第3話「未熟サキュバス、興奮させます…?」
興奮、させる。
突然舞い降りた苦手分野に、わたしは内心ものすごく頭を抱えたい気分になった。
「できない…かも」
「なんで?サキュバスなら簡単でしょ?ほら、なんか催眠能力とかないの」
「あるには、ある…けど」
「じゃあそれ使って…」
「わたしの能力、ほぼ全部弱すぎて使えないの」
「は?」
素っ頓狂な声を出されて、自分のポンコツさがより際立ったような気がして居心地を悪くした。
深澪さんの言う通り、本来…一人前のサキュバスなら固有の能力も駆使して人間達をいとも簡単に、性に関することであれば魅了することができる。だけどそれも、当然のように魔力が必要なわけで。
他サキュバスに比べてダントツに魔力量が少なく、おまけに未熟者なわたしは、当然その分……能力の効果も薄まるわけで。
そんな、人間を魅了できない半人前サキュバスは基本的に人間界へ降りても意味がないから、ある程度の基準を満たすまでは学校に通って試験を受けて、認められたらようやく人間界行きの切符と共に許可を得られる。
わたしはもちろん、こんなだから…
「……だから、人間界に降り立つまでも時間がかかったの」
気が付けばベッド脇にふたり、腰を下ろして話を聞いてもらっていた。
「へぇ~…試験なんてあるんだ。サキュバスの世界も大変なんだね」
興味をそそる内容だったのか、深澪さんは真面目に耳を傾けて、ずっと感心したような相槌がてらの感想を伝えてくれた。
「そうなの、大変なの」
「人間で言う受験生みたいな生活がずっと続くってことでしょ?そりゃ大変だよ」
「うん…試験は年に二回あって、わたしはそれに十回も落ちてるから……サキュバスにしてはけっこう遅咲きで…ようやく来れたって感じなの」
「なるほど、出遅れサキュバスってことか」
「出遅れって言わないで…」
改めて他人からも言われると傷付く。
「そういえば……名前は?あと、年齢はいくつくらいなの?」
ここに来て、今さらすぎる気もする質問を投げられた。
なんだかんだ、相手の名前は聞いてたけど自分の名前を伝えるのを忘れてた。…こういうところもまた、試験に落ちた理由でもある。何かしら抜けてるという…アホな理由。
落ち込んでばかりでも仕方ない。
さっそく自己紹介しようと、口を開いた。
「わたしは、
「名前…ふたつもあるんだ」
「うん。人間界で一生を終えるサキュバスも多いから……降り立った土地に合わせて、名前を決めたりするの。わたしの場合は日本を選択したから、日本人に沿った名前にしたんだ」
「面白いな……それ、小説のネタにしてもいい?」
「もちろん!力になれるなら、なんでも」
「…ありがとう、天海」
差し出された手を、じっと見つめる。
こ、これはもしや……人間界図鑑で見た、握手と呼ばれるものでは?
確かこれは交流の証で、仲良くなった人としか交わさないようなやつだった…はず。
だとしたら、ちょっとは心を許してもらえた?
「わたしも…ありがとう!深澪さん」
「…呼び捨てでいいよ。さん付けいらない」
「っ…うん!ありがとう、深澪」
さん付けなし…これも確か、仲良しのサインだったはず。
着実に距離を縮められてることに嬉しさを覚えて、ニコニコ笑顔で深澪の手を取った。
「わ…っ、すごい!人間ってこんなに柔らかいんだ…」
そこで初めて、生身の人間の体温を知って感動した。
骨ばってるけど表面はふわふわしてるようで柔らかいその感触を、落ち着くような温度感の体温を、ついついニギニギと手を動かして堪能する。
この手で触れられたら……きっと気持ちいい。
ついでにそんな邪な気持ちも働かせちゃって、単純なサキュバスの体はすぐに受け入れるための準備を始めてしまった。
「……なんか、天海」
鼻をスンと鳴らして、深澪の顔が近付いてくる。
「お前、いいにおいする」
すぐそばに迫った顔が、頬を通り過ぎて耳元まで持って行かれて、耳の後ろに鼻先を擦り当てられた。
あ……まずい、かも。それ…今。
「っ、んぅ……」
小さな刺激に反応した体が、途端に熱を持って疼き出す。
「あ。そんなことより、そうだ。年齢教えてよ。さすがに未成年だったら帰さないとヤバいから…」
そんなわたしの欲情を知ってか知らずか、深澪はパッと顔を離して話題を元に戻した。
