第三話

 男二人が仕事帰りに行くところと言えばサウナか酒の出る場か焼肉だろう。

 今、私たちは焼肉を焼いていた。炭火で焼く店なので店内は煙に満ちていた。排気が不十分であるが、そのためにむしろ人気があった。サウナと焼肉を同時に楽しめる店として。昨今、日本人は死と隣り合わせであることに快楽を見出していた。通路には客が倒れている。店員はガスボンベを背負っているため倒れているものはいない。


「デュランダル、どうだ?」


 私は自分の分の肉を網の上で育てていた。お互いの肉はお互いで育てる。それが対等な人間同士というものだ。


「空気が薄いな」


 私の対面に座っているのは黒髪を七三分けにした黒いスクエアフレームの眼鏡の男だ。黒いスーツの下のシャツはダークグレーで、ネクタイは赤く、明らかにカタギの人間には見えない。この男の名前はデュランダル・スミスといい、合衆国の白人の血が流れている。

 私と同じように土御門キョージの部下であり、苦労させられている。

 デュランダルは輸出入に関わる仕事を任されていて、武器や爆発物などの仕事道具に関わる部門についている。


「私は相も変わらずお姫様に甲斐甲斐しく仕えているが、貴様はどうだ?」


 仕事の愚痴というものはそれを交換する者同士の信頼関係を強固にする。


「ボチボチだな。そんなことより子供の名前を六通りまで絞ったから意見を聞きたい」


 デュランダルは妻が臨月で、惚気が止まらない。止まらないので職場でも適当に話を聞き流されている。

 私は適当なことを言いながら、牛タンを網から回収した。牛タンはレモン汁につけられて私の口に入った。いつも思うことだが、牛タンを喰らうというのは牛と接吻キスするようなものだ。牛の舌でも刻まれたのならば気にならない。



 それから先の記憶はない。焼肉屋の二酸化炭素濃度が高かったのかデュランダルの話がどうでもいい惚気だったのか、はたまたその両方か記憶が曖昧だ。

 日付が変わる前に家に戻ろうと歩いていると、一匹の烏が近づいてきた。烏は焦げたような匂いを漂わせていた。


「今も同じ方向に切っ先は向いているか?」


 烏はそう言った。


「勿論。切っ先は悪に向いていますよ」


 それが悪ならば、私の切っ先はそれを突き刺し、切り裂く。

 私の両親は反社会的勢力によって店を焼かれて殺された。過去の因縁か地上げ屋の恐喝を無視して叩き返したのが悪かったのか、殺された理由は定かではない。孤児になった私は合法的に犯人を殺すために、警察になろうとした。


 警察学校在学中、紅世グゼ課長が私を呼び出した。十年前時点から彼女は暗殺部暗殺六課課長だった。十年間ずっと貧乏籤を引いているとも言う。


「君、ちょっとスパイやってみない?」


 個室に座る紅世グゼ課長はお使いを頼むような声の調子でそう言った。


「……何故私を選んだのですか?」


 私は警察学校から退学し、潜入捜査官になった。


「折れず曲がらない人がたぶん潜入捜査官に一番向いていると思うんだよね。君はその基準で満点。あと君の実家の中華料理屋の焼きそばは美味しかったし」


 紅世グゼ課長はこう言っていたが、折れず曲がらないかは耐久試験をしなければわからないものだと思う。


「で、どうする?拒否してもいいよ。これは命令じゃなくてスカウトだからね」

 

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