第6話「未熟サキュバス、お料理します」
寝る前に言われた「包丁はまだ使わないで」の教えだけは守って、まずはお米を炊くことにした。
専用のカップを使って炊きたいお米の量を救い取って、炊飯鍋に入れる。洗い方は丁寧に本に載ってたからそれに沿ってやってみた。…水が冷たくて、手が刺されたみたいに痛い。
「う、うぅん…?水の量、これでいいのかな…?」
親切なことに炊飯鍋の内側には指標となる数字と線が彫ってあって、本とそれを確認しながら水の調整をして炊飯器に戻した。…ボタンは、これを押して…っと。
お米を炊く作業ひとつ大変で、料理するのはもっと大変なのに大丈夫かな…?
自分のポンコツさがここでも発揮されないか始まる前から自信を失いつつ、片手鍋にお水を注いで、写真の通りコンロってやつに置いて……ん?コンロって、これどうやって使うんだろ。
「…う、うーん?本にはどこにも書いてないな…」
困った。
まさかの、火が使えない。
中火、弱火以前に火が付きません。助けてください神さま。
コンロの前面にいくつかある謎の丸いやつは、つまんで力を入れてみても押しても引いてもちょっとしか動かないし……どうしたらいいの?
これじゃ、味噌汁のためのお湯すら沸かせな…
「あ…電気ケトル」
お湯を沸かすなら、その方法があった。…本に書いてある内容とは違っちゃうけど、きっと平気だよね。
カップ麺を作る時の要領でお湯を沸かす問題は無事に解決の兆しが見えたものの…火を使えないんじゃ肝心のメイン料理であるお魚を焼けない。
電気ケトルにお湯を任せてる間、コンロの前で四苦八苦とにかく色々といじってみたりして、
「わわっ…!」
何がどうなったのか、自分でも分からないままチチチッという音が響いたと思ったら円を描くように火が広かった。
「お、おぉ……点いた!…でも、使いたいのそっちじゃないんだよねぇ…どうやったら消せるの?」
一旦は火を使えそうで一安心だけど、今度は肝心の消し方が分からなくて戸惑った。
しかもふたつあるうちの、使おうと思ってた方じゃないところから火を噴いたから困り果てる。…そもそもフライパンを用意してなかった。
あわあわと慌てながらも準備を進めるため、コンロにフライパンを置いて、油を敷いて…あっ!出しすぎた。
どうしようと悩んでる間に電気ケトルがカチッと音を鳴らしてお湯が沸けた合図を知らせてくれて、突然やってきたタスクの多さに慌てふためいて足を滑らせて転んで……その後も具のお豆腐を握りつぶっしちゃったりと散々な思いを重ねて、ようやく。
「焦げちゃった…」
作り終えた頃には、フライパンの上の赤かったお魚の切り身は見事なまでに真っ黒な何かに変貌を遂げていた。
料理の本と見比べたらあまりに違う出来栄えに、さすがのわたしでも分かる。これは大失敗だ、と。
「はぁ……あ。ご飯炊けた」
落ち込んでるところに炊飯器が音を響かせて、もう一時間経ってたんだ…と時の早さに驚きつつ、こっちも失敗してないかな…?と不安になりつつボタンを押して蓋をパカリと開ける。
「やった…!いい感じ」
唯一、白米だけは水加減もバッチリで、つやつやとしたそれを覗き込んで歓喜の声を上げた。
しゃもじっていうご飯のためだけにある便利アイテムを使ってさっくりと空気を含ませるように全体を軽く混ぜて……ついでに、指先に小さな米粒の塊を乗せて食べてみた。
「?…そんな味しない」
どの料理本にも“白米のおかずに!”とか“おいしく炊ける白米の炊き方!”とか、白米は絶対に出てきたから、それはそれはとんでもなく美味しいものなんだと思ってたけど…なんだか味気ない。匂いもそんなにしない。
「これの何がおいしいんだろ…」
食感は確かにふわふわもちもちな感じで、粒達を噛むたびに楽しいからそれが美味しいと言うならそうなんだろうけど…わたしはカップ麺の方が好き。
…もしかして、これも失敗してるのかな。
本当だったら、もっと美味しく炊けるとか?やり方を間違えてた?
成功と思ってたそれも違ってたみたいで、いよいよ本格的に落ち込んで…それでもせっかく作った料理達は本を参考にお皿に乗せてあげた。
それが終わったら、本には「洗い物は必須!後片付けまでちゃんとしましょう」って書かれてあったから、慣れないながらお皿洗いというものを始めてみた。…こっちはわりと、向いてるかも?
