第4話 フォークダンスはきみと。(海野先輩視点)
うちの高校は、多目的トイレや洗面所が多くてありがたい。
おかげで、詰襟のままでも躊躇なく歯磨きや色々を済ますことができた。
さて、と焼きそば屋台を覗いてみると、多分、山島君のクラスメートなのだろうな、という子たちが片付けをしてくれていた。
山島君、クラスメートとは悪くはない感じなんだ。
そもそも、一人で楽しく焼そばを焼く、を了承してもらえるくらいには、クラスの実行委員とかからは信頼されてるってことだからね。
商品もだけれど、支払われた代金とか色々をちゃんとできる人。
山島君本人に、その自覚があるかどうかは分からないけれど。
とにかく、よかった。
そうなると、山島君は……教室にいるのかな。
「あ、あさひ先輩……」
あ、見つかったか。
まだ詰襟のままだし、そりゃあ目立つよね。
焼きそば屋台から数軒離れたジュースの屋台に並んでいた彼女たちは、大声を出したりはしないでいてくれた。
なら、手を振る、くらいはさせてもらうよ。
「ありがとうございます」
よかった、笑顔。嬉しそう。
喜んでもらえるのは、いいことだ。
よし、じゃあ、海野あさひ。行こうか。
詰襟に、焼そばの香りつきで。
「山島君、ここにいたんだね!」
開けっ放しの教室の扉。
そこには、目当ての彼がいた。
「うみ……あさひ先輩! どうされたんですか!」
すごく驚かれた。
焼きそば屋台の看板にクラスが表示されていたから、そんなにあやしい行動ではないと思いたいな。
なんだか色々考えていたらしい山島君は、ああ、という表情をしていた。
「忘れもの、そんなに大事なものですか? フォークダンスも踊れないくらいに! でしたら、すぐに屋台に戻りましょう!」
忘れもの。なるほどね。
確かに、そんな感じかな。少しだけ、違うけれど。
慌てた君に、私は、思わず微笑む。
さっきの、多分ファン? でいてくれている子たちへの笑顔とは違うのが、自分でも分かる。
「忘れものじゃなくて、探しもの、ね。見つかったよ! お願いします、山島君。私と、後夜祭でフォークダンスを踊ってください」
そうだ、君。君にそばにいてほしい。
いてほしいから、だから。
礼をした。姿勢はきっといいはずだ。
礼の姿勢のまま、山島君に向けて、手を伸ばす。
震えもせずに、こういう動作に耐えられるのは、色々な運動部に助っ人に行っているおかげかも知れないな。筋肉にも、ありがとうと言いたい気持ちだよ。
「……フォーク、ダンス」
そう、フォークダンス。
驚かせてしまったかな。
「な、なにかのイベントですか? まさか、本当にまさかですけど、罰ゲームとか? でしたら、僕と踊ったことにして、パートナーの方のところに戻ってください! 怪しい書類とかじゃなければ、躍りました、の署名とかでも、僕、しますから!」
……。
よく分からない、けど。
嫌ではない、って思ってもいいのかな。うぬぼれ、ではないと思いたいな。
「よく分からないんだけど、山島君には誰か特定のお相手はいない、ってことでいいのかな。そして、そうだったら、私と踊ってもらえるのかしら?」
そう、もしかして、お相手とか、意中の人がいるとか。
あとは、フォークダンスとかは生理的に無理とか。そういうのだったら、仕方ない。諦めるよ。
……残念だけど。いや、すごく、残念だけど、ね。
せめて、落ち着いているふりはしておこう。
君の前では、とくに。
かっこいいあさひ先輩でいたいからね。
「パートナーは、いません、存在しません!ですが、先輩が躍るのは僕とじゃないでしょう? そりゃ、僕なんかが先輩と躍れたりしたら、夢みたいですけど!」
……夢。
夢だって?
夢になんか、してやらないよ。
怖がらせない程度にだけれど、私はじっ、と山島君を見て。
「よかった、じゃあ、行きましょう!」
自分の指を差し出して、優しく彼の手を取った。
「は、はい……」
困惑は、していると思う。
だけど、喜んでもくれては、いる。
そう思える、山島君の口調。
もしかしたら、君は。
聞いてくれていたのかな。
焼きそば屋台で、私がフォークダンスのパートナーのことをきかれていたとき。
「誘われるよりも、誘いたいんだよね」
私は、こう答えた。
そう、私はね。
誘いたかったんだよ、
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