第五話

 本日の東京は晴天。都会は都会であるほど車移動に向かず、だがしかし反社が公共交通機関で移動するのも格好がつかない。メノウの配下にいる若いのを運転手にして芸能事務所としての『終末時計』の本社がある都内某所まで向かう。それなりの場で私が運転手をするわけにはいかない。メノウは若いのを連れて動くことが好きではないのだが、そうも言っていられない。


「行きたくないな……伯父さん怖いし」


 メノウはクローゼットから高いスーツを引っ張り出して着飾っている。普段は(血や絵の具)で汚れてもいいカジュアルな服装をしているが。


「仕事ですからね。全てが」


 そう全てが仕事なのだ。人殺しもこのお嬢様をなだめすかすことも。

 『終末時計』は自社ビルを構えている。メノウは事実上の『終末時計』トップから辞令を受けにここまで来た。辞令は百人ばかり入る会議室で述べられる。

 キョージが到着するよりも早く着く。会議室の机は室内から出されている。そのため人間が多く入る。それなりの地位の方々が付き人含めて入っているので百人以上入っているな。

 

「あそこでお父様が腰の低い態度で話しかけている人誰?」


 メノウが小声で聞いてくる。実際、壁際でナオヤが高そうな着物着てきたクソアマに腰の低い態度で話しかけている。しかしメノウは幹部の顔と名前くらい覚えていて欲しい。


「人間態の八岐大蛇です。御心が広いので大抵の無礼は許して頂けますが、敬意は示しましょう」


 クソアマは自分の位階レベルを上げることにしか興味がないので、組織の仕事(経済活動)をまるでしない。普段は日本各地に存在する神々を食べ歩いてレベリングしている。ただ暴力沙汰になると真っ先に突っ込んでいき文字通り敵を食い尽くす。怪獣映画の怪獣のようなものと考えていい。かつての警察との衝突においても万単位の人を喰らい、蜘蛛の大神の甲殻を切り裂く活躍を見せたらしい。


「流石に私もそれくらいの分別あります」


 メノウは不服そうだった。父親であるナオヤが組織の第四位の序列(クソアマは第三位)にあるため、メノウは大抵の相手に馴れ馴れしいところがあった。不安である。


「デュランダルの仕事はメノウに任せます」


 秘密結社『終末時計』総統代行、土御門キョージがメノウに辞令を述べた。辞令の紙はない。今回のように口頭連絡のみという場合もままある。

 総統代行のキョージは真っ白な髪の銀縁眼鏡の男だ。ダズル迷彩みたいな柄のスーツを着ている。十年前の警察との戦争で、寿命を縮めたらしい。元々はフリーの呪術師だったのだが、十六年前に『終末時計』内部の新藤派(当時の最大派閥)を排除し、実権を握った。

 そして本当のトップであるイヌイCEO兼総統の姿を見た者はもう数えるほどしかいないが、誰もその権威を疑わない。キョージがそれを疑わせない。

 あれから三日ほど経ち、デュランダルは見つかっていない。

 キョージ配下のそれなりに仕上がった連中(人体の半分以上を機械化したような連中)を一ダースぶつけて全員殺され、追加で追跡を命じた若いのも次々と狩られている。


「次に襲われるのは私たちかも……」


 『終末時計』の本社から出て車に乗るや否やメノウは弱音を吐いた。

 反社だけの話ではないが、とにかく上の人間が下の者がいる場所で弱音を吐くべきではない。お嬢様だからとはいえ許されることではない。車内には運転手の若いのがいるだろう。


りに来たならり返せばいいでしょう?」


 デュランダルとは友人のような関係にあったが、私の前に出てくるのならば殺す。

 しかし奴はどんな理由で『終末時計』から、いやキョージから不要と判断されたのか。

 しばらく車が走ると、突き刺すような殺気が肌を刺してきた。


「お嬢様」

「うん」


 お互いに車から飛び出る。若いのは反応が遅れ、車ごとペシャンコに潰れた。

 車通りの少ない市街地で幸いだった。もっと交通量の多い場所なら、通る車を気にしながら戦わないといけなかった。


「仕留めそこなったか」


 焦げたような匂いを漂わせた男が車の上に乗っていた。私はその男も、その匂いも知っていた。男の髪は乱れ、眼鏡は無くなっている。未だ火のくすぶる灰が甲冑のように全身を覆っている。背中には身の丈ほどの黒い大剣。左腕は炭化して喪失している。


「デュランダル生きていたのか」

「いいや。動いているだけさ」


 “意志くすぶ灰燼かいじん”デュランダル・スミスが現れた。

 

 

 

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