第25話 回想のトーマ1

 24歳の誕生日を迎えたことを機に、トーマはついにラケーレ抜きでの修業の旅に出ることになった。

 同じ30階梯の護衛二人と共に、デュオニア共和国の首都オカテリアを出立。

 5ヶ月かけて連合都市国家ワッセニーの中心、城塞都市ラナデセーノにたどり着いた。


「ほんと、たのむぞトーマ。3日にしてくれ」

「いやぁ、でかい街だし、5日は覚悟してくれないと……」


 ラナデセーノ政庁。ここはワッセニーの政治を司る中心であり、王家であるハインツ家の住居でもある。いくつもの矢倉塔がそびえたつ、重々しく戦闘的な建物の前に3人は立っていた。

 【賢者】のトーマ。【槍士】のテオドリック。【剛躰】のルキノ。

 テオドリックは基本的に無口なので文句を言うのは大体いつもルキノだ。


「なんで街がでかいと滞在が伸びるんだよ」

「……だから頼まれるんだよ、甥だとか姪だとか、はとこの子どもだとかなんだとか。権力者の繋がりの広さは街の規模に比例するから、しょうがないんだ……」

「アホか! 俺たちは修業の旅をしてんだろうが! 魂起こしでマナを使わないと魔力が伸びないっていうから我慢してんだろ、こっちは!」

「……『マナ出力』、な」

「テオうるせぇ! どっちでもいい!」


 護衛とはいっても雇い主の意向になんでも従うという契約ではない。『器持ち』を長期間、無条件で使い続けるような金は払えない。

 3人全員の修業の旅なのだ。トーマの階梯上げが最優先ではあるが、二人にも魔石は分配している。出発時は全員ちょうど30階梯だったが、現在トーマは33。ルキノが32でテオドリックは31だ。

 ラナデセーノにたどり着くまでの道のりでも、人里を見つければ立ち寄り、何日間かずつ滞在してきた。寄らなかったのは指導者の交代による政情不安が噂されたティズニールくらいである。

 『魂起たまおこしの』で費用を稼ぎ、周辺の森で魔物を狩る。

 人里の周辺でも、少し深入りすれば階梯に見合う魔物もたまには見つかった。


「まあ、とにかく行ってくるよ。何日になろうと話は通しておかないと」


 テオドリックがルキノを宥めているのを背に、ラナデセーノ政庁の重厚な門扉をトーマは叩いた。



 門衛に『書庫の賢者』のメダルを見せて応接間に通される。そこまではいままでの街と変わらなかった。

 しかし、やってきた役人の対応はトーマが思っていたものとはだいぶ違った。迷惑そうなそぶりは特になかったが、希望者の斡旋などは無し。「営業許可のようなものは必要ないです。魂起こしを実施する施設の許可をとって、後は自由になさってください」とだけ言われた。


 トーマたち3人は普通の旅人と同じように、普通に宿をとって普通に朝を迎えた。これまでは街の代表が宿も取ってくれていたので、思わぬ出費である。現状そこまで金に困っているわけでもないが。




 『魂起こし』希望者を斡旋してもらえた街では、あてがわれた宿の部屋で待っていればよかったが、ここではそうはいかない。『客』がやってくる場所で営業をしなければならない。

 トーマたちは午前中、適当な場所を探してラナデセーノ中を巡った。

 結局、店舗など借りることは無理そうなので、人通りが多い中央公園広場入口で魂起こしの露店を開くことにした。家が数軒建てられる程度の、たいして広くも無い中央公園はラナデセーノ政庁のすぐ隣だ。




「なぁ、ここまでする必要あるか? 次の街行こうぜ。この辺りの森じゃいい具合の魔石は食えそうにないしよ」


 ルキノが言う「ここまで」とは、トーマが立てている旗のことだ。

 テオドリックの総鉄製の槍に横木を結わえ、子攫こさらいイヌの皮をぶらさげて『魂起こしの儀できます、大銀貨2枚』と大きく書いてある。


「でも、この前のタツノコモドキで階梯が上がったんだけど、『マナ出力』の上りが全然だったんだよ。タフェットで5人しか起こしてないし、それが原因じゃないかって思ったり……」

「違うだろ。戦闘中魔法使わないで殴ったり蹴ったりし過ぎるだからだろ」

「……それは、そうだ」


 テオドリックにまで言われてしまった。

 『五芒星の力』の上昇傾向に一番影響するのは戦い方であると言われている。

 普段の『魂起こしの儀』でマナを絞り出すより、魔法で戦ったほうが『マナ出力』を鍛えるのに効率がいいらしいのだが、どうもトーマは焦ると魔法より接近戦を挑んでしまいがちだ。