何度か手を滑らせて落としたりもしちゃったけど、洗い物は料理よりも楽で…汚れたフライパン達がみるみる綺麗になっていくのは見てるだけでも楽しかった。
「うぅ~…手、痛い。つべたい…」
だけど、キンキンに冷えた水のせいで指先は真っ赤にかじかんで、刺さるような冷たさだけは今後慣れそうもなかった。
そんなこんなで初料理を終えて、数時間経って起きてきた深澪に食べてもらったら、
「………まずい」
嬉しくない感想を貰った。
「ごめん…上手に作れなくて」
しょんぼりして、せめてわたしがちゃんと全部食べようと慣れない箸を持つ。…これは深澪がわたしのために買ってくれた、練習用の矯正器具がついた箸である。
「でも…作ってくれた気持ちが嬉しいよ。ありがとう」
優しく笑いかけられて頭を撫でられたら…それだけで暗い気持ちはどこかへ吹き飛んだ。
「味噌汁は冷えきってて味濃いし具の豆腐はボロボロすぎて食感も見た目もキモいし、鮭はもう焦げの塊で苦すぎるし、このよく分からんきゅうりの漬物は味しなくてもうほぼただのきゅうりかじってるようなもんだけど…米はうまい!」
「…………それ、喜んでいいの?」
「初めてにしては上出来だよ。包丁も使わずによく頑張ったね。…あとほんとに米は上手に炊けてると思うよ」
褒められてるのか貶されてるのか…はたまたどっちもか。複雑な気分になるものの、白米だけは大成功だったみたいで安心した。
…味の濃いお味噌汁と一緒に食べて口の中で混ぜ合わせると、お米甘い気がする。
食べてる途中で、単体だと食べてもそんなに美味しくなかった白米の良さにも気付けた。これは…おかずありきの食べ物なんだ。
「…次は、一緒に包丁使って作ってみよっか。今日は怪我はしてない?火傷とか」
「う、うん!怪我してないよ、大丈夫」
「よかった。…手荒れしちゃうから、後でハンドクリームも塗ろ」
「はんどくりーむ…」
「あぁ、そっか。分からないんだっけ。食べ終わったら塗り方教えるよ」
まだまだ、知らないことはたくさん。
だけどひとつひとつ、深澪が丁寧に教えてくれるし、本でも学んでいけるから…怖がることなく知っていこ。
ワクワクした気持ちで、貰った感想通りあんまり美味しくはない自分の初料理をなんとか平らげて小腹を満たして片付けの洗い物を済ませた後は、ハンドクリーム?を塗ってもらえることになった。
「水仕事…洗い物とかをよくしてると、だんだんと手が荒れてきちゃうんだ。だから大抵の人はこれを使って、痛くなったりしないようにケアしたり、予防するんだよ」
「へぇ~…そうなんだ」
「ほら、手出してごらん」
「ん」
確かにお米を研いでる時とか洗い物してる時とかは手が冷たくて痛かったな…と深澪の言葉に耳を傾けて相槌を打ちながら、手を差し出した。
わたしの手首をそっと持って、チューブ?状の形をした何かからにゅるり、と白い何かが出てきた。それを手のひらの上に乗せられる。…え、なにこれ。硬めのせい…し?
「最初は冷たいかも」
「う、ん…」
手のひらにある白いそれを深澪の親指の腹が潰し混ぜて、軽く揉みながら塗り広げられて、ぬるぬる滑る感触に困惑して肩をビクつかせた。こ、これ…いいの?
なん…か。
人差し指を軽く握るように包まれて、温かな体温が包んだまま先端から根本までを何度かぬるりと滑らかに行き来する。
えっちな…気が、しちゃう。
きっと深澪にそんな気持ちは微塵もなくて、無遠慮に触れられる皮膚から伝わる感触に、勝手に興奮した体がぶるり、と小さく震えた。
これ、普通におまた……
「どう…?力加減とか」
「っき、きもち…い」
「ちゃんと塗れてるかな。確認してみて」
「いやもうじゅうぶん…濡れて、る……確認しなくても分かるくらいには」
「そっかそっか、よかった」
急にすごいことを聞いてくるなと思ったら、深澪は満足げにパッと手を離してしまった。…焦らしプレイ?
深澪がそういうつもりなら、喜んで受け入れちゃう。仮にもわたしはサキュバス、そのくらいのプレイやそのための我慢なんてへっちゃらだもんね。
「…さて、と。あたしは仕事の続きするから、天海はゆっくり読書でもして過ごしてなね」
「うん…わかった」
作業場に向かった後ろ姿を見届けて、わたしはお言葉に甘えて読書を始めた。
料理…思ったよりも大変で失敗しちゃったから、もっとちゃんと読み進めて理解を深めなきゃ。次は美味しく作るんだ。
今度は何を作ろうかな?なんて期待感に胸を高鳴らせながら、ベッドの上で料理本を開く。
「…天海」
「ん、なにー?」
「…ご飯、まずいって言ってごめん」
数分して投げられた謝罪の言葉に、自然と頬が緩む。この人のこういうところ、優しくて心臓だけじゃなくて下腹部までキュンキュンしちゃう。
「次はおいしく作れるようにがんばるね」
「……楽しみにしてる」
深澪もそう言ってくれてるし、余計にがんばらないと。
上手に料理ができる未来に思い馳せて、わたしはおいしそうな写真が並ぶページを熱心に見て知識を深めることに集中した。
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