第28話 回想のトーマ4
「テオ! そいついけるか⁉」
ルキノが叫ぶと、テオドリックは頷いた。双剣使いと高度な技の応酬を繰り広げる。お互い攻撃が当たらない。
トーマは大剣使いがめり込んだ建物の屋根に飛び上がった。屋根板を押さえる重石を手に取ると緑の外套の風魔法使いに全力で投げつける。足元の屋根板が反動で砕けてしまう。
兜を被った鉄棍使いが左手に持った盾で風魔法使いをかばった。階梯は20台前半。石が当たった盾は凹んでいる。風魔法使いは呪文を唱え続けている。
25階梯前後。裸に毛皮の胴衣を着た男が、鉄仗でルキノの攻撃を防御している。振り下ろされるルキノの大鉈と鉄仗が激しい音をたててぶつかっている。
トーマは石をもう一つ、今度はディミトリエに向けて放った。石を躱して「クソが!」と、トーマを睨みつける。呪文詠唱が途切れている。
トーマの方は約3秒で詠唱を完了した。声に出さない思考詠唱。左手に握っていた屋根板の切れ端が一瞬で燃え上がり、生きているかのように上方に長く伸びる。鉄棍棒使いを避けるように、曲線を描いて風魔法使いを襲った。
単火精霊中魔法登録08号『
トーマが一瞬ラウラに目をやると、路地の反対側で腕を組んで争いを見ている。共謀しているのか? わからないが、別に退路をふさがれているという事にはならない。
いざ逃げるとなれば『器持ち』は道を歩く必要はない。屋根の上でも跳んで逃げればいい。追跡を振り切れる見込みがあればの話だが。
ルキノが鉄仗使いに尻もちをつかせたと同時に、鉄棍使いがルキノの頭をぶん殴った。ゴインというような音が鳴り響く。動揺さえ見せず振り返ったルキノ。両手で持った大鉈を地面をこすり上げるように振りぬくと、鉄棍棒使いは盾ごと弾かれて仰向けにすっ転んだ。
トーマの立っている屋根が吹き飛んだ。大剣使いが息を吹き返して建物ごと斬り上げたのだ。建物の残骸の中にトーマは落ち込んだ。
頭髪が焼けてしまった風魔法使いが、地面に寝たまま風精霊大魔法『
ルキノが割って入った。一瞬で数合打ち合うが、ルキノの技量では双剣使いの攻撃を捌ききれない。途端に腕や肩に血が滲みだした。
「トーーマぁ!!」
急に大声でラウラが叫んだ。一瞬、9人の男どもが全員動きを止めた。
「あとで1つ! お願いを聞いてくれるなら、助っ人してやってもいいよ!」
「……頼む!」
トーマは立ち上がって答えた。風魔法使いが「ラウラ、てめぇ!」と叫んでいる。
トーマの両手に握られた家屋の残骸が、一気に燃え上がり双剣使いとディミトリエを襲う。右手の『
ラウラが大ぶりの斧を構えて、テオドリックと並んで突進してくる。大剣使いが左からトーマに斬りつけてきたが、あごを掌底で打ち抜いて意識を刈り取った。
ルキノがディミトリエに飛びかかった。ディミトリエの体の周りには風が渦巻き、両手を地面に着いている。大鉈が振り下ろされようとした、その寸前。
地面から吹き出した土砂を巻き込んで、太い旋風がルキノの体を10メルテ上空まで吹き上げた。ルキノの衣服が渦を巻く土砂に切り裂かれ、ちぎれ飛んでゆく。
(地と風の複合精霊魔法? あるのか、そんなの)
地と風の精霊魔法が両方得意という魔法使い自体、少ない。火と水もそうだ。まして複合魔法となると原理すらトーマにはわからない。
ルキノは半裸で背中から地面に落ちると、すぐ起き上がって怒りの表情を浮かべた。大鉈はどこかに飛んで行ってしまった。
≪身体硬化≫を使っていたから助かったのだ。ルキノでなければ体を、少なくとも皮膚をズタズタにされ、死んでいてもおかしくない。強力な魔法だ。
風魔法使いに体の火を消火してもらった鉄棍使いが、ラウラの斧の一撃を受け止めようとした。盾がはじき飛ばされ、左肩が外れている。「ひゃっはー!」という声とともに打ち下ろされたラウラの一撃で鉄棍が砕けた。
双剣使いとテオドリックがまた攻防を交わしている。鉄仗使いが上段からラウラに殴りかかるが、軽くいなされる。ラウラが疲れのみえる相手の胴に前蹴りを入れた。
武器を失ったルキノが素手で戦線に復帰したが≪身体硬化≫はマナを消費する異能だ。
トーマも『
「止まれ! 中止だ! 話を聞け!」
