第15話「未熟サキュバス、誘惑します」





























 わたしはとてつもなく未熟でポンコツで性の知識だけは豊富なのに実践がまったく伴ってない頭でっかちな半人前サキュバスである。……自分で言ってて泣きたくなってきた。


 と、とにかく…このお話は一人前のサキュバスを目指すため奮闘する物語。…に、なる予定だった。


「ん~…いい香り。今日も焼き加減バッチリ!」


 程よい焦げめが付いて、中にもしっかり火が通ってそうなお魚の状態を確認して、満足げに…そして得意げに微笑む。


 もう随分と慣れてきた料理という作業を終えて、洗い物も済ませた後で、出来上がった夜ご飯となる食事達を部屋のテーブルへと運んだ。


「ご飯できたよ!」

「ん、ありがと。……また魚か、好きだね」

「日本人と言えば、やっぱり和食でしょ!白米のこの美味しさ…それにお魚は筋トレとかダイエットにもいいんだよ?タンパク質が豊富だから!」

「………いつから日本人になったの?」


 本来の目的をすっかり忘れて、サキュバスである事実さえも忘れそうになっていたことを指摘されて、キュッと口を固く結ぶ。


 そ、そうだった。わたしったらまた自分を見失うところだった。


 気が付けばこのお話もサキュバスがえっちなことに奮闘する物語じゃなくて、人間界に適応するため奮闘する成長物語になってるし…これは良くない。


 わたしは生粋のサキュバス。


 まさにエロのために生まれ、エロな人生を歩んで、エロに染まって死ぬためだけに生きてる存在。セックスなしの人生なんて考えられない。


 だから今日は、今日こそは……せ、セックスをするんだ。


 でも、その前に。


「いただきます!」

「……いただきます」


 せっかく作ったご飯が冷めちゃうのはもったいないから、ちゃんと美味しくいただかないとね。


「…ん、この里芋の煮っころがしうまいな」

「ほんと?よかった!」

「スーパーの惣菜?」

「ううん。自分で作ったよ」

「……日に日に料理スキル上がってるね」

「ふふん、こう見えて毎日欠かさずお勉強して頑張ってるもん」

「努力家で素晴らしい」


 褒められて気分を良く……してる場合じゃない。


 このままだと普通にいつもみたく呑気にご飯食べて、お風呂入って、夜の10時には寝る流れになっちゃう。そんなのだめ。


 今日はなんとしてでもセックスするんだから。


「ね、ねぇ…深澪」


 そのために、まずは。


「よ……夜、一緒のベットで寝ても…いいですか」

「え?だめ」


 勇気を出して聞いてみた誘惑のための第一歩は、儚く散った。


「ど、どうして?」

「だってお前、寝相悪いじゃん。昼寝の時ですら蹴飛ばされて落とされるんだから…それが夜中ずっと続くとか嫌だよ」


 断られた理由がサキュバスどころか人間の女の子だったとしても、なんとも色気のないのないもので…すでに心が折れそう。寝相…治そ。そもそも治せるものなのか分からないけど。


 うぅん…困った。一緒に寝れないとなるとあとは夜這いくらいしか思いつかないけど……深澪が寝るの待ってる間に、いつも先に寝ちゃうんだよね。


 日付が変わる前には必ず睡魔が襲ってきて、気が付けばぐっすり朝まで眠ってるから、今日も今日とて起きていられる気がしない。深澪は基本夜型で、寝るのは日付が変わってからだったりするから……うん、夜這いはムリ。性欲より睡眠欲。


 なんとしてでも、眠くなる前に一緒のベットに入るのだけは確約させなければ。


 よし、こうなったら。


「そこをなんとか…!お願いします!足とか舐めます…いや舐めさせてください!」

「必死すぎて逆に怖いよ。やだよ」


 床に額を擦りつけて、最終手段の“土下座でゴネる”を試みても、むしろドン引きされて失敗に終わった。


 くそぅ…最近、土下座の効果が薄れてる気がする。困っちゃうなぁ、もう。


「ていうか、なんで今日そんな一緒に寝たがるの」

「セックスしたいからです!」

「うん、廊下で寝る?」

「ごめんなさい!許してぇ…後生ですから…ぁ!」

「冗談だよ。…精力が欲しいなら最初からそう言えばいいのに」

「あ。なるほど」


 そっか、そういえばその言い訳があった。


「せ、精力ください…!」

「それならいいよ。先に風呂行っておいで」

「わかった!」


 深澪のおかげで第一関門である“一緒に寝る”をクリアできたわたしは、嬉々として夜ご飯を平らげて急いでお風呂へと向かった。


 いつもより念入りに体を洗って、ボディケアとヘアケアを済ませてるうちに…一旦眠くなってきちゃったのを、なんとか気合いで意識を覚ます。あ、危ない。いつもこの時間には眠くなっちゃうから参った。


