第29話 回想のトーマ5

「魔法の使い方を教えてほしいんだよね。いままで使ってこなかったけど、『器持ち』なら実は誰でも使えるんでしょ? アタシがどんな魔法を使えるか、トーマならわかるんでしょ?」


 ラウラの『五芒星の力』はだいたい均等に育っている。少し他より小さいが『マナ出力』の大きさは魔法行使が十分可能だ。

 精霊同調適正は地精霊のみ『良』である。あとは『不可』。トーマはそう伝えた。


「地精霊か。トーマは地精霊魔法使えるのかな?」

「得意ではないけど、俺も地精霊の適性がある。いくつか使える」


 トーマは使い勝手のいい魔法を、自分で調べたり師匠ラケーレに教わったりして覚えている。単精霊魔法と複合精霊魔法、合わせると覚えた魔法は現在21種類。長い呪文もあるが精霊言語の基本を理解すれば覚えるのはそう難しくない。


 本当は、【賢者】であれば≪書庫≫を使ってほぼ全ての魔法の情報を閲覧できるはずだ。当然、呪文もわかる。

 【賢者】は『導師系』や『マナ回復増強持ち』のように魔法行使に優れた特徴を持っているわけでは無いが、≪書庫≫の活用によって巧みな魔法使いとして活躍するのが普通だ。普通らしい。

 同門の賢者にすら数人しか会ったことが無いトーマなので、よくは知らない。


 門外の【賢者】保有者は各都市、または国家で重要な地位を占めていることが多いらしく、トーマは直接会ったことが無い。そういう意味でもディミトリエとの邂逅は貴重な体験だった。

 人格はともかく、希少な【賢者】保有者同士、もう少し穏当に出会いたかった。




「——つまり他の3種の精霊がそれぞれの元素の結合力や圧力差や燃焼を精霊力の根源としているのに対して、地精霊力の根源は基本的に『重さによって生じる圧力』という、誰にでも感じられる明白なものであることが、水や風や火に比べて希薄と言える精霊認識の不利を補ってくれる大事な要素なんだよ。精霊認識が精密であればあるほど、意識と現象と精霊言語表現の齟齬が小さくなって、魔法発動の無駄が消えて円滑になっていく」


 宿にラウラの分の夕食も注文し、怪我人たちの部屋に運んでもらって4人で羊の肉団子焼きと麦粥を食べた。

 陽が沈んだので一人部屋の隅の火皿に灯り油を入れてもらって、ラウラに魔法の講義を始めた。

 トーマは寝台に腰かけている。ラウラには最初は椅子に座っていたのだがすぐに床に胡坐あぐらをかいてしまった。


「ここまではわかった?」

「半分も分からない」

「要するに――」

「あのさぁ、呪文はいつ教えてくれるの? 呪文を唱えたら魔法が使えるって聞いてたんだけど」

「精霊認識をおろそかにして呪文だけ唱えても、最初はマナを食われるだけだよ」


 トーマは『魂の器』を得て間もない少年のころ、師匠ラケーレに言われるがまま呪文を唱え続け、火精霊にマナを食われて何度もぶっ倒れた。

 ああいう経験主義的な魔法の覚え方はいかがかものかと、24歳になったトーマは考えていた。


「食われてみたい。とにかくその余剰マナってやつ? それを感じられないと始まらない気がする」

「余剰マナを感じられない?」


 魔法を使っていないのに『マナ出力』が育っているのは、ルキノの≪身体硬化≫やテオドリックの≪武装強化・操≫のような「余剰マナを消費する異能」を頻繁に使っていると考えるのが普通だ。それならマナを消耗する感覚や、充填される感覚はつかんでいてもいいはずだ。


 ラウラの謎の異能はそうではないのか? 疑問をぶつけると、ラウラは鼻すじにシワを寄せてトーマを睨んだ。


「ちょっと。助っ人のお礼で魔法教えてくれてるんだよね? ちゃっかり乙女の秘密を探ろうとしないでくれる?」


 そういうとラウラはトーマの背負子の荷物から勝手に肥満ヤマネコの毛皮を引っ張り出すと、くるまって床に寝てしまった。今日はもう終わりという事だろうか。


 火皿の火を消して、トーマも寝台の上の寝具にもぐりこんだ。今日一日で魂起こし2人分をこなし、狩りに出て、≪書庫≫の暴走で気絶。敵味方10人入り乱れての集団戦闘をこなした。

