心の準備が終わってなかったわたしの心臓は飛び跳ねて、食まれる動きに返すこともできずにされるがまま貪るようなキスを何度も落とされた。
柔らかい感触だけじゃなくて、甘い精力の香りも脳を刺激してくるから、そのせいで早くも目の前がクラクラしはじめる。
「っは、ぁう……み、深澪…待って、やっぱり」
「まだ軽いキスしただけだよ。…まさか、もうギブアップ?」
「ぎ、ぎぶ、んぅ…!」
観念した言葉を口から出す前に塞がれて、緊張しすぎて息が苦しくなったのを少しでも和らげたくて深澪の肩を軽く叩いた。し、しんじゃう。
「…言わせるわけないじゃん、まだまだこれからなんだから」
「ぁ、は……ゆ、許してくださ…」
「違うでしょ、天海。ほら、いつもみたいにお願いしてごらん?」
顎を持たれて、顔を上げさせられる。
それだけで、胸と体の奥がキュンキュンした。
いつも、みたいに……
その言葉が何を意味するのかすぐに理解した脳まで疼かせて、こういう時ばかりはサキュバスとしての才能を遺憾なく発揮する全神経が彼女を求めて動き出す。
「あ……う、深澪…」
「うん、なに?」
「せ、精力…ください」
「もっと具体的に言わないと分かんないよ」
意地悪な声と言葉にゾクゾクして、熱い吐息を漏らした。
肩に置いていた手を、ギュッと握る。
震えた唇を、薄く開く。
「き…キスして、ください……っ」
情けないくらいに切ない声で懇願したわたしにどこか満足げな表情を浮かべて、
「よく言えました」
そう言って頭を撫でた深澪に、浅く唇を奪われた。
「…天海。今日はキスだけじゃなくて、こっちでも味わえるよ」
下腹部に当てられた手が、その奥にある内蔵を意識させるみたいにグッと押してくる。
あ…そこ、は……
未知の感覚なはずなのに脳裏には鮮明に想像が広がって、その仕草ひとつで声にならない声が出て、頭の中が真っ白に染まった。
「え」
驚いた深澪の声を気にしてる余裕もなく、少しの間止まっていた呼吸を復活させて、荒れた吐息を繰り返す。
「あ、天海…今」
「っい、言っちゃやだ」
「……そういうとこは、ちゃんとサキュバスなんだね」
褒め言葉として受け取っていいのか分からないことを嬉しそうに笑って言ってきた深澪を、なんとなく憎らしい気持ちで眺めた。
価値観や生活習慣は人間みたいな性質のくせに、体はしっかりサキュバスな自分も憎たらしい。どうせならとことん人間か、サキュバス寄りであってほしかった。
グルグルと複雑な思考が回る。
…なんか、疲れた。
「このままじゃ、ヒイヒイ言うことになるのは天海になりそうだけど…大丈夫?」
「……だめ…もうすでに疲れちゃった」
「あー…そっか。じゃあ今日はやめとく?」
「…ちょっと休みたいな」
「うん。水持ってくるよ、休んでな」
体と脳の疲労に負けて、乗り気だった深澪には申し訳ないと思いつつ小休憩を挟ませてもらった。
ひとりになって、ふと。
いくらセックスを我慢させちゃってても嫌な顔ひとつしない、無理やりにすることもない、むしろ最後にはわたしの意見を尊重してくれる恋人相手に、わたし何してるんだろ。
天井を見つめながら、ぼんやり考える。
サキュバスである前に、恋人として。
セックスも満足にさせてあげられない今のわたしにできることって、なんだろ?
「ほら、飲みな。水………あ。電話だ」
「…電話?」
「うん。仕事の話してくるね、ごめん」
わたしに水を渡しに来たタイミングでスマホが音を鳴らして、それに反応した深澪がそそくさと部屋を出ていく。
その後ろ姿を目で追って、
「……そっか、仕事…」
今までなんで思い浮かばなかったんだろうってくらい選択肢にもなかったそれが、突如脳内に舞い降りてきてくれた。
人間界に来て、もうすぐ半年が経つ。
ひとりで出来ることもだいぶ増えてきて、そのおかげで手の余る時間も増えてきた。
お引っ越しで深澪はいつもより多めにお金を使ってたし、新居は今までよりも家賃?が高いって言ってた。つまりお金の負担が増えた時期でもある。
これは……やるしかないのでは?