 ルキノは異能で『耐久』の恩恵以上に体を硬くし、巨体の魔物の突進も無傷で耐える。テオドリックは槍と弓矢の他に水魔法をよく使い、どんな状況でも巧みに攻撃役をこなす。


 師匠ラケーレ仕込みの格闘術は骨身に染みついているが、魔物と戦う際の勘のようなものにおいて、トーマは二人に及ばなかった。


 3刻ほど客引きのようなことまでして頑張ってみたが、『魂起こし』希望者は見つからなかった。護衛の二人は公園内の草はらで組手の訓練をしている。

 やはりルキノの言う通り次の街へ行くべきかと、トーマが考えだしたとき、取り巻きを4人も連れた身なりのいい若者がやってきた。

 「魔眼」で見ると『魂の器』保有者は取り巻きの内の一人だけである。

 身なりのいい若者はトーマの隣に立てられた旗を読んでいる。


「君、ここに書いてある事は本当か。大銀貨2枚で『魂起こし』だと?」

「あ、はい。受けられますか? 早くても一刻半はかかるんですけど」

「詐欺じゃなかろうな」

「成功報酬で構いませんよ」

「よし、では私に『魂起こしの儀』を施してもらおう、覚者殿」


 覚者とは聞かない単語だが、言葉の響き的に【賢者】保有者のことだろう。

 取り巻きが「いけませんトリスタン様」「このようなみすぼらしい者が」などと騒いでいる。トーマは旅の間に灰色になった綿服の上下に、茶色の毛皮の肩革という姿だ。特に汚いわけでもない、いつもの格好である。

 ルキノとテオドリックがこちらに気づいて戻って来たので、草はらに敷いた肥満ヤマネコの毛皮の上で魂起こしを始める。青空の下での魂起こしはトーマも初めてのことだった。


 背中を直接両手で触れて、一刻半にわたってマナを注ぐ。

 秋の爽やかな空気の中、仕立てのいい毛織物の服をまくられて背中を出しているトリスタンは何度かくしゃみをした。


 魂起こし一回で消費する余剰マナの量は、トーマの現在の最大充填量よりも多い。『マナ出力』の大きさが2倍くらいあれば気にせず一気にできるのだが、トーマ程度だと自然に充填される量を計算しながら、空にならないようにゆっくり魂起こしをしなければならない。

 というか、そんなに『マナ出力』が大きい者も珍しいので『書庫の賢者』ではゆっくりやるのが基本になっている。


 トリスタンの体に満ちたマナに「魂」が完全に溶けて、肉体に定着していく。

 目覚めた『魂の器』は、なんというか微妙なものだった。

 比較的新しく発見されたもので書庫の賢者の中で登録名がまだ決まっていないが、一般で言う異名は「木の匠」。付随する異能の方は≪木質変化≫と呼ばれ、植物の体組織にマナを流して一時的に硬さを変えられるという異能だ。


 生きている草木だけでなく死んでいる植物にも効果をもたらす。つまり材木を硬くしたり柔らかくしたりできるのだ。

 木こりや大工、あるいは木工職人になると大成する『魂の器』だが、この若者はそういう仕事には就かないのではないか。

 トーマは正直に結果を伝えた。


「気にするな、異能が無いよりマシじゃないか。木工にも興味がある」


 一生に一度、やり直しのきかない事なのにトリスタンの態度は鷹揚おうようだ。確かめるように両手を握ったり、その場で飛び跳ねたりしている。


「うん、確かに体がすこし軽く感じるな。全身に甘いようなこそばゆいような感じがずっと続いていた。聞いていた通りの感覚だ。疑ってすまなかったな、覚者殿」


 水精霊、地精霊の同調適正があることも伝えると、「さっそく魔法の家庭教師を雇わねば」と喜んで、大銀貨を2枚払ってトリスタン達は去って行った。




「どうすんだよ。1日で大銀貨2枚じゃ損だろ? 俺らはいいよ? 成果は無関係、経費はそっち持ちの契約だからな。でも雇い主に干上がられたんじゃ、旅は続けられないだろ」


 宿の食堂で3人は話し合っている。

 結局その日はトリスタンしか客は来なかった。

 ルキノは損失を出してまでこんなところに居続ける理由はないと言っているのだが、トーマの考えは違った。


 これまでの5ヶ月、どの街でも滞在にかかる費用を持ってもらう代わり、権力者の都合通りに『魂起こし』を押し付けられているような気がしていた。もちろん料金は別途貰っていたが。

 今日は自分でつかんだ客から受け取った『正当な対価』で食事をとり、宿賃を払った。トーマはいつになく気分が良かった。

 今の所、旅の資金には多少余裕がある。階梯上げにも、義務感の伴う魂起こしにも追い立てられることなく、数日でいいからここで骨休めをしたい。そう伝えると護衛の二人は納得してくれた。


「まあ、俺らはトーマが稼いでる間、遊んでるようなもんだけど、トーマは働きっぱなしだからな」

「心の休息は重要だ」

「でもアルビョンのときみたいなのはごめんだぞ。10日もダラダラしてたら体が腐っちまう」


 そういうわけで、3日か4日、客が来ても来なくても露店営業を続けることが決定した。

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