トーマは大声で叫んだ。ルキノとラウラに迫られた鉄仗使いはディミトリエの後ろまで逃げている。テオドリックは槍を止めて双剣使いと睨みあった。
「あんた! ディミトリエだったな。わかってるだろ、この状況はもう互角だ。あんたに優位は無い。どっちが勝つか、わからない」
一番元気なラウラは不満そうだ。だが他の者は皆、トーマの話を聞こうとしている。
「まだ死人は出ていない。やめるなら今しかない。これ以上は、どっちかが全員死ぬことになる。そのうえでディミトリエ、あんたは間違ってる」
ディミトリエの眉間にまた殺意が表れだしたのでトーマは早口で続けた。
「あんたは『書庫の賢者』を知っている。たぶんこの街には俺以外にも一門の者が訪れることがあるんだろ? そうだよな? これからだってそうだろう。俺を殺しても、力づくでどうにかしても、人間の口にかんぬきは嵌められない。必ずばれて≪書庫≫で大陸中に知れ渡る」
「……脅してるつもりか?」
「そうだよ。俺の師匠は50階梯超えてるぞ。あんたが今からどう頑張っても追いつくのに2年はかかる。そんなのが7人居て、全員が後継者の【賢者】を育ててる。俺抜きでも最低13人、たぶんもっとずっと多い、100年以上の歴史がある【賢者】の集団。それが『書庫の賢者』だ」
トーマはルキノとテオドリックを手で示した。
「この二人は師匠のラケーレに魂起こしを受けてる。師匠が数十年間で『魂の器』を与えた人間は、たぶん2万人を超えてる。全員が全員、恩義を感じていうことを聞くわけじゃないだろう。だがどうだ? あんたにどれくらい仲間がいるのか知らないが、金で手下をかき集めて、何とかなる相手か? 考えてみろ」
鉄仗使いは顔が青ざめている。数秒、考えたようにみえるディミトリエは手下の様子を見まわしてから、答えた。
「だから『書庫の賢者』の下につけって? 黙って従えっていうのか?」
「そんなことは言ってない。魂起こしの代金を大銀貨2枚以上とってはいけないなんて掟は無い。たぶん、ただの慣習だ。商売敵が憎いのはわかるが、頑張って工夫して、自由に儲けたらいいだろ。誰の下にもつかないでさ。命をかけるような話じゃない」
「……」
停戦を決めるにあたって、ルキノは壊れた周囲の建物の修繕費を向こう持ちにすることを条件に出した。トーマとディミトリエが同時にため息をついたのを見て、ルキノは「壊したのはそっちなんだから当然だろ!」と憤った。
放っておくと脱げてしまうぼろぼろのズボンを握って、飛んで行った大鉈を探すルキノを手伝う。早く見つけなければ陽が沈んでしまう、などと言っていたら隣にいたテオドリックが所々出血しているのに気付いた。
黒い毛織物の服を着ているので気付かなかったが、ルキノ同様、無傷ではないようだ。
トーマたちが滞在中の宿『旅館チェバマイブン』に戻る。宿の主人はぼろぼろの姿の護衛二人におどろいて、薬と包帯と、大きな陶器の鉢を用意してくれた。
煮沸したお湯を鉢に入れてもらい、二階の客室に上がって、ラウラにも手伝ってもらい傷の手当てをする。
ルキノは全身に打撲や切り傷を受けていたが、テオドリックよりは軽傷と言える。テオドリックの筋肉質な体に刻まれた刺傷や裂傷のうち、数針だが縫合の必要があるものが4カ所。3日は安静にすべきだろう。
ほとんど一人で強敵と戦わせてしまったことを詫びると、テオドリックはニヤリと笑った。ルキノが左腕に自分で包帯を巻きながら言った。
「気付かなかったか? テオが相手してた野郎の左手、薬指が飛んじまってたぜ。テオは寝てりゃ治るんだから、テオの勝ちだろ」
一階に降りて宿の主人に二つ尾イタチデカチの生皮のことを相談すると、明日になったら知り合いの魔物卸商を呼んでくれることになった。この季節、一晩くらいなら冷水につけておけば腐らないという。
怪我人二人を寝台2つの部屋に寝かせ、隣の一人部屋にトーマが入ると、ラウラがついてきて後ろ手に扉を閉めた。
「それじゃあトーマ。聞いてもらうお願いのことなんだけどさ」
トーマを見下ろし、ネコ科動物の顔で笑ったラウラの瞳は夏の空色をしていた。
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