 寝ないようにだけ気を付けて、深澪がお風呂に行ってる間にベッドに潜り込んで……数分。


 わたしの意識は、すっかり朧気おぼろげになっていた。


「……天海」


 寝てるのか寝てないのか、自分でもよく分かってない意識の中、名前を呼ばれる。


「ん…ー…」

「自分から誘っといて、寝るの?」

「ねて、ない…おきてる……」

「…かわいいなぁ、ほんと。この時間に眠くなるとか子供かよ」


 苦笑した声が聞こえて、ギシリとベッドが沈んで軋んだ音が響いた。


 眠たすぎてあんまり開かないぼんやりとした視界に、白い天井と、わたしの体の上に股がった深澪の姿が映る。…手は髪を踏まないようにか、腕と脇の間に置かれていた。


 しばらく無言で、深澪は頬を撫でたり、髪に鼻筋を当てて匂いを嗅いだりと自由に過ごして、次第に荒れてきた吐息を耳元で感じた。


 脇のそばに置かれてた手は気が付けば、胸の膨らみの側面を触るか触らないかの力加減でさすり続けている。


 きもち、いい。ゾワゾワする。


「はぁ……相変わらず、えろいにおいする」


 欲情の香りが鼻腔を刺激した。


「…ほら、口開けて」

「ん、ぅ」

「好きなだけ食べな」


 唇を広げて入ってきた指は汗ばんでいて、その汗から漏れ出てくる美味しさを無意識のうちに喉が動いて飲み込んだ。


「足りなかったら…こっちでもしようね」


 枕元の辺りに置いていた手を持たれて、そのまま深澪の唇へと触れた指先に、期待で跳ねた心臓がようやく意識を現実へと明瞭に呼び覚ます。


 キス…したい。


 全身が疼きだして、自然と求めるように腕を首に絡みつかせていた。


「み、深澪…」

「…なに?」


 やけに意地悪な瞳に、心を射抜かれる。


「ぁ…せ、精力…ください」

「どうやって?ちゃんと言わなきゃ分かんないよ」

「あぅ……」


 恥ずかしくて言葉に詰まる感覚さえも、たまらなく気持ちいい。


「き、キス…して、ください…っ」


 上擦った必死な声でお願いしたら、これ以上ないくらい熱く震えた吐息を吐き出した深澪の顔が落ちてくる。


「あぁ…ほんとかわいい、お前」

「は、んぅ…」


 これから精力を食べるのはわたしのはずなのに、食べられるみたいに唇を奪われて、何度か柔く挟み込まれた。


 ふたりの吐息がさらに温度を上げて混ざり合った頃、差し出された食事を受け入れる。


 刺激的な味を全身で感じながら、体の力が入っては抜けていく怖いくらいの不思議な感覚に身を委ねた。


 わたしが興奮すればするほど、流れ込んでくる精力の濃度も上がって、口内を弄る深澪の動きも激しく深くなっていく。それにまた興奮して…止まらない連鎖を繰り返した。


 すっかり頭も体の一部もとろけきって、目の前がクラクラしてきたタイミングでようやく顔が離れる。


「っはぁー……くららお前、キスだけでこんなえろい反応しちゃって…どうすんの」

「あ…、え…?」

「今からそんなんじゃ、セックスなんて耐えらんないよ…?」

「んっ…ふ、ぁ…」


 言われてることの半分も内容を理解できてない、そのくらいには白くなった頭で、それでも“セックス”っていう言葉だけは捉えて、


「せ、セックス…してください…」


 よく分からないまま、そのお願いを口に出した。


 途端に深澪の眉がだらしなく下がって、瞳が切なく細まって、下唇を噛む…余裕のない表情へと変わった。


 どういうため息なのか、深澪の鼻から吐息が抜けていって、情けないような笑顔で見つめられた。


「うん…天海」


 両頬に手が伸びてきて、わたしのことをどこまでも甘やかすみたいな優しい声が届く。


「もうこのまま、セックスしちゃおっか」


 願望を叶えてくれようと動いた唇に、期待で胸を膨らませた唇が触れる前に、


 ピンポーン


 と、インターホンの音が部屋に響いた。


「……こんな時間に、誰だよ」


 最高潮だった気分を邪魔されたからか、不機嫌な声で呟いた深澪が部屋のドアの方を睨む。


 その間もインターホンの音は続いて、とてもじゃないけど行為を続けられそうもない雰囲気にため息をついて、深澪は諦めてベッドを降りた。


「しつこいな、クソ…」


 珍しく悪態をついて、部屋を出ていく。


 残されたわたしはひとり、未だぽわぽわとした感覚を肌にまとってボーッと天井を見つめた。


「っ…なんだよ、いきなり」

「いいから泊めて!わたし行くとこないの」

「ふざけんな、むりだよ。帰って」

「お礼はちゃんとするから」

「そういう問題じゃないって!困るから、こういうの」

「帰るとこないんだもん仕方ないでしょ!」

「知らないよ、あたしには関係ない…」


 少しして、扉の向こうから荒々しい会話が聞こえてきて、むくりと上半身を起こした。…どうしたんだろ。


 誰が来たのか気になったから、たぶん無自覚でイキすぎてだるくなっていた重い体を好奇心だけで動かして、キッチン兼玄関へと続く扉を開ける。


「とにかく!今日は泊まる…から…」


 扉の向こう側に見えたのは、いかにもギャルな明るい茶髪のお姉さんだった。…おっぱい大きい。


「え。誰…その子」

「あ…どうも、はじめまして」


 軽く会釈をしたら、お化粧濃いめな目をぱちくりとさせたギャルなお姉さんはわたしと深澪を交互に見回す。


 …お友達かな?


 呑気に考えるわたしとは違って、深澪は困り果てた様子で額に手を置いていた。


「ちょっと、どういうこと!?わたし以外とはもう付き合わないって言ってたじゃん」

「いや…そもそもお前とは付き合ってないから。それにそんなこと言った覚えもない…」

「うるさい!他の女、家に上げるなんて信じらんない!最低!」


 怒声が響き渡って、驚いて肩を竦ませる。


 この状況…よく知ってる。少し前にドハマりして読んでた漫画と同じ展開。


 つ、つまり……これは…あれだ。


「修羅場だ…!」


 初めて遭遇した出来事に目を輝かせて両拳を握って歓喜の声を出したら、


「………なにこのヤバ女」


 ものすごく、冷たい目で睨まれた。…ひどい。















 











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