「…お待たせ、電話終わったよ」
「深澪」
「ん?」
「わたし、バイトがしたい!」
仕事の電話を終えて隣へ戻ってきた深澪に、さっそくやる気満々な意思を伝えてみたら、
「だめに決まってるじゃん」
ものすごく冷めた声で却下された。
「で、でも……お金とか」
「いいよ、お金のことは。今のままでも充分に貯金はあるし…ちゃんとした収入もあるから。天海が働く必要ないよ」
「し、社会勉強の一環…」
「他にまだまだ学ぶことあるでしょ。はぁー…外で働かせるなんて心配すぎてむりだよ」
参ったように頭を抱えた深澪の姿に、自分の未熟さはそこまで心配させて、信用に値しないやつなんだと言われてる気がして……ちょっぴり傷付いた。
「わたし、そんなにポンコツかな…」
思わず心の内に秘めていたかった声が漏れる。
「ポンコツだよ、どう考えても」
別に「そんなことないよ」なんて言葉は待ってなかったけど、そうはっきり言われすぎるとカチン、とくる。
自覚があるから余計に、言い返せないことも重なってモヤモヤは増した。
「っ…そ、そもそも、深澪の許可なんていらないもん!」
立ち上がって怒鳴るみたいな声を出したら、深澪は目を見開いて驚いた表情をして顔を真っ赤にしたわたしのことを見上げた。
「わたしひとりでも、お仕事だってなんだってできるもん!」
「わ…分かったから、天海。落ち着いて」
「分かってない!わたしのこと、いつもいつもバカにして…!」
「ご、ごめんって。でも、仕事の話はもう少しちゃんと考えてから…」
「やだ!バイトする!ちゃんと考えてる!」
「駄々こねないでよ、もうー…」
「こねてない!深澪なんてだいきらい!」
激昂した感情のままにひどい言葉を投げつけて、怒りに身を任せて部屋を飛び出した。
悔しくて涙を溢れさせながら廊下を進んで、エレベーターのボタンを押して待つ。その間もずっと嗚咽をこぼして咽び泣いた。
確かにわたしはポンコツだけど……わたしなりに考えて出した答えなのに。
バイトができないことよりも、それを簡単に否定されてしまったことが悲しかった。それほどまでに何もできないやつだと思われてて、信頼を勝ち取れていなかった無力な自分にも嫌気が差した。
「わたしなんで…こんなにポンコツなんだろ」
サキュバス界でも、人間界でも。
無知すぎるってわけでもないのに、どうしてかうまくいかない。器用に物事を進められない。サキュバスなのに、未だセックスすらまともに出来てない。…キスでさえ、緊張して上手にできない。
…それでも、できないなりに頑張ってきたのに。
「天海…!」
エレベーターの扉が開く前に、気分がどん底まで下がりきる前に、深澪の腕が腰に回ってグイと抱き上げた。
そのまま、肩に担がれる形で抱っこされる。
「わっ…や、やだ!おろして」
「下ろしたらまたどっか行くでしょ、だめだよ。帰るよ」
「帰らない!わたしバイトして自分で生きていくもん!ひとりだって生きていけるもん!」
「そんなのは許しません!…一緒に地獄に落ちてくれるんじゃないのかよ」
「やだ!バイトするまでは死ねない…!おうちにも帰らないもん!地獄じゃなくて天国に行ってやるもんね!」
「はぁーーー………分かったよ!バイト許可するから、お願いだから帰ってきて。頼むよ」
懇願するわりにズカズカと歩いて、わたしを連れて部屋へと帰った深澪は、着いてすぐソファの上へと丁寧な仕草で下ろしてくれた。
「…ポンコツって言って、悪かったよ」
わたしの前に跪いて、頬に残る涙の粒を掬い取られる。
「天海ならできるって信じるから。…だから、一緒にバイト探すから、出ていくなんてもう言うな」
「……ん、ごめんなさい…」
「あたしもごめんね」
謝った後で、優しくキスをしてくれて、
「…仲直りのセックスする?てか、したいんだけど、いい?」
「え………あ…う、うん。…する」
「それじゃ、さっそく。ベッド行こっか」
こうして無事に、バイトの許可も貰えて仲直りもできて、深澪に連れられるがまま寝室に移動したはいいものの。
「…服、脱がすね」
「っ…や、やっぱり明るいのはだめ!やだ…!」
土壇場になって恥じらったわたしの乙女心により、その日も結局……最後までは致せなかった。
その代わりに、
「むりだよ、天海……どんだけ焦らされてると思ってんの」
「ぅ、うぅ…分かってる、けど」
「せめて今あるムラムラは…ちゃんと全部食べてくれる?」
「っわ、わ…わかった、がん…ばる」
「うん。じゃあ……いただきます」
「ぁ…ん、ぅ…んんっ」
どっちが食べられてるのか分からない深めのキスをされまくって、精力を発散させることで許してもらえた。
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