第26話 回想のトーマ2
翌日の営業は午前中で終わってしまった。
日の2刻はじめに露店を開くと、すぐにトリスタンの取り巻きの一人がやってきて大銀貨2枚を握らせてきた。
一刻半後、『魂の器』を得た取り巻きの男は大喜びで帰って行った。
男の喜びようを見ていた中年女性が去ったと思ったら、十代半ばの体格のいい少年を引っ張って戻って来た。息子に『魂の器』を授けてくださいと、たくさんの小銀貨と銅貨で料金を支払った。
休憩をもらってマナを溜め、少年の魂起こしにも成功。太陽はまだ中天を指していない。
休めば余剰マナは完全に充填され、午後にはもう一人いける。だがトーマはもう頭が疲労していた。慣れたつもりでも、一刻半にわたって気が詰まる作業を続けるのは精神に来る。ここまでの街でも、一日3人魂起こしをかけた翌日は疲れが抜けていなかった。
『マナ操作』が高くなればもっと楽になるのだろうが、ともかく今は骨休め期間中なのだ。
午後は3人それぞれラナデセーノ市街で自由に過ごし、英気を養った。
魂起こし露店、営業3日目。
同じ時刻に中央公園広場に向かうと、希望者が5人も待っていた。トーマは困った。先着順で2人に施しますと言っても5人全員が自分が先に来たと言って譲らない。
結局、硬貨投げの博打で勝った2人を選んだが、負けた残りの3人と揉めた。
ルキノとテオドリックが話を着けて解決し、無事3日目の営業を終えたが、もうこのやり方では続けられない事をトーマは悟った。
魂起こし露店は当初の不安とは逆に、客が集まりすぎて困るという結果になった。
午後、トーマたちはラナデセーノ北門から狩りに出かけた。
明日、明後日どうするか決まっていないが、気分転換である。旅の道中では三人とも荷物を満載した
日の11刻の前には街壁内に戻らなければいけない。階梯上げの足しになるような魔物は日帰りで行ける場所にはまず居ないが、何か獲れれば金銭収入にはなるだろう。
ルキノの身長は1.8メルテある。『魂の器』・【剛躰】の異能≪身体硬化≫を使えば物理的な攻撃はかなりの程度防げる。3人の中では常に先陣を切る役割だ。後ろ腰に横向きに結わえ付けた鞘の中身は、半メルテの刃渡りがある大きな鉈だ。
テオドリックはルキノより少しだけ背が低いが、筋肉で覆われた体の厚みはルキノ以上だ。『魂の器』・【槍士】の異能≪武装強化・操≫で2メルテある総鉄製の槍を強靭化して戦う。
槍の穂先は料理用の包丁のように薄く鋭い。強靭化しなければ魔物の体に当てた瞬間砕けてしまうだろうが、テオドリックは肉屋が肉を捌くように魔物の体を切り裂いてしまう。
トーマは大きな弓と長い矢が6本入った矢筒を担いでいるが、これもテオドリックが使うものだ。腕力的には十分引ける弓だが、弓矢というのは訓練を重ねなければ狙い通り当てられるものではない。
一刻ほど森の中を進む。
足元は周りの大木が一面に根を張った状態で、藪や下草は少なく意外に見通しは良い。
先頭を行くルキノに「止まれ」とテオドリックが声をかけた。無口な最年長者は狩りにおいてもいちばん経験豊富だ。
見える範囲の一番奥、クスノキの大木の陰に黄色い影がちらつく。大きな動物、恐らくは魔物。トーマが預かっている弓矢を渡すと、素早く矢をつがえてキリキリと弦を引くテオドリック。
破裂音と共に発射され、甲高い飛翔音を立てて直線的に飛んでいく矢。長さ1メルテの軸に木の葉くらいの大きさの矢じりが付いている。トーマとルキノは発射と同時に獲物に向かって走り出した。
黄色い影は発射音がその耳に届いたと同時に3メルテもの高さに跳びあがった。矢は元居た場所を通過し背後の木の根を粉砕する。明らかに尋常の獣の動きではない。魔物であることは確定。
着地した黄色い魔物は逃げるそぶりもなく、走り寄るトーマとルキノに牙を剥きだした。丸い耳、黒い双眸。脚は短いが、しなやかな体は頭から尻までで1メルテ半ある。二本並んで生えている太くて長い立派な尾。
ルキノが抜き放った大鉈を魔物の頭部にたたきつけようとするが、身体ごと引いて躱された。ルキノの脇をすり抜けたトーマが素早く魔物の右側に回り込む。
驚いて後ろ脚で立ち上がりつつ、振り返った魔物の頸椎をトーマの右の手刀が叩き折った。
「まーた、殴る蹴るだよ」
トーマとしては退路を断つつもりが、立ち上がって来たのでついやってしまったという所である。実際、魔法を使う暇は無かったはずだ。ルキノが追撃すればそれで倒せただろう。即死して横たわっている二つ尾イタチデカチはその程度の魔物でしかない。
テオドリックが長槍と大弓と矢筒を持って駆け付けた。
「……毛皮はいい金になるな」
二つ尾イタチデカチは体の大きさに比べて体毛が短い。皮の下の筋肉の隆起がわかるほどだ。そのため外見はモサモサした感じではなく、イタチ的なかわいらしさは無い。
防寒性は低いが柔らかく手触りのいい毛皮なので、売れば大銀貨2枚ほどにはなるのではないか。
三人で協力して皮を剥ぐ。解体せずに持ち帰ろうと思えばできる重さだが、イタチ系の魔物は殺してから長い時間放置すると臭腺からひどい臭いがまわって毛皮が売れなくなってしまう。帰りの時間もあるので急いで済ませた。
剥ぎ終わると、ルキノが解体用の小さなナイフで胸部から魔石を取り出した。
「これどうする? 急いで帰れば必要な奴も見つかるだろ?」
二つ尾イタチデカチの魔石なら階梯20代前半までは成長素が摂れる。今から一刻かけて街に戻って、ちょうどいい『器持ち』を探し、価格交渉をして売るというのは、結構面倒である。成長素は半日で全部抜け出てしまうから、いつ取り出したか証明できなければ値段がつかなかったりする。
「なぁ! あんたたち! その魔石食わないならアタシに譲ってよ」
トーマ達は声のした方に振り向いた。10メルテほど離れた木の根の上に女が立ってこちらを見ている。尾行された、と感じて3人は顔を見合わせた。普通に近づいて来たなら3人ともが気づかないはずは無い。
くせっ毛の赤い頭髪を無造作に伸ばした女は3人の警戒をよそに近づくと、トーマを見下ろしてニヤっと笑いかける。トーマよりこぶし一つ背が高い。
だがまだ若く、10代に見える。ネコ科の動物を思わせる顔立ちだ。
「小銀貨5枚でどうよ? 人から買ったこと無いから値段わかんないけど、それ以上は出せない」
「……まぁ、いいぜ。売る当てもないし」
「え? いや、それは」と声をかけてトーマは止めようとした。だが間に合わず、ルキノが渡した魔石は、女の奥歯でかみ砕かれてしまう。
「……⁉ バカなっ!」
「魔眼」には女の体に成長素が行き渡り吸収されるのが見えた。それはあり得ないはずの光景である。
女の『五芒星の力』の構成はトーマに近い均等型だ。その合計もトーマに近かった。
どう見ても30階梯を超えているはずなのに、女の『魂の器』には確かに成長素が溜まっているのだった。
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