く…くやしい。思わず睨みつけそうになる。
だけど今ここで興奮したところでセックスはできない。それなら少しでも気を逸らすため話題に乗っかった方が楽だと判断して、あまり言いたくない年齢を告げるため唇を薄く開けた。
「……18歳」
「え、若っ!…いやまぁ、見た目でそのくらいかな?とは思ってたけど」
予想と反して、深澪は嬉しい反応を見せてくれた。
「わ、若い?」
「うん、若いでしょ。どう考えても」
「うれしい…!」
「…なんで?」
喜ぶわたしを怪訝に思ったのか眉をひそめて聞かれて、一旦テンションを落ち着けるために咳払いをした。わたしとしたことが…浮かれちゃった。
「サキュバスはね、基本的に…13歳で人間界に降りるの」
「そんなに早く?」
「うん。生命の源が人間の精力だから、早いに越した事はないからね。人間より成熟も早いし……だけど、あまりに未熟すぎても良くないから、13歳になるまでは授業を受けたりして人間界への知識と理解を深めていくの。…あと、えっちなことについても勉強する」
他にも色々…魔力強化のための訓練とか人間語の発語練習とか、とにかく13歳までに覚えることはたくさんで、生まれてからの数年以外はほとんどのサキュバスが勉強に明け暮れる日々を送る。
そうして晴れて試験に合格して、みんなだいたい順当に13歳で人間界へ行けるんだけど……
「わたしは、十回も落ちてるから…」
「あー…だから五年遅れて、18歳でようやく来れたってわけか」
「そうなの。…はぁ、こう見えてサキュバス界ではおばさんというか……若くないの」
同じ年の子たちはきっと今頃、すでに添い遂げる人間のパートナーを見つけていてもおかしくない時期で、そうでなくても大量の人間と交わって魔力を強化しまくってる。
どのルートも辿れないわたしは、まさに落ちこぼれサキュバスなのである。
「…深澪は、何歳なの?」
もう自分が嫌になって、話を逸したくて聞いたら、
「25だよ」
人間では若いのか老けてるのか…そもそも基準を知らないから、よく分からない数字が返ってきた。
「それって……若いの?」
「どうだろ。人によるんじゃないかな。でも若いと思う人が大半だろうね。…中には女は二十代前半までとか言うバカもいるけど」
「そうなんだ…」
人間界の基準は不思議だなぁー…なんて呑気に思いっていたら、
「試験ってさ…どんな感じなの?」
今度は深澪の方から質問のパスを寄こされた。
思い返すために、斜め上を見る。
「筆記と実技のふたつあるの」
一つ目の筆記試験は、主に人間界図鑑に記載されてる内容から問題が出されて、最低限知っておかなきゃならない常識や男女の体の仕組み、語学なんかを解く。
ただ、あくまでもサキュバス協会が作成した図鑑に基づいたものだから空想的な内容も多くて…実際に来てみて分かったけど、知らないことの方がほとんどで、人間も多種多様で驚いた。
筆記に関してはかなり成績が良かった方ではあるんだけど、正直あんまり学んだ意味は…なかったかも。経験が伴ってないから、ただの頭でっかちが爆誕しただけである。
二つ目の実技試験は、キスのやり方やセックスまでの運び方、射精に至るまでのテクニックを実際にインキュバス相手に行うもので……
「わたしは、それが大の苦手で…」
今思い出しても、鳥肌が立つくらいには恥ずかしくてテンパる時間だった。
テンパりすぎた結果……五年間で一度もキスすら成功させたことがない。ある意味、記録的な結果である。…キスでつまづくサキュバスなんて他にいないから。
「筆記が満点だったのと、かれこれもう五年目になる情けから……実技の大半が免除されて、キスもセックスもせずに射精だけさせれば良くて済んだおかげで、なんとか合格できたの」
「え……射精ってことは、その…」
「言わないで。ほんとに恥ずかしかったし…怖かったんだから」
思い出したくもなくて、顔を手のひらで覆い隠す。
「なんか天海って…サキュバスっぽくないね」
そう…深澪の言う通り、わたしはサキュバスらしくないサキュバスで、それ故に仲間からは常にバカにされてきた。
みんなが簡単にこなせるお○んちんの扱いも全然うまくできなくて、むしろいつもビビり散らかして爪の先で触るのがやっとなくらいだった。