 眠れるだろうか、などという余裕もなく、3分もたたずにトーマは意識を失った。



 翌日、日の2刻になってから目を覚まし、食堂でルキノとテオドリックもいっしょに4人で朝食をとった。怪我人二人は顔色もよく、発熱はないという。


 中央公園広場から東に延びる大通りをしばらく行ったところにあるこの宿は、通りに面した南側の玄関の反対側に、ごく狭い裏庭がある。

 洗濯は裏通りの洗濯屋に委託しているらしく、日当たりの悪い裏庭では洗濯物など干していない。

 許可をとって、トーマとラウラは地魔法の訓練に使わせてもらう事にした。


請うエルク 地の精ファンゲノモス 我がマナのジェ マナニス  形を写せニ シローム 尖って成りロゴル ツイック 放てノップ 土槍ノケコーダ


 地面に突いたトーマの右手から3メルテの位置に、人の膝くらいの高さの、細くとがった土の塊が飛び出た。ラウラが「おー」と声を上げる。

 単地精霊小魔法登録05号『土槍ノケコーダ』。小魔法にしては呪文が長いが、トーマは街中まちなかで使える地魔法をこれくらいしか知らなかった。地面を爆発させたり振動させたりするのはあまりよろしくない。

 ほんの一瞬だけ鋭い形を保った土の塊はすぐにモソッと崩れて小さな山になった。


「すごいすごい。これで敵の足なんかを串刺しにするわけだ」

「どうだろう。せいぜい材木くらいの硬度しかないし、『土槍』で傷つけられる相手なら殴った方が早いと思う」

「いいよ、精霊とつながるための第一歩だし。呪文教えてよ」

「じゃあまず、エルク、ファンゲノモスっていうのは――」


 トーマが一つずつ単語の意味を解説し、地精霊の力の在り様を想像させようと丁寧に解説をしていると、ラウラの目がだんだんと座ってくる。

 精霊言語の文法的な理解など普通ひと月かけても無理だ。とりあえず正確に発音する方針で、訓練することにする。


 地精霊は地面に触れて呪文を唱えないと、マナを食う事すらしてくれないのがやっかいだ。屋内で訓練ができない。よほど大きな樽にでも土を詰めれば精霊力も宿るのだが。

 太陽が中天を指すまで呪文を唱え続けたが、ラウラには何の変化も起きなかった。


 午後にラウラは買い物に行くと言って出かけてしまった。トーマは護衛の二人が外出できないので宿にとどまった。裏庭で格闘術の訓練をしたり、どうやってラウラに魔法を使わせるか考えたりして過ごした。


 夕食時になって、ラウラは獣皮紙の束と油墨と骨筆を買って帰って来た。そして夕食を3人と一緒にとる。よく考えたら宿代や食事代はどうなっているのだろうか。

 カモ肉と辛味のある野草を小麦の生地で包んで焼いた料理を4人で平らげて、なにやらニヤついている怪我人二人を部屋に戻す。

 ラウラと共に狭い一人用の部屋に入って、トーマが火皿に魔法で火をともした。


「トーマ、忘れるといけないからもう一回『土槍』の発音の注意点言って」


 ラウラが出しっぱなしの毛皮の上に座り、獣皮紙を椅子の上に置いて、小さい油墨の壺に骨筆をつっこみ覚書きをする。のぞいてみると案外にきれいな筆跡である。


 共通語の文字では正確に記せない部分を中心に注釈を加えながら、あらためて呪文を一句ずつ、トーマは発音してみせた。ラウラは自己流らしい記号も使って内容を獣皮紙に書き込んでいる。


 それが終わってもラウラは続けて地精霊のについて質問を重ねた。昨夜は半分も分からないと言われた話をトーマは最初から話し、細かい部分まで訊かれては説明した。


 トーマだって別に精霊のことを全てわかっているわけではないし、間違って理解しているかもしれない。師匠だって他の七賢だって、精霊魔法について完全無欠の知識など持っていないだろう。あくまでトーマたちは魔法の実践者であって真理の探求者ではない。

 ところどころトーマも首をかしげながら、夜半過ぎまで未熟な教師の精霊学授業は続いた。



 翌朝、ラウラの姿は消えていた。肥満ヤマネコの毛皮はだらしなく床に放ってある。椅子の上には獣皮紙が一枚置かれていた。上半分に文字が書かれている。


<トーマへ。魔法を教えてくれてありがとう。これからたくさん練習して上手くなります。ディミトリエにトーマたちのことを教えたのは私です。探していたから教えただけで、遅かれ早かれだったと思いますが、一応謝ります。お詫びに秘密を一つ教えます。私の『魂の器』は父親から受け継いだものです。今は行方不明のクソおやじですが、私と同じで、階梯のわりに妙に強かったという話を知り合いから聞きました。わかっているのはそれくらいです。それではお元気で。 ラウラより>


 その日、トーマは一日中ラナデセーノでラウラのことを探し歩いた。どこに泊まっていたのか、どこから来て、どこに行ったのか。誰も知らなかった。

 人口一万五千人を超えるこの大きな城塞都市を隅々まで探すことは、現実的ではないし、門衛や役人は知らないようだったが、もう街を出ている可能性もある。

 ディミトリエ一味も探してみたが、こちらは街を出たらしい。宿を一軒借りきって6人で住んでいたそうだが、今はもぬけの殻だった。


 数日後、おおかた傷のふさがった護衛二人とトーマはラナデセーノを後にした。

 北に向かってジェルムナ民族の支配域をめぐり、そこから西に強敵を求めて北海沿いを旅するのが予定であった。

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