第二話

 春の陽気というにはいささか暑い日差しの中、非常階段を登り高層ビルの一番高い部屋に私たちは突入していた。中には同業他社昔ながらのヤクザの人々が和気藹々とくつろいでいたようだった。奇襲は成功した。

 この作戦には私や若い連中、そしてが参加している。ワゴン車一台に全員乗り切るほどの少人数であるが、十分に目的を達成できるだろう。

 若い連中が密輸したアサルトライフルで弾をばら撒く。弾倉を一つ撃ちきり、弾倉を交換する。私とで突っ込む。


「こらー!!素直に死になさーい!」


 亜麻色の髪を動きやすいように後ろで纏め、絵の具や返り血で汚れたカーキ色のツナギを着た少女が斧を振り回す。これが私の護衛対象である。

 紅世グゼ課長が言うところの土御門兄弟ファッキンブラザーズの弟、“何一つ長所の無い”土御門ナオヤ。

 その娘、土御門メノウだ。反社会的勢力のお嬢様というものの一般を知らないが、私の護衛対象はこのように好戦的だった。

 ちなみに私の上司はナオヤの兄、土御門キョージだ。ナオヤが組織を裏切らないようにメノウを監視し、必要とあれば処理することが私の仕事である。キョージはナオヤを信用していない。いや全てを、か。


「なめてんじゃねーぞ!昭和生まれを!」


 この部屋で一番高い地位にある老人が護身用の日本刀を引き抜いた。彼が今回のターゲットだ。西日本連合W・J・Uの幹部格の一人。反社のお嬢様が現場仕事を学ぶ教材かつそこそこの首級ということで選ばれた。

 メノウを追い抜き、老人に私の拳を叩き込む。老人は私の動きに反応して刀で私の拳を弾く。刀にひびが入る。一撃で砕くつもりだったが、拳の握りが甘かったか。次は拳をもっと硬く握る。瞬間。


「オリヴィエ!!私の獲物に手を出さないで!!」


 メノウから斧頭で殴られ、私は吹き飛び老人の護衛にぶつかる。痛みを感じる。これが仕事とはいえ、頭に来るな。オリヴィエとは誰だ?私の名前か。私は別にフランス系ではない。

 私の今の仕事内容を説明するためには、この国の現在の状況について説明する必要があるだろう。零和二十二年現在、日本国の治安維持能力は大きく低下し、反社会的勢力の闊歩を許している。中でもひときわその勢力を拡大したのは秘密結社『終末時計』だった。同名の芸能事務所を中核としていくつもの下部組織を保有し極めて強い影響力を保有している。零和七年に日本初の女性総理大臣である犬養咎雛イヌカイ・トガヒナを暗殺したのもこの組織と言われている。警察はこの組織を鏖殺みなごろしする戦力を持たなかった。

 平成の時代に日本の治安維持を目的として組織された警視庁暗殺部は、今もその組織を維持しているとはいえ、全盛期の特記戦力のほとんどを失っている。

 私は今や片手の指で数えられるほど少なくなった警察の特記戦力を『終末時計』の幹部である土御門兄弟ファッキンブラザーズにぶつけるために潜入を続けている。

 ぼんやりと考え事をしながら敵の銃弾を避け、相手を殴り、血潮を浴びる。

 邪魔にならないように護衛を殴り殺しているうちにメノウと老人の殺し合いに決着がついた。暴風の如きメノウの猛攻が老人の刀を粉砕した。メノウよりも老人の方が“気”の操作に長けていたのか斬り合いが長引いた。いや、ひびの入った刀でよくもまあ斬り合えたものだ。

 メノウの追撃を老人は白刃取りし、そのままメノウを床に投げた。上手く受け身を取れたので、メノウのダメージはほぼ無いように見える。だが立ち上がるのにいくらか時間がかかる。

 老人は逃げる隙を作り出した。流れを読み、迷うことがない。

 私は老人の膝を蹴りつけて破壊する。そして転んだ老人の首にメノウは斧を叩きつけた。スマートな勝ち方ではないが、初の荒事としては十分な働きだろう。


「生存者無し」


 私や他の若い連中で死体一人一人に鉛弾を叩き込み、生死を確認する。


「これ持って帰っていい?お父様に自慢したいなー」


 メノウが老人の首級を掴んで私に見せる。ナオヤは首級を見せて喜ぶような人間だっただろうか。


「構いません」


 どうでもいい。車に保冷剤は積んであっただろうか。

 ちなみに西日本連合W・J・Uはこれから一週間程で組織としての機能を失い、消滅した。

 構成員五千人程のそれなりの暴力団だったが、クソアマが半分くらいの構成員を喰らった。クソアマ曰く、「指導者層の顔馴染みも全員死んだし、見逃す義理がもう無い」だそうだ。

 『終末時計』の幹部が少し散歩しただけで、崩れるような反社会的勢力が日本にはまだいくらでもある。日本の治安が悪化している証拠だ。

 

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