合格した試験で射精まで持っていけたのも…運が良かっただけ。混乱した脳みそでなんとか必死に蹴る勢いで足を動かしてたら、強すぎるくらいの刺激が逆に試験官と相性が良かったみたいで、無事に終えることができた。
そうでなければ…今頃まだ、わたしは留年組としてサキュバス界から出られないまま。なんなら、一生合格なんてできなかったかもしれない。
サキュバスなのに……情けない。
ピュアすぎて周りはわたしのことを「人間以下」と呼ぶ。…それ人間にも失礼なんだけど。
「胸も…サキュバスしては小さくない?勝手なイメージだけど」
さらに気にしてることを指摘されて、心に痛みが走った。
「さ、サキュバスの胸の大きさは魔力に比例するから仕方ないの!……それでも上限は個体によって違くて、わたしは多分そのうち魔力が増えてきてもあんまり変わらないかも。そもそもの魔力の限界値が低いっぽくて…」
「今のカップ数はどのくらいなの?」
「Cカップ…」
「なんだ、思ったより小さくないじゃん。Cカップって別に普通だと思うけど…」
「いや、他のサキュバスはGカップ以上が普通だから…それに比べたら小さすぎて話しにならないよ」
「うーん…確かに貧乳寄りではあるか」
何もかも底辺な自分に凹んで、立ち直れないくらい気分は沈んだ。…何を取っても、ポンコツすぎる。
「…逆に、サキュバスっぽいとこはあるの?」
深澪からの素朴な質問に、何も言わず首を横に振った。
「ほとんどないよ。…食べる物が、精力なことくらい」
そこの性質だけはどんなサキュバスも問わず同じで、だからわたしも例外なく食事に関する部分だけはしっかりサキュバスである。
ただそれも、生身の人間から食べさせてもらったことはさっきの一回以外にないから、やっぱり同年代に比べると経験に乏しくて……さっきだって勝手に食べただけだから経験のうちにすら入らないだろうに、余計に惨めだ。
「…小説書いてる時はやめてほしいけど」
落ち込みまくってため息つきまくりのわたしに、深澪はどこまでも静かに声をかけた。
「それ以外の時なら……食っていいよ。あたしの精力」
与えられた優しさに、胸がキュンとする。
「セックスしてくれるって…こと?」
「いやそれは無理。…だけど、さっきみたいな感じなら好きに食べて構わないよ」
バッサリ断られたけど、落ち込みはしない。むしろひとつ気付きを得て、希望の光が差し込んできた。
そっか…別にセックスしなくても、体液からでも精力は貰えるんだった。…粘膜同士の接触や強い欲情がないとその量は微々たるものだけど、とにかく餓死することは無くなる。
それになにより、またさっきの美味しさを味わえるんだと思うと、それだけで気分は上がった。
はやく、食べたい。
「し、小説は…いつ書き終わるの?」
「締め切りが三日後だから、とりあえずそこまでには終わらせたいと思ってるけど…それだと、遅い?飢えて死なない?」
「それは……へいき。さっき貰った分だけでも、一週間は持つと思うから」
「へぇ、燃費いいんだな」
「精力を消費する魔力がそもそも少ないからね…」
他のサキュバスじゃ、こうはいかない。多い人だと1日に何回セックスしても足りないくらい精力不足に悩まされることもあるから、その分…食欲も性欲も旺盛になる。
「なるべく早く書き終えたいから興奮したいんだけど……どうしようかな」
わたしのためにも頑張ってくれるらしい深澪は、困った顔で頭の後ろを掻いた。
…そういえばさっき、わたしの欲情した時の匂いを嗅いで「いいにおい」って、言ってたよね。
あれは、サキュバスに魅了される前の合図だ。
甘い香りにつられて花に虫が集まるように、人間もサキュバスに対して香りが好ましく感じると寄ってくるようになってる。いわゆるフェロモンの相性的な。
それを利用すれば、もしかしたらイケるのでは?
「…ねぇ、深澪」
わたしが原因で頭を悩ませるその存在を救いたくて、膝にそっと手を置いた。
「ちょっとだけ……えっちなこと、しよ?」
こちらが欲情すれば、向こうもつられて欲情するはず。
わたしの想いと企みが伝わったのか、深澪も何かを察して目を見開いた後で、静かに小さく頷いてくれた。
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