第5話 フォークダンスはあなたと、それから、皆で。
「海野先輩だよ! しかも、学ランのままだ! 素敵!」
後夜祭に海野あさひ先輩が登場したので、歓声が色々なところから聞こえてきた。
「え、相手の男子……誰?」
「知らない」
皆さんの疑問。ごもっともすぎて何も言えない。
多分、僕も一生徒の立場で見ていたらそう思うもの。
……誰? なんで? って。
自分が、あさひ先輩の隣にいていいかどうか。
考えたらいけないのに、ついそんなふうに思ってしまっていたら。
『まわりの声は気にしない。私を見てて』
ささやかれた声の素敵さに、僕の心臓は飛んでいきそうになる。ほんとうに飛んで行かれたら困るけど。それくらいに、跳ね上がった。
「……先輩、素敵!」
「あれ、あの男子、先輩に付いていけてる!」
「動き、きれいじゃない?」
皆と同じフォークダンスの動きで、しかも、僕は女子の列なのに。
男子パートのあさひ先輩の動きがとてもきれいなので、リードしてもらうだけで、なんだか僕の動作まできびきびとした、しなやかな動きになったように錯覚してしまう。
実際、そうなのかな。だとしたら、先輩がかけた魔法だ。
すごい。先輩は、王子様で、魔法使いなんだ。
きちんと
ほんとうの炎のような輝きを見せるかと思ったら、突然キラキラとした七色になってみせたりと、その様子を眺めているだけでも楽しいというものなんだ。
だから、僕は自主的にぼっちになるのもけっこう楽しみだったりしたのだけれど、今はこうしてあさひ先輩と踊っている。
人生って、意外なことも起きてしまうものなのだなあと思いながらあさひ先輩のきれいな指とか、髪の毛の先とかを見つめていると。
「楽しいよ、私のパートナーになってくれて、ありがとう」
そんな先輩の言葉にはうまく返事ができなくて、ぶんぶんと首を縦に振ることしかしていない。
それでも、先輩は笑顔でいてくれる。
あさひ先輩がペアとして僕を誘ってくださったので、ぼくたちは今、ペアが確定しているほうの輪で踊っている。
フォークダンスとは言っても、ペアが確定している輪のほうは二人で自由に踊ってもいいことになっていた。もちろん、激しすぎる動きとかは実行委員に注意されて退場させられることになっているけれど、皆それぞれのパートナーと躍ることに集中している。
僕たちみたいにフォークダンスを踊る人ももちろんいて、皆、笑顔だ。
……皆、とても楽しそう。
僕も、皆みたいに楽しそうにしているのかな、と思う。
一人ずつ交代のほうの輪は、皆が、いわゆる昔からあるフォークダンスの動きをしている。一人と踊って、交代のやつだ。
……交代。
「先輩、すみません」
汗をかくくらいに踊ったあとで、僕は先輩に伝えた。
「どうしたの、疲れた?」
「いえ、よろしければ、なのですが」
「うん、なにかな」
「あちらの輪で、躍りませんか。皆さん、先輩と躍りたいのではないかと思いました」
「君は?」
「心臓が飛んでいきそうになりました。今も、そんな感じです。嬉しかったですし、嬉しいです!」
「……そうか」
先輩は、笑ってくれた。
そして、つないでいた手を片方だけそっと外して、僕の頭を撫でてくれた。
「気付かせてくれて、ありがとう」
今度は、顔が熱くなった。
照明が赤い時で良かった……!
「先輩、こちらの輪に?」
フォークダンスを管理する実行委員さんが、驚いている。
「うん、パートナーの彼がね、勧めてくれたんだ」
すると、さっきとは別の歓声が上がった。
「え、そうなの、嬉しい!」
「あの男子、私たちのために?」
「あ、そうだ、あいつ、焼きそば屋台の! めちゃくちゃうまかったやつ!」
海野先輩が参加するということで、なんと、パートナーの輪にいた人までこちらの輪にきたいという人まで出てきてしまった。
パートナーさん同士だから大丈夫だとは思ったけれど、きっかけを作った責任だよねと思い、僕は結局、実行委員さんをお手伝いする形で先輩と躍りたい人たちの列の整理をしたりし始めてしまったのだけれど。
実行委員さんは恐縮してくれたし、あさひ先輩もたまに僕のほうを気にしてくださったりして、微笑んだり、「す・い・ぶ・ん・ほ・きゅ・う」と口の動きで伝えてくださったりだった。
確かに、僕はあさひ先輩のパートナーになれたんだなあ、と、幸せな気持ちだった。
あと、先輩と躍る人は、皆が嬉しそうだ。
まれにいる、先輩よりもかなり背が高い人のために女性側になったり、男性側に戻ったりするあさひ先輩。
あんなに動いているのに、すごく優雅。
あ、また目があった。
違うか、僕が、先輩を見つめているからだ。
……見つめすぎかな。
そう考えていたら。
「ありがとう」
あさひ先輩の唇が、また動いた。
「こちらこそ、です」
僕も、口の動きだけでお返しをした。ほんとうに、心からの気持ちを込めて。
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