第六話

 これは紅世グゼ課長に潜入捜査官として送り出される前、送別会代わりに焼肉を奢ってもらったときだったか。急に走馬灯が脳裡に流れ始めた。


「あっ、そうそう。もし君が任務の途中でくたばったとしたらどうする?」

「どうするとは?」

「僕の能力の関係で、死後も戦わせることができるんだけど」


 紅世グゼ課長は呪物リンフォンと融合した怪人であり、その能力として喰らった生物を自らの凝縮された極小サイズの地獄に閉じ込めることもできる。また閉じ込めた魂を使役することもできる。私はあのときどう答えたか。

 現在の状況に戻る。

 デュランダルは恐らく私たちを殺すために先回りしていた。そしてこの焦げた匂いは既にデュランダルが紅世グゼ課長の尖兵に成り果てているということを示している。魂を地獄に焼かれてなお自我を維持しているとは。


「とりあえず厄介な方からるか」

 

 デュランダルが大剣を抜いた。車の上から跳躍し、高速で縦回転を加えて私に斬りかかる。分かりやすい予備動作を見せられたので、丁寧に回避する。そして潰れた車から刀を回収する。素手で殺し合えるようなぬるい相手でもない。

 デュランダルの斬撃はアスファルトを砕き、その衝撃は見知らぬ人の家を吹き飛ばす。着地後に硬直して隙ができるようなぬるい相手ではない。直ぐに全周囲に斬撃を飛ばしてくる。反応が遅れたメノウを庇う。斬撃がその辺の家々を破壊しているので、特に関係のない日本国民にも死傷者出ているだろう。飛ぶ斬撃ならば耐えられる。打撲程度に抑えることができた。


「先に事務所に戻っていてください。邪魔ですので」

「えっ、あっ、うん」


 ここでメノウを追ったら迎撃する。メノウを追わないならとりあえず良し。聞き分けの良いお嬢様で助かった。初めて好きになれた。


「そのガキは、お前を殺してからゆっくり殺してやるよ」


 デュランダルとしては、向こうをゆっくり殺すつもりなのだろう。私はゆっくり刻んだり焼いたりして殺せるような手合いではないという評価か。


「どうでもいいんだが、左腕は何処で無くしたんだ?」

「俺の剣が何処を向くかは俺が決める」

「会話をしてくれ」

「お前は串刺しだ」

 

 大剣の突きが機関銃の弾のように迫る。剣の重さを考えれば弾くのは難しいだろう。リーチが長いので大きく避けなければならない。

 大きく飛び退いたところを飛ぶ斬撃が襲う。地を這うように頭を下げ、それを回避する。背後のブロック塀は吹き飛び、無関係な者の家がまたしても崩壊した。

 とにかく攻撃一辺倒だが、なかなか攻撃を差し込む隙がない。まともに一撃喰らう覚悟はしておくべきか。


「散弾!!」


 地面に剣を刺しそのまま振り上げる。アスファルトの破片を散弾のように飛ばしてくる。流石にこれは避けられない。吹き飛ぶ。頭や胴体に当たることは防げたが、片腕がやられた。骨が折れた。

 デュランダルは紅世グゼ課長の地獄による補正が乗っている。片腕で無ければ面倒だった。両手ならもっと選択肢が多く、攻撃をさばくのも苦労しただろう。

 だが、回避も防御も考えない今のデュランダルならば。

 生前の両親を思い出す。母の作った焼きそばの味を思い出す。戦う動機を思い出し、適切に燃焼させる。刀を握る手に力が入る。

 相手に剣を振るわせるため、敢えてふらついて隙を演出する。単純なブラフだが乗ってくるか?

 乗ってきた。頭を砕こうという気概の一撃がきた。折れた腕で剣を弾く。

 腕が切断され、飛んだ腕の先が燃えていく。だが、これでこちらも一撃入れる隙を作ることができた。

 

「まだだ!!」


 復讐心は限界を超えて身体を動かす原動力になるが、それに身体がついていくとは限らない。また物理法則に従ってできた隙は限界を超えた駆動でもどうにもならない。


「いや終わりだ。帰ってくれ」

 

 デュランダルの額に刀を突き刺し、かき回す。脳を破壊されて、動きが止まり、デュランダルは灰になって崩れていった。

 紅世グゼ課長の地獄たいないに戻ったのだ。


 

